全会一致で採用
十月十三日。
ウェスタリア代表たちが取り組んできた午後の訓練も、当日で一区切りつく予定だった。一日目と二日目は連携方法や伝令方法などを話し合い、味方の戦闘能力把握に努めた。以降の調整日を除いた九日間は、教官を相手に模擬演習を行ってきた。
模擬演習の内容は、攻守に分かれて相手の拠点を攻め落とす、あるいは守るというものだ。これは武闘祭で実際に行われる競技であり、ルチェンダート代表との練習試合でもちいる予定のルールでもある。
本番でも試合前に情報公開はされるし、事前に作戦を練るに越したことはない。
今回の練習試合において、試合施設は森林区画全域、ウェスタリアは攻撃側になる。
・制限時間内に相手側の拠点に設置された旗を壊す。
・制限時間内に相手側の選手を全員行動不能にする。
これが勝利条件であり、
・味方側の選手が全員行動不能になる。
・拠点制圧できず制限時間が経過する。
これが敗北条件である。
ほかにも細かなルールが定められているが、攻撃側の視点では大まかにこうなる。
勝利と敗北が二種類ある中で、相手の選手を減らしてから拠点を攻める、陽動で注意を引きつけて別働隊で拠点を落す、などの作戦立案と実行判断を誰かがせねばならない。
「今日のジャンゴを最後として、全員が指揮を執った。それで私たちの方でも話し合ったのだが……やはり指揮役にはワトロッドが適任ということになった。どうだろうか?」
当日の訓練を終えた代表たちを集め、ジョンは教官側の意見を伝えた。
その適性を探るため、模擬演習では代表たち一人一人に交替でチームの指揮役を務めさせてきた。それぞれが指揮をする攻撃力を、拠点防御の視点から見極めようとした。一巡を区切りにこれまでを思い比べて、彼は結果を出していた。
指揮役にはワトロッドが相応しい――。
ワトソン家は、おもに能力者犯罪の捜査協力を生業とする、先祖代々探偵の一族である。
当家の一人息子である彼は、跡目を継ぐための必要技能習得を目的に、騎士養成学校に入学して、フォトン能力を身につけようとしていた。卒業後も従軍はせずに探偵となるつもりだった。
時に、彼の口調や理屈っぽさは一族の伝統とも言える。
そんな彼の頭脳で行われる推理、仮説、対処という段階を踏む指揮が、教官一同の興味を引いた。現場の状況や相手側の動き方一つから推理して、仮説を十以上考えた上でもっとも確率の高い予想を選りすぐり、それに対処する。
これが常に行われていた彼の指揮は、教官いわく「動きが読まれるし、守りにくい」と称された。これまで彼にも自覚はなかったが、用兵を学ぶ過程で推理や仮説の方向性など、指揮に適したものに変わってしまっていたのだ。
だから自分が選ばれるなど、彼は思いもよらなかった。
「僕が指揮役を?」
眼鏡の位置を正すワトロッドは、やや困惑した心持でいた。
「そういえば眼鏡君の時はすげぇ動きやすかったなぁ! ゴリゴリ君たちの時とかチョベリバだったじゃん。指揮官が一人突撃して戦死とかまじ意味不。あはっ、でも思い出したら笑える!」
「そのとおり、俺に小難しいことは無理だ。良くわかっただろう?」
ブリジッカから口ぶり無邪気にけなされるも、ボージャンの態度は堂々としている。
「そういうあなたは『グルッと回ってそっちにズギューン』などと……ふわふわとした指揮を大声でするものですから、私たちだけでなく盗み聞く教官たちも混乱していましたね」
「いやいや、デコリンの指揮が堅すぎんだって。舌を噛みそうな単語を並べるからわかりにくいし、一つが念仏みたいに長いじゃん? 実際ちょっと噛んで、にゃん! とか言ってたくせにぃ」
「い、言っていません、そんなこと!」
「うぉい!? めんご! デコリン冷たい、それやばい、冷たい!」
赤面してむくれるナコリンから冷気を感じて、ブリジッカが狼狽える。
「指揮って性格が出るよね……今日のジャンゴ君ってば、俺の美しい隊列を見よ! とか言ってさ、どう考えても状況に合わない状態のまま突撃指示なんて出すんだもん」
「どんな時でも美しさを忘れない男、ジャンゴです……お前もさ、味方をかばうような指示ばっかり出して、攻撃がちっとも捗らなかったじゃないか? あれじゃあ日が暮れる」
「指揮するって難しい。でも何が難しいのかは、今回のことで理解できた気がする」
「まったくだ。いい体験だったよ」
指揮役の体験を振り返ったホロロとジャンゴが横目に見合う。
「そういえば、キュノ君の時は私が終始伝令をしていたよね? キュノ君、喋らないから」
「……ごめん」
「今頃って……ああっ、しょげないで! 指示は的確だったと思うよ!」
顔を俯かせて落ち込むキュノを、ティハニアが必死に励ます。
「みんなは僕でいいのかい?」
覚悟の決まったワトロッドに尋ねられて、九人はこれを快諾した。
実際にその立場として動いてみたから、他人を動かしてみたから、そして、彼がその立場であった時に動かされてみたから、教官たちの判断は正しいだろうと納得していた。
能力もなく闇雲に人の上に立ちたがって、自己顕示欲を満たす人間ほど迷惑なものもない。能力がないと知って、あからさまに卑屈を吐きながら、他人任せで投げやりに動く人間も然り。与えられた役割の中で、自分にしかできないことを探す、それが大切なことだろう。
彼の下でなら動きたいと、彼らは素直に思う。
「わかった、僕が任されよう。ジョン教官、謹んでお引き受けします」
「そうか……今後の連携方法や指示方法は、お主が動かしやすいよう調節するといい。ほかの者も、今後の訓練で気になったことは、私か彼に相談なさい。一人抱え込むことはせぬようにな」
ウェスタリア代表のチームとしての底上げが、また一歩前進する。
練習試合までは十七日間と残り日数も少ない。この期間内で、あとどれだけの指導をなしえるか、ジョンたちが教官となった意味を問われる正念場は、続いている。