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暴走族から騎士へ


 十月十日。


 午前は身体を慣らす調整訓練で、午後は各人の自由となった。午前のそれを終えると、明日からの訓練に障りない程度に個人訓練をするも、大人しく安息するも、繁華街へと繰り出して羽を伸ばすも許されて、ウェスタリアの代表たちも思うように過ごしていた。


 一日も早く体外の練気を習得するために、ホロロは個人訓練の時間を選んだ。


 四神方位と対になる月影の発動には、その技術が必要不可欠だった。体内と体外、二種類の煌気を単独で発動することができて初めて、それは一つの技として成立した。


「反発的にぶつけたまま、まとめて練気で圧縮する……」


 右手に柄も持ち、左手を峰にそえて、上から押え込むように木刀を構える。


 力みがちに煌気が籠気される。刀身が帯びる青白い光は、一向に安定せずばちばちと音を立てて、周囲に激しくエネルギーをまき散らす。単なる籠気なら、このような現象も起こり得ない。


 完全感覚も助けて、体外の練気による煌気化は成功している。


 一方で、奥義の発動には難航していた。二種類の煌気を反発的にぶつけて、単独で干渉余波を引き起こした上で、さらに練気によって抑え込む――ホロロは三番目の手順でつまづいた。


 木刀に籠気される煌気が、終ぞ安定しないまま四散した。


「うぅ、また失敗した……理屈だと威力を抑えている分は成功しやすいはずだけど? ジョン教官の煌気は比較にならないものだし、それがどうして、あんな綺麗にまとまるんだろう?」


 何度かも覚えていない失敗に肩を落として、ホロロは苦笑いをする。


 必要最低限の煌気をもちいて発動難度を下げるなど、そういった試行錯誤もしてはいるが、成功の兆候さえ見えないでいた。この始末には、自分に呆れずにもいられなかった。


「ちょっと、あたしも一緒にいいかしら?」


 ちょうど演習場に来たゴランドルが言った。その人間離れした肉体はボージャンに負けず劣らず、はち切れんばかりに制服を着こなしている。女口調で話す彼が、もし本当に女性であったなら、もう少しだけ見え方や聞こえ方も違ったことだろう。 


「あ……うん、もちろん。ゴランドル君も個人訓練を?」


「ええ。とても休んでいられる気分ではなくってね」


 ミュートとワトロッドもそう、ゴランドルの煌気化もまだである。


 もう発動可能な練気は十分にできているが、彼も多分に漏れず強固な意志という引き金に悩んで、立ち止まっていた。しかし、どちらかといえば比較的すんなり煌気化できた三人が異常で、そもそも騎士おける煌気化とは、一年がかりを覚悟して習得に臨むものだ。


 一ヶ月を目途に習得するとは、あまりにも無茶が過ぎるだろう。


「あと二十日、これが僕たちの成長に使える時間だね」


「そうなのよねぇ。何よりボージャン様において行かれると思うと、あたしはね……邪魔しちゃって悪いけれど、あなたさえよければ何か助言をもらえないかしら?」


「僕もちょうど行き詰まっていたし……僕でよければ何でも聞いてよ」


 しばらく、ホロロはゴランドルの煌気化の訓練に付き合った。


 これ以上は明日からの訓練に響く、結局そうなるまで進展はなかったが、人に教えるということで煌気が何たるかを再確認すると、新しい試行錯誤の案も思いついた。有意義、とまではいかずとも、決して時間を無駄にしたわけではなかった。


 宿の外周をゆっくりと走って、演習場わきの給水所に向かう。疲れが残らぬよう整理運動をする。ふとゴランドルが懐から写真を取り出すのがわかった。それを眺める彼の眼差しは、懐かしみ慈しむような、そういう風にも見えた。


「あれ……その写真は?」


「これ? むかしの写真よ。あたしが養成学校に入る前の。見る?」


 むかしのゴランドル君、一体どんなだろうか……? 


 興味本位で写真を受け取って、ホロロは画面に目をやった。



 てらてらと黒光りする革製の上着には、なぜかしら金属の棘が生えていた。


 同じ材質のものだろう革製のパンツは、なぜかしら股下にあたる部分より先がなかった。


 革製の長靴は、なぜかしら先端が異様なまでに尖っていた。


 これらを生肌にぴっちりと着こなした八人の筋肉隆々な男たちは、大きな馬にまたがり、中指を立てて、一様にいかつい顔で笑っていた。



 ――今に『ヒャッハァアアアッ!』とでも聞こえてきそうな様子だった。



 また周囲には似たような恰好の男たちが転がっており、笑っている彼らの血まみれた拳を見れば、だいたい何があった時の写真なのかは、一目瞭然であるだろう。


「……んんんん?」


 ホロロは思わず顔をしかめてしまう。


「懐かしいわねぇ。もう三年も前よ……」


 アピュタスは、まだ赤子だったゴランドルが拾われた家の名前である。


 当家は裏の世界では名の通った一族だった。義理と人情を重んじ、時には悪事を働くが、それでも決して関わり合いのない一般人には手を出さない。相手にするのは、あくまで同じ裏の世界で生きる住人のみ――そういった一門とも別言できる。


 この事実を知ってしまった十二歳の春、彼は思春期も相まって、ぐれた。


 一人街に繰り出しては、同年代の誰かとの喧嘩に明け暮れる日々だった。今の人間離れした肉体に及ばずとも面影はある頃で、加えて本能的に能力者として目覚めてもいたために、負けなしだった。地域住民からは悪童と恐れられて、街の不良たちに敬われるまで時間もかからなかった。


 やがて暴れることにも飽きた彼は、ある日から乗馬に興味をもった。


 奇抜な格好した集団を組み、愛馬をいななかせる。自分を兄貴と慕う仲間と共に、風を切る時間を愛おしく感じる。愛馬の体力が許す限り、あてもなく走らせる。


 いつしか彼らは、暴走族と呼ばれるようになった。


「……自分はこの世で最強だ、あの頃のあたしはそう信じてやまなかったっけ」


「へ、へぇ……ちなみに、これは何をしている時の写真なの?」


「少し仲が悪かった子たちと街で出くわして、何だか睨めっこが白熱しちゃって『じゃんけんなしのあっち向いてホイッ』をすることになって、成り行きでボコ……おほん、やっつけた時ね」


「僕の気のせいかな。写真の下の方が赤いんだけれど、やっつけた?」


「ええ、やっつけた☆」 にやっ。


「ねぇ……ゴランドル君って、この頃からそんな風なの?」


 愛想良く笑い、ホロロは思い切って聞いた。


「あん? どんな風だって?」 


 返事の声色は男っぽく、やや怒気を含んでいた。


「すみません、なんでもありません!」


「おほほ、冗談よ。そういうのは卒業したわ。ボージャン様に負けた日にきっぱりとね」


 ゴランドルは更生の一環から騎士養成学校に放り込まれた。そこで馬術を基礎から学び、自己流で高めてきた乗馬の技術を伸ばした。学内の誰よりも、騎兵としての力を身につけた。言葉のとおり、先の選抜大会を経てようやく、彼は更生を果たした。


 彼は当時のことを一言にする。


「本当の強さってものがね、あの時に見えてしまったのよ。




 翌、十月十一日。


「ぬぅんぅるぁああああっ!」


 両拳を握り締め、やや腰を落として、全身に力をこめながら唸る。


 煌気化訓練に挑むゴランドルは、とある二人を目で追いかけていた。


 軽口を叩き合いながら応用訓練に励む、ボージャンとナコリンだ。一見して仲が悪そうに見えて、そうではないと代表の誰もが気付いている。彼らに言わせれば毎日が痴話喧嘩だった。


 あのアマァアアア、ボージャン様といちゃつきやがって……。


 見せつけられて、彼は嫉妬に燃える。


「おっ……ゴランドル君、今日でもしかするか?」


 ゴランドルの練気の具合が変わったことに、指導を担当していたピコニスが感づいた。先日とは、あきらかに練気の力強さ、こめられる感情の気配も違っていた。


 煌気化の訓練は、ひたすら練気をして練度を高めることを繰り返す。身体一つあれば、ほかに何も必要としない。単純でありつつ引き金――感情という曖昧な要素が鍵になるために、困難を極めた。しかし裏を返せば、感情の自覚を発動のきっかけにできる、ということでもある。


 その兆候が、今の彼にはあらわれている。


「もう少し離れたところでしなさいよ。暑苦しいじゃないの」


「はははっ何を言う、ここはお前だけの場所じゃないぞ、デコ助」


 聞こえてくるボージャンとナコリンの会話も、


『もう離れちゃいや!』


『はははっ、大丈夫さ!』


 ゴランドルの耳には、そうとしか処理されない。


 膨らむ嫉妬の感情が『お前には負けない』という意志を、その域まで押し上げる。


「ざっ……けんじゃ、ねぇぞゴルァアアアッ!」


 雄叫びを上げるゴランドルの身体から、青白い光がほとばしる。


 それは荒々しく、洗練とは程遠いものであるが、紛れもない煌気だった。


「おぉ、行ったか! ようやっ……」


「はぁあああんっ、おいたはっ、そこまでよぉおおおっ!」


 ピコニスの労いの言葉も聞かずに、ゴランドルはボージャンとナコリンに駆け寄る。


 奇声を上げて、まだ慣れない煌気をまき散らしながら、二人の間に割り込む。嫉妬という悪感情が要因になるも、ともあれ発動には成功した。騎士の高みに続く階段に片足をかけたのだ。


 その強固な意志には、善悪など関係ない。


「負けないわぁあああっ!」


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