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期待と信頼

 

「ジョン教官? はて、誰のことかな?」


「……えっ? いや、だ、誰のことって言われても……あの、教官は何をおっしゃって……」


 白髪の青年が恍けるものだから、ホロロは思わず声がたどたどしくなった。


 服装こそ制服ではなく着物であるが、魔性に溢れる顔立ちや筋肉隆々の身体つきは、どうやっても見間違いようがない特定の人物のものだった。そんな組み合わせを持つ人物に三か月も師事していたなら、それなりの確信もあろうものだろう。


「私は、ジョン教官とやらではない」


「はい?」


 続いた青年の言動に、驚愕か失望か、今一つわからない感情を抱いた。


 懐から二つ穴の空いた紙袋をおもむろに取り出すと、なんと被ったのだ。被って、心なしか普段のそれよりも弾んだ声色で断言したのだ。あの緑色の生物と遭遇した時か――猛烈なデジャヴだ。


「私は、紙袋さんだ」 ☆両目がきゅぴーん☆


「えっ!?」


「……紙袋さんだ」


 そうだと言い張る青年はジョンで間違いない。ただ、こうも珍妙な振る舞いをしなければならない理由が彼にはあった。大前提の、剣聖であると知られてはならない云々、だ。


 打ち合わせも途中で切り上げて宿に戻り、彼はホロロたちが神樹の広場に向かったことを知った。また弟子と同じ方法で広場の様子を把握した。そこにいたのが身内だけなら、着替えも紙袋も必要はなかった。ところが偽りがたいことに、千を超える中立軍の兵士たちもいた。


 時に、この妙案を思いついたのはネネである。


 いわく「何の拍子にばれるか知れないし、無いよりまし」だった。言った人間もどうかと思うが、喜んでやる人間もどうかと思う彼女も、ほか数名の教官と一緒に広場まで駆けつけていた。


「さて……先ほどの人形は一体何なのか? まだ動くようだが」


 剛の木人をジョンが、柔の木人をイクサが、速の木人をネネが、それぞれ戦闘を引き継いだ。


 高度な自立行動をする三体の木人は、相手の力量を予測して得意な戦術を組み立てる。たとえば、速の木人が九人を相手に選んだのは、低い攻撃力でも通用すると予測をしていたからだ。剛にしても柔にしても、これは同じ理屈になる。


 しかし三体の木人は、今その行動を一時停止していた。


 木人の性能はミントの素質に依存する。彼女の素質で測れないものは、木人も測ることができない――新たに立ちはだかった三人の力量が、三体には上手く予測できなかった。


「この木人は術者が行動不能になるまで、何度でも再生する……ミントを止めなくてはならない」


 ふらふらと足取り危うくやってきて、ロイルズが簡潔に答える。


「ロイルズさん、大丈夫ですか?」


「君も人の心配をする身体をしていないな。だが、悠長にもしていられん。神樹に取り込まれているミントを引きはがさなければ。あれの身体にも相当な負担がかかっているはずだ」


 剛と柔の木人に受けた猛攻で、そろって満身創痍に近い。


「仔細は良くわからぬが、神樹から邪気を感じることは確かだな……察するに、そのミントとやらを救い出せれば良いらしいな?」


 神樹を一瞥したジョンから、ホロロは続けざまに言いつけられた。


 自分の状態を知ってなお、紙袋の穴から覗かせる眼差しには、期待と信頼の色が見えた気がした。自分の弱さに打ちひしがれていた今、添えられた言葉は、何とも背中を押すものに感じられた。


「人形は私が引き受ける……まだやれるな、ホロロ?」


「……やれます」



 ✕



「まったく、待機と言ったではありませんか。あとでお説教ですよ?」


 行動停止した速の木人と、困憊しきっている九人の間に割り込む。


 ネネは渋い顔をして見せた。理由はどうあれ万一の窮地を避けられる実力もともなわずに、問題に首を突っ込んだ彼らを叱りたい思いだった。裏を返せば単に心配していたのだ。だから彼らが無事でいたことに安堵もあって、少なからず声や気色には含ませていた。


「さて……ちょっと剣を借りますよ?」


 速の木人に堂々と背中を向けて、ミュートから長剣を取り上げる。その腹で自分の肩をぽんぽんと叩いて労わる。かたわらに小さくため息を吐くと、彼女は「……それで?」と確かめる。


「この木人は、もしかしなくても巫女様のものですね?」


「っ!? 教官、うしろに……」


 ――に速の木人が仕掛けて来ている、ミュートが声を上げるも杞憂である。


 ネネはすでに気づいていた。わずか一瞬で相当量のフォトンを費やした煌気をまとい、うしろ手に長剣を突き出して、見向きもせずに相手の顔面を貫いていた。


「あら? 意外と速い……あまり気乗りしませんが、機会は逃せませんね」


 反転にあわせて速の木人の回し蹴りを見舞い、大きく弾いて距離をとった。それを相手どる感触に一つ思いつきがあったネネは、気だるげにも聞こえる声でミュートの注意を促した。


「……ただ神速に到達するなら難しくありません。攻撃も防御もかなぐり捨てて、速さを追求すればいい。ですが、それでは速さを凌駕する何かを持った相手には通用しない。ならどうするか?」 


 やや姿勢を低めて、ネネは煌気を操気する。


 体表面のすべてを包まず必要な部位にだけ集中させる。特殊な操気により青白い筋となる煌気は、彼女の肢体に沿って幾重にも枝分かれするように走り、淡い光子を漂わせる。


 神速の異名を持つ彼女が導き出した答の一つ――『神速回路』だ。


「……こうします!」


 言葉尻の一瞬、速の木人を囲んで石畳が割れる。一箇所ではなく、五、六箇所で一度に起こった。ミュートの目にはわずかに映っていた――相手が反応できない速度で蹴り進み、そのすれ違いざまに相手を切り刻むネネの姿にほかならない。


 神速回路が通った長剣は、相手の黒い煌気に弾かれない。神速回路が通った身体は、神速を発揮し続ける負荷にも怯まない。たとえ速さを求めたとしても、攻撃も防御も捨てはしない。


 それが彼女にとっての神速なのだ。


 でも、いくら斬ったところで相手は再生するから意味がない……。


 見たところホロロ君が何かするみたい。いえ、ぜひとも早急な解決をお願いしたいですね……。


「でないと、明日は筋肉痛ですよぉおおっ!」



 ✕



「胴に柔と刻まれた、木人、人形、マネキン……君はどれだろうね?」


 柔の木人をまじまじと見つめ、イクサは首をかしげる。


 相手に利ける口がなければ返事はもらえない。その代わりとばかりに組みかかられる。牽制に貫き手などを交えた、肢体を掴み取ろうとする攻撃をしきりに繰り出された。


「何にせよ、柔術の類が得意なようだね?」


 そんな柔の木人の猛襲を、叩き、受け流し、容易く捌いてのける。


「いや実はね、分類すれば僕もその類の体術を得意としているんだ。君はいい練度をしているけど、いささか古い気がする。型なんかは東の系統のそれかい? 時代的には三百年ほど前に栄えていたとされるものに近いと見た。あぁ、そういえば確か僕のお師匠様のお師匠様あたりが……」


 返事をもらえないと知りながら、独り言のように延々と話しかける。


「……うん? ああ、なるほど。さては僕の動きに合わせた動きしかできないのか。つまりだ、君はあらかじめ決まった動きしかできないと。たまに織り交ざる牽制の動きは確率的なもので、たとえば僕がこう動けば、君はこう……」


 柔の木人の行動傾向を完璧に把握しきって、イクサは反撃に出る。身体の一部にわざと隙を作り、そこを狙わせる――この拍子に相手の両腕を絡め取って、背後に回り込み関節を固める。そう自分の推察通りになって「ほらね」と独りで満足する。


 ところが、その予想は裏切られた。


 柔の木人の首が半回転した。それだけでなく肘、膝、足首、腰も逆を向いて、その背中はたちまち胸に早変わりした。この木人に、関節という縛りは存在しなかったのだ。


「おや……これは参った。すごい身体だね?」


 うしろに飛びのき距離を取って、イクサは困り顔で唸った。すかさず追撃してくる相手を見据え、彼は両手に手刀を構えて煌気をまとわせた。立ち止まったまま、拒まず間合いの中に迎え入れた。


 その青白い光は彼の指先に伸びて、うすく鋭利な形状に変化する――。


「関節がだめなら、斬ろうかな」


 柔の木人の身体は、イクサの横をバラバラになってとおり過ぎた。 



 ✕



「ちくしょう……何だって、お前が死ななきゃならない!」


 本陣に運び込まれた戦友の亡骸を抱き、とある中立軍の兵士は嘆いた。


 今回の作戦で中立軍から戦闘に参加したのは能力者兵百五十人、一般兵千六百人だった。そのうち木人との戦闘で戦死したのは、一般兵から二百五十名ほどいた。軽重負傷はあれども、能力者兵から死者が出なかったことを一般兵が恨めしく思うことは、この世の戦場の習わしでもあった。


「もし、よろしいでしょうか?」


 瓶底眼鏡の女と麗人を乗せた馬が、そばに止まっていなないた。


 その馬上から降りて歩み寄ってきた麗人から、そっと声をかけられる。戦友の亡骸に手をかざして煌気を発現させる、深い青色の輝きを浴びせるさまを見せられると、兵士は気が気ではなくなった。死人に何をするつもりだと怒鳴りかけるも、しかし目の前の奇跡に口を噤んだ。


 亡骸の顔に、みるみると生気が戻ったのだ。


「そんな、こんなことが……」


 戦友が息を吹き返したことを確かめて、兵士は得も言われぬ気持になる。


「この場が始まってから、今でどれほどの時が流れましたか?」


 立ち上がってほかの亡骸を見やった麗人に、端的に尋ねられる。


「まだ、一時間経たないほどだが?」


「どうやら間に合うよう。死者をここに。わたくしが蘇生いたします」


「本当か……ありがとう。良ければ名前を教えてくれないか?」


「ええ、構いませんわ。わたくしはシア……あぁああああぁあああっ!?」


 名乗りかけた麗人が、口を押えて苦しげにうずくまる。


 それを見て兵士は不安になった。もしや奇跡の代償をその身で支払ったのではないかと、そういう類の力ではないかと、それだけの価値がある力と感じて疑ったのだ。


「ま、まさか……しっかりしろ、大丈夫か!?」


 麗人の身を案じる声には、馬上のもう一人が応じた。


「あぁ、はいはい、心配せんちゃよかよ。こん人はね、ただの二日酔いやけんが」


「…………あん?」


 困惑に歪んだ兵士の顔が、えずいている麗人に向けられた。


「わ……わたくし、シアリーザと申します。さぁお早く、死者をこの場に」


 死者蘇生という奇跡を起こした麗人、もといシアリーザは聖青フォトンと呼ばれる特殊フォトンを持っている。元はウェスタリア王家の王位継承者に宿る力とされ、当代では彼女に発現していた。


 本来はできない断裂した四肢の接合や再生、解毒、死者蘇生が可能な能力――ヨルツェフが彼女を欲しがった理由の一つが、この異常なまでの治癒能力である。これを宿した者は不死にさえ近づき、能力者としては別次元へ近づく存在にもなりえるのだ。


 ただ、これほど有用な能力にも様々な制限がある。特に死者蘇生に関しては絶対的条件があって、それは死者の死後硬直が始まるまでしか効力が発揮されないということだ。今しがたに彼女が時間を尋ねたのは、これを確かめるためだった。


「――やけんが、ほら、はよせんば間に合わんて言いよらすよ?」


「お、おう、わかった!」


 兵士が死者を運ぶための人手を集めに走り出す、その嬉しそうにしている背中から視線を切ると、瓶底眼鏡の女は麗人に聞いた。本当は、二日酔いは治せないのか? と聞きたいところだった。


「……吐かんでよかね?」


「お……お気遣いだけで」



 ✕ 



 近くに落ちていた適当な長剣を拾い、ジョンは剛の木人に焦点をあわせる。


 広場の外縁部から真っ直ぐに駆けてくる、その相手の腕が再生していることに気づく。話にあったとおりの特性だと心得え直すと、彼は二、三回ほど剣を回して、その握り手を馴染ませる。


「先程のホロロは、良い目をしておった。横におったのもそうだ」


 剛の木人に先制をゆずって迎える。突き出される拳を避けることは容易である。相手の背後に回り込んで足首を叩き斬る。煌気を集中させた片足で、姿勢の崩れた相手を蹴り上げる。高々と宙を舞い上がる相手に跳躍して追いくと、ふたたび角度も同じく蹴り上げる。


「私にも、あのような目ができるだろうかな?」


 相手を打ち上げたのは、地上に被害を与えてしまわないため。


 かの奥義で得物が帯びる煌気は、通常のそれと異なる。体内の練気により発生させる煌気、体外の練気により発生させる煌気、二つをさらに練気することにより超高密度エネルギー化させたものだ。いわば干渉余波の膨大なエネルギーを個人で発生させ、超圧縮し、気撃として放つ技。


「……いつかは、できると良いなぁ」


 彼は着地から視線を仰いで、はるか上空でもがく剛の木人に狙いを定める。


 そして月影を放つ。青白い光の刃が尾を引きながら、空高く伸びて相手を飲み込む。圧倒的膨大なエネルギーの奔流に晒された黒い身体は、やがて跡形も残さずチリと化した――これを見届けると、ジョンは神樹に向かって突き進む二人を見やった。


「さぁゆけ、若人たちよ」

 

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