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優しい騎士であるために

 

 連邦と帝国は、いずれも軍事力を背景にしてある国だった。


 直接的な政治干渉はないにしろ、停戦の時代にあっては軍事組織にも何かと発言権があった。ようは軍人や軍属としての身分が高いほど、社会的な身分もおのずと高いものとなるのだ。


 連邦における軍の組織図は、おもに『元帥』を頂点に『三将軍』『八騎士団長』『上級騎士』『剣兵・騎馬兵・弓兵の各種騎士長』『上級兵』『中級兵』『下級兵』の八階級構成。


 階級をあげるには条件があり、たとえば上級兵となるためには、一定以上の実務実績が関わるし、騎士長となるには、フォトン能力の有無が関わる。そういった具合に、高位になるほど厳しくなる。


 別枠で三将軍と同列として扱われる『剣聖』は最たるもので、一騎士としての純粋な力が求められる――すなわち連邦内でもっとも剣に秀でた者に与えられる階級、あるいは称号だった。


 ほかにも諜報活動を専門とする『隠密』、負傷兵の治療を専門とする『衛生兵』、フォトンストーンによる新兵器の開発を専門とする『開発部』などが存在し、軍としての組織力を高めているのだ。





 六月二十七日。放課後の日が暮れ始める頃。


 雑木林になっている校舎裏は、うす暗く物静かで、あやしげな雰囲気がある。学校関係者も滅多に寄りつかず、あまり手入れもされていないため、足元は荒地という言葉も似つかわしい状態だった。


『ネネ教官が、放課後に校舎の裏手で待つようにと言っていた……』


 ホロロは同級生からそう言伝を聞いて、一人この場に足を運んでいた。


 こんなところに僕を呼び出して何をどうするんだろう、なんだかうす気味悪いところだなぁ……。


 周りの環境に尻込みするのを何とか我慢し、彼は黙々とネネが来るのを待った。


 ところが、ほどなくしてやって来たのはミュートである。


「君は……ここで何をしている?」


 ホロロに尋ねるミュートもまた、ネネからの言伝があったとして、ここを訪れていた。


 いや、来てしまったが、いくらなんでもこれは不自然だ……。


 第一こんな場所に呼び出して、それでどうする……。


 二、三言、ホロロと話して事情を知った彼女が、この状況を不審に思う。


『おいおい、こいつらまんまと引っかかったぞ』


『教官の名前を使ったんだ。来るに決まっている』


 雑木林の奥からこつぜんと、男子生徒が十人ばかり冷笑を浮かべて現れた。


 同級生――二年生だ。


 木剣を手にするその生徒たちが組んだ円陣の中心に、ホロロとミュートは囲まれた。ネネの名前を語り、人気のない校舎裏に呼び出す――生徒たちの企みに、まんまとはめられてしまっていた。


『お前らさぁ……なんか調子に乗ってないか?』


『あんなすげぇ教官に、お前らだけ訓練してもらってよぉ』


『自分は特別だとか、思ってねぇよな? 落ちこぼれの分際で……』


『天才とか呼ばれて、本当はいい気になってたんだろ? 試合を挑んで返り討ちとか、だせぇ』


 生徒たちが各々と放言する。彼らの声色は、嫌味ったらしいものでしかない。


「……くだらない、帰らせてもらう」


 これにあきれて嘆息したミュートが、くるりと身をひるがした。


 そのまま立ち去ろうとするのだが、行く手はすぐに阻まれてしまった。


『おっと、させるわきゃねぇだろ? こうなってんだ、もう何されるか、わかんだろ?』


 ミュートは生徒たちを半眼で見比べて、一件の首謀者と思しき一人に目星をつけた。そして、やや挑発的な態度で、それに問いかけた。


「ようするに、お前たちは妬んでいるのだろう? 指導してもらえている私たちを?」


『お前さぁ……状況、わかって言ってんのかよ……?』


 言動が一触即発の剣呑な雰囲気をかもし出す。すぐそばで肌にひしひしと感じると、ホロロは怖気から何もできないまま固唾を飲んだ。よくないとは思いつつ、口をはさめなかった。


「まず、前提が間違っている。ホロロは別として、お前たちも……私も、教官を無碍に扱ったんだ」


『……うるせぇ』


「非礼を詫びる機会など、これまでいくらでもあった。現に私は詫びたぞ。だがお前たちはどうだ? おおかた、上級騎士の生まれという安いプライドにこだわっていたんだろう?」


『黙れってんだよ!』


「筋違いだ。親が偉ければ自分も偉いと勘違いしている。調子に乗っているのはお前たちだ」


『やっちまうぞ!?』


 図星をつかれた生徒たちは一斉にいきり立ち、木剣を大袈裟に構えて見せる。


 今にも襲いかからんとする姿勢をしていた。しかし、ミュートが無防備にも関わらず、身震いして手をこまねくばかりだった。


 この期に及んで、彼らは人に本気で木剣を向けることに、怯えていたのだ。


「その覚悟もなしに……お前たちは私に剣を向けた。つまり、お前たちは私の敵だ」


 怯えを察したミュートが、睨み顔で宣言した。これが、生徒たちの心持をひどく悪化させた。


『うぅ……うわぁぁぁっ!』


 一人の生徒がミュートに飛びかかったのを起爆剤に、ほかの生徒たちもたたみかけてくる。組まれていた円陣が一気に収縮するように、それぞれが中心を目掛けていた。


「み、みんな、駄目だよ! ぼ、僕たちは校則で私闘は禁じられて――」


 ホロロは、おさめようとして必死に呼びかけた。


 普段の気弱な性格を、無自覚に内へ押し込め、勇気を振り絞っていた。それでも声は届かず、そうした間にも生徒たちに襲われる。身体が自分よりも一回り大きい、そんな相手もいた。


 多方面から、木剣で打たれ、顔を拳で叩かれ、腹をつま先で蹴りあげられ――理不尽な暴行を受け続けた。


「……そうか……ぼ、木剣で叩かれるって……こんなに痛いんだ」


 苦しさにむせ込み、発音がままならずも、ホロロはジョンの言葉を思い出して呟いた。


 木剣は凶器なんだ、こんなものを気持ちだけで手にして、嬉々として振るって……。


 それで相手を傷つけることはしないって、そんな無茶苦茶を言ってばかり……。


 僕は口先だけで、なんにもわかってなかったんだ……。


 こうした今になって、ようやく選んだ道の険しさを自覚したのだ。


 ふと、彼は自分に振るわれる暴力がやんだことに気づいた。同時に、自分を痛めつけていただろう生徒たちの悲鳴を聞いた。何事かと全身の痛みをこらえ、不器用に身体を起こして確かめる。


 ミュートが首謀者の生徒を相手にしていた。


 彼女が木剣を手にしているのは、誰かしらの木剣を奪ったからに違いない。辺りには、ほかの生徒たちがうめき声をもらして、もぞもぞ倒れていた。返り討ちにしたからだろうか。


 いずれにしても、ミュートの仕業に違いないことは、言うまでもなくあきらかだった。


『や、やめろよ……も、もういいから』


「お前たちは私を囲んで、何がしたかったんだ?」


 狼狽する相手に、ミュートが淡々と問いつめる。


『あ、謝るから……』


「……敵はどんなに謝っても、やめてはくれないぞ?」


『ひっ……』


 生徒が反転して逃げ出そうと――すかさず、ミュートは相手の足首を木剣で打つ。


 生徒が絶叫して派手に転倒した。骨の砕ける音が響いていた。痛みに悶える様子から見て、いくらフォトン能力者といえども、すぐの自己治療がむずかしい怪我を負ったらしい。


「決闘をしたかったのではないのか? ならば最後まで戦え、立ちあがるまで待っていてやる」


『や……やめてくれ、これ以上は……頼む、見逃してくれ……!』


 生徒が戦意喪失の意図を口にすると、これがますます癪に障る。


 うずくまる生徒の目の前まで歩み寄り、ミュートが木剣を頭上に構えた。挙動には、何らためらう気配が見受けられない。冷たいまなざしで見下げる、淡々とした予告がなされた。


「……お前のような奴は、もう剣を持たないほうがいい。自分の身を滅ぼすだけでなく、いつか周りを殺す……お前には徹底的に恐怖を植えつけて、二度と剣を持てなくしてやる」


 ミュートが木剣を振り下ろす。


 ――鈍い音がした。


「君は……何をしている?」


「だ、駄目なんだよ、ミュートさん……こんなに強い力で打ったら、死んじゃうよ……」


 確かに打った感触はあったが、剣身が生徒には届いていなかった。二人の間に割り込んだホロロが両腕を犠牲にして、受け止めていたのだ。腕の痛みからか、彼の返事は震えまじりだった。


「君は……君をそんなボロボロにした連中をかばうというのか?」


「よくわからないよ……気がついたら、こうしてたんだ」


 ホロロは答えを持っていなかった。


「その男たちは私……私たちに剣を向けた、いわば敵だ。君は一体何を考えているんだ?」


「ミュートさん……僕ね……優しい騎士になりたいんだ」


「……は?」


 ホロロは顔をあげて、ミュートに微笑みかけた。


「きっと……僕の目指す優しい騎士は、こんな時に、こうしてしまう騎士なんだ」


 なぜ、自分を害そうとした相手を助けている……。


 優しい騎士がなんだと言うんだ……。


 これでは埒があかない、なんにせよ、止めは刺す……。


 苛立ちがつのる不快感を払拭したく、ミュートは結果を急いだ。


「どいてくれないか?」


「彼をその木剣で打つの?」


「そうだ、そいつにはもう騎士になる資格がない」


「そんなのわからないじゃないか、彼も反省するよ」


「止めるな、さもなければ君も打つ」


「どうしても……止めない?」


「止めたいなら……力づくでやってみせろ」


 ミュートと視線をかさねて、少しだけ黙り込む。


 ホロロは近くに落ちていた木剣を拾いあげた。左腕が折れていると悟ると、右手だけで構えた。


 剣尖はミュートを向いて静かに定まって、揺るぎない。


「打たないと守れない、やっぱり人に切っ先を向けるって、怖いことだよ……でも本当に怖いのは、平然と殺意を持ってしまうことなのかもしれないね……」


「そ、そんな状態で……それを私に向けるなら、君も私の敵ということになるぞ?」


「僕は君の敵じゃない、うしろの彼の味方でもない、君は……ためらいなく剣を振るんだね?」


「なら君は、黙ってやられるのを待つというのか? これが真剣だったら君は死ぬんだぞ?」


「相手を殺さない、自分も死なない、仲間も殺させない、一体どうすれば、そうできるのかな?」


「そんな……そんなものは綺麗事だ! 夢物語だ! これが最後だ、そこをどけ!」


「きっと、強くならないと駄目なんだよね……」


 いく度とない脅迫も、のれんに腕押しである。


 いつの間にか、ミュートの心には迷いが生じていた。まったくの敵意を持たない、敵と呼べない、無防備と同然の善人を打ちのめす。彼女の良心が、これを咎めようとしていたのだ。


「き、君は……君は!?」


 迷いに対する嫌悪感から、ミュートが心の定まらないままに動いた。


 あっさり木剣を払われ、一息に脳天を打ち抜かれたホロロは、暗い意識の底へと堕ちるのだった。





 校舎裏には、月明かりが差していた。


 目を覚ましたホロロは、痛む身体を起こして、意識が失せる直前を思い返す。


「ミュートさん……引いてくれたんだ」


 覚えでは、木剣で打たれてすぐに、誰かがこの場を訪れていた。


 結局は、何ら危害を加えることなくミュートが立ち去って、生徒たちも引きあげていた。


「ずいぶんと、派手にやられたものだな……」


 すぐ横に目を向ける。地べたで胡座をかいて星空を見上げているのは、ジョンだった。


 ホロロはその正体が誰だったのかを知って、すべてを納得した。


「教官……だったんですね」


「校舎裏から叫び声が聞こえてくるものだから、気になってきてみれば、若いことをしとったなぁ」


 ジョンがこの場へ駆けつけたのは、ミュートに足を打たれた生徒の絶叫を、きっかけにしていた。到着したのは、ちょうどホロロがミュートの前に立ちふさがっていた時である。


 あえて手出しはされることもなく、経緯は隠れて見守られていたが、それでもホロロが気を失えば「流石に危ういか……」と、おさめられていたのだ。


「教官、僕に剣を教えてください。今よりももっと」


「素振りだけはあきたか?」


「いえ……強くなりたいんです」


「強くなってどうする?」


「優しい騎士であるために……自分の身も、相手の身も、護りたいものも、何もかも全部護ります」


「打つか、打たぬか……二択以外を選ぶか。生半可な強さで挑めば、すべてを失う道であるぞ?」


「それでも僕は……」


 ホロロはジョンの目を真っ直ぐに見つめていた。


 彼はもう、以前までの気弱な少年ではない。己の導き出した答えに確固たる信念を宿して、それを貫くための力を求める、小さな騎士なのだ。


 この七十年を哲学に費やし、教官となった今、それでもどこか諦めていたが……。


 ホロロの背中を叩いて大笑いをし、ジョンは「そうなのだな……」と続ける。


「……それがお主の答えか……よかろう、私はお主が心底気に入った!」


「あの……え?」


「お主には、私の剣のすべてを授けよう」


 ジョンの決意。


 それは剣聖としての力のすべてを授けること――。その体術も剣技も奥義も身につけた優しい騎士がどう生きるのか、その目で見届けたくなったのだった。


 自分の答えにたどりついたホロロが、騎士としての一歩を踏み出した。


 一方で天才の剣には迷いの気配がある。ホロロと対峙して言葉を交わしたことで、ミュートの心の闇には、弱々しくも光が差そうとしていた。


2017/4/1 全文改稿

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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