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また会う日まで

 

 九月二十八日。


「一応、聞いてはみるが……調子はどうだ?」


「ええ、お陰様で、あれから報告書と決裁の山でございます」


 管理局の私室で軽い休息をとっていたダグバルムは、ずけずけと入室するイヴァンに尋ねられる。現実逃避気味にあくどい笑みを浮かべて見せた。とっくの昔に察しもついていただろうに、今さらなことを聞かれて虫の居所が悪くなったのだ。


「これだから、事前に潰しておきたかったというに」


 神樹教過激派の反乱から三日が経ち、彼の執務机には書類が山をなした。


 広場の修繕計画、避難中に負った怪我への補償の有無、アイゼオンの歴史にも残るだろう大事件にプライバシーもへったくれもない新聞各社との問答、右頭としての仕事に忙殺される日々が続いた。これによる心身の疲労が限界に近づいていたのだ。


「こういうものは一時だ。終わらぬ物事はないぞ?」


 そう無神経に慰められると、ダグバルムは気が狂いそうだった。


「今の私を目の前にして、良くぞそのように言えたものですな」


「ところで、あの神樹教の男には随分と甘い判決を出したな?」


「……負傷者はともかく、奇跡的に死者はなし。物的被害は広場だけで済みました。何せ国家反逆、本来ならば極刑だ。しかし聞けば巫女の兄。この糞忙しい時に神樹教の巫女を敵に回したくないのが私の本音……それで、あなたの思惑はなったのですか?」


 神樹教がらみの話に飽き飽きするダグバルムは、つけ加えるように話題を変えた。


「ああ、なったさ。最高だったね」



 ×



 かんかんと照る太陽が、中間を跨いだ頃。


 首都の大通りに面したカフェテラスの、四人掛けの丸テーブルで兄妹がじっと見合う。


「あの……やっぱり僕は帰った方が?」


 そこに同席していたホロロは、長い沈黙を破ってこぼした。


「な、何を言うんだ君は?」


「そ、そうです、いてもらわなければ困ります」


 提案を拒んだ兄妹、もといロイルズとミントの声は切実である。


 この日は二人に頼み込まれて、ホロロは連れ立って首都に繰り出していた。


 服屋でミントの服を選んで、大通りに見つけた屋台で買い食をして、薔薇園で真紅の蕾を愛でて、ここでサンドイッチなど頬張っているうちに、現在に至った。これまでの間、付き合いたての恋人のようにモジモジモジモジしていた兄妹に、彼はやや疲れ気味だった。


「だったら……ほら、二人が言ったんですよ?」


 今は何をしているか――兄妹が互いを呼びあうのを見届けるという意味のわからないことである。いな、こうなった背景を知ればこそ、これが特別なことだとも理解していた。しかし朝からかれこれ四時間も、目の前でモジモジモジモジモジモジモジモジ、


「ミ、ミ……ミントゥ」


「に、に……兄やん」


 発音が妙だったり、器用に噛んだり、一向にこの調子では我慢もしがたい。


「ふざけているんですか?」


「し、仕方がないではないか! 私たちは、この前までは……」


 ロイルズに逆上じみた言いわけをされる。


「でもロイルズさん、あの時――」


 ホロロは三日前を思い返して、彼に確かめた。




 ――巫女との接触を阻むように。神樹の幹から触手が伸びてきた。


 それらを切り裂き、あるいは避けて、ホロロたちは喊声を上げながら怒涛の勢いで神樹に迫った。振り絞れる気力と体力のすべてを煌気にこめると、最後の攻撃に打って出ていた。


「ホロロ=フィオジアンテ、やはり人とは強欲だな」


 最中、ホロロはロイルズの自虐めいた口走りを聞いた。


「神樹に力を与えられた者を巫女と崇め、恩恵にあやかり、人心を掌握し、富と地位を得る、それが神樹教の本質だ。ミントを孤独にしたのは力を与えた神樹ではない。結局は人だ」


 言葉はありがたがる口調で続いた。


「君のような奴がいる。この欲に満ちた世の中で、君のような者は少数かもしれない。たとえ多数であっても善悪が入れ替わるだけの話かもしれない。だが今はそれでいい。君は私のような愚か者でもやり直せると気づかせてくれた……」


 深い呼吸を挟んで、声もしっかりと告げられた。


「……ありがとう」


 一足飛びに接触できる地点まで迫ると、触手の本数が異様に増えた。巫女を外敵から守るように、その身体を包み隠す祭壇から遠ざけるように、神樹が触手を縦横無尽かつ無差別にくねらせる。その抵抗も土壇場に物凄まじいものになった。


 これに怯まず祭壇の階段を駆け上がって、ロイルズが触手の球体に斬りかかる。彼の背後に無数の触手が伸びていたが、これはホロロが四神方位によって阻んでいた。


「愚かな人間の代わりに護るというのか……その役目は譲れん」


 隙間に身体を割り込ませて、ロイルズは煌気を全開する。絞めつける触手を引きちぎり、奥深くに手を伸ばす。これまで素直に接することができなかった妹の姿が、はっきりと見えている。


 今ならば素直に、彼は何度でも呼べる気がした。


「護るのは私だぁあああっ! ミントォオオオッ!」


 ミントに届いてすぐ、ロイルズは彼女の身体を抱えて球体を脱する。


 護るべきものを失ったからか、その思いの丈を認めたからか、神樹は沈黙すると、たちまち触手を枯らした。あとには、それまでの神々しい姿だけが残った。


 黒い木人も木屑と化して、その魂を失うのだった――。




「……って、思いっきり叫んでいたじゃないですか?」


「へぁぶっ!?」


 ロイルズが顔を紅潮させれば、今になって知ったミントもそうなる。


 そんな兄妹の様子を見ていたホロロは、これも一周回って良いのだと思えてしまった。


「しかし真面目な話、あなたに受けた恩は返しても返しきれない。心から感謝します」


 心を落ちつかせて、ミントとロイルズが頭を下げる。


 ホロロがいなければ今頃どうなっていたか、兄妹も考えたくないことだ。あの場で反乱に成功し、巫女の呪縛の解放がなったとして、行く道先は闇だっただろう。また、今のように顔を突き合わせて他愛もないことで笑える関係には、もう戻れなかっただろう。


「いや……僕は我を通したっていうか、好き勝手にしただけだし」


 それでもホロロは、あまり胸を張って喜べなかった。


 もしもあの時に選んだ言葉が違っていたら、もしもあの時にジョンが来なかったら、結局は結果が良かっただけで、事態を複雑にしてしまう可能性の方が多かった。


 三日が経って冷静になると、そういった考えばかりが先立っていた。 


「パラディン……あなたは、そうなのかもしれませんね」


「え? パラ……って何?」


 ミントがホロロをそう呼んで、ロイルズが説明する。


「初代神樹の巫女が記した書物に登場する存在でな、資格者ともいう。生まれつき莫大なフォトンを宿した者をそう呼ぶ。パラディンは世界に十二人存在するとされ、誰かが死ねば新たなパラディンが生まれるとされている。要は常に十二人いるということだ」


 言葉を整理する時間を挟んで、続けられる。


「それぞれが王を選定する資格を持ち、それぞれが認める者を王とするため殺し合う。その王が何を統べるものかは記されていないが……まぁ信憑性も何もない話だ。フォトンが多い者を呼ぶことには便利な言葉だし、私があの時に君をそう呼んだのも、そうした畏怖の念をこめてだ」


「へぇ……そんな話があるんですね」 


 それからも、三人は刻々と過ぎる時間を笑いで満たして――。


 その終わりの知らせを、遠巻きにうかがっていた黒服の男が告げにくる。


『時間だ……言い残すことはあるか?』


 三人の前に現れた男から淡々と、それでいて意を酌んだような調子で聞かれる


 ゆっくりと席を立つと、ロイルズは二人に背中を向けた。


「……ミント」


「兄さん」


 去ろうとする兄も、追おうと立ち上がる妹も、この日一番良い呼び方をしていた。だから思わず、ホロロも目を伏してしまう。これっきり、もうしばらく会うことが叶わなくなるのだ。


「また五年お前を待たせることになる。すまない……だが必ず戻ってくる、今度はお前の兄として、戻ってくる。また懲りずに待っていてくれるか?」


「はい……私はいつまでも待っています。待っていますから」


「ああ、また会おう」


 黒服の男に連れられて、ロイルズが罪を償いに向かう。


 見えなくなるまで、ホロロとミントは彼の背中を見送った。


 寂しい、悲しい、そうは思うが、不思議と不安というものはない。


 必ず戻ってくるという約束が、五年後に必ず果たされると信じているから。

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