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言の葉にこめる

 

 複数の煌気が反発的に衝突して、干渉しあった分だけ余波となり迸る現象――『干渉余波』。


 それは高密度に圧縮されたフォトンの塊が、拍子に膨張して爆ぜる現象とも別言できる。ジョンがヨルツェフ配下の隠密に使った瞬爆練の原理は、これと似ている。


 しかし後者が材料とするものは、あくまでも練気を一種類。対して前者が材料とするものは、その練気の果てにある煌気を二種類。もとの原材料が同じでも、質的には雲泥の差があるだろう。


 時に瞬爆練という技は、能力者を相手に直立不動を許さないエネルギーを発揮する。


 であれば、並外れた二つの煌気が真っ向から衝突をしたなら――。


「もうやめるべきですよ! こんなの、一目見ただけでも間違いだってわかる!」


「たかが数分、顔を突き合わせた仲でしかない君に、耳を傾けなければならない義理などない!」


 強力な煌気に身を包んで、ホロロとロイルズが鍔迫り合う。


 これに伴って引き起こった干渉余波が、辺りの過激派教徒や木人、設置されていた大砲や投石機、防柵を吹き飛ばした。二人を中心に押し退けられた大気も突風と形容できる勢いに達して、中立軍の本陣まで吹き抜けた。


 詳細は定かでないが、ホロロが誰かと始めたらしい。負けるなよ……。


 そうウェスタリア代表たちが察して、胸中で彼の必勝を祈る。自分を魅了した男に、九人がかりで送り出した男に、これから仲間となるべき男に期待して、彼らもまた木人を相手に奮闘する。


「なんて力強い煌気、お、重たい……でもっ!」


「この桁外れのフォトンは、まさか君は資格者なのか……いや、今はどうでもいい!」


 初手の力量の探り合いから、先んじてホロロは仕掛けられた。


 腕の力加減をわずかに弱めたロイルズに、鍔迫り合う力の均衡を崩される。押し込んでいた勢いのあまり身体が前のめったところ、側面に回り込まれる。直剣で首筋に刺突をもらう。


 完全感覚によって見向きもせず、彼はその鋭い軌道を読んでいた。無駄のない挙動で身体を屈めて刺突を避けると、連動して相手との間合いを限界まで詰め――きった時には黄龍の構えになっている足運びをした。


 見るからに刺突に向いた剣。突いたら引き戻さないと使えない……。


 ここを見て迫れれば……。


 一呼吸も挟めない応酬の中にホロロは考えた。しかし相手に複雑な攻撃の兆候を察知すると、思い描いたような挙動ができなかった。これが高度な牽制だと知るのは、このすぐあとだった。 


 直剣を薙ぎつけるという強い兆候に反して、実際は膝蹴りをみぞおちに打ち込まれる。完全感覚で膝蹴りの兆候も察知していたが、防ぐには身体が追いつかない。それだけ惑わされていた。


「剣士だからと、剣のみが武器ではない!」


 抉るような一撃には、ロイルズの煌気が一点集中されていた。それが並外れたホロロの煌気による防御を容易く打ち破れたのは、ひとえに攻撃特化の操気がなした業である。


「っ……ごはっ、が!?」


 いくらか器官に異常をきたして、ホロロは少量ながら喀血した。


 それでも、相手には自分の都合など考えてもらえない。悶絶に頭を下げて、がら空きにした背中に強烈な肘鉄をもらう。石畳を割る勢いで叩き落された続けざま、石畳を抉る勢いで蹴り飛ばされた。


 二度三度と石畳の上を跳ねながら、彼は投石機の残骸に叩きつけられて埋もれた。


「動きも、勘も、煌気の練度も、実戦で通用する力は十分にある。だが……」


 ホロロとの相対するロイルズには、まったくの油断がない。


 相手が凄まじい煌気をまとい直して、その残骸を吹き飛ばして、一足飛びに突撃してこられても、彼の平静は失われなかった。素質では圧倒的に劣っていながら、いざ手を交える今に劣らない戦いをできている理由が、彼の口からはこう断言された。


「私と君とでは、経験が違うぞ!」




 たった数分も、能力者同士の戦いでは気が遠くなるほど長い。


 一体どれだけの応酬が繰り返されたことだろう……。


 身肌を裂かれようが、内臓を損傷しようが、それが致命傷でない限り、煌気をまとっている限り、身体の傷は負ったそばから癒えていく。とはいえ痛みがないわけではない、流した血が戻るわけでもない、疲労がないわけでもない。


 苦しいことは変わらず、むしろ止まれないだけに苦しかったはず……。


「……もういいだろう? 君は最初に峰を返したまま、一度として戻さなかった。一度として刺突をしようとしなかった。そもそも、本気で相手を斬り伏せようという気概すらも感じなかった。そんな中途半端な覚悟で止めにきたのか君は、私を、ホロロ=フィオジアンテ?」


 ロイルズは困惑していた。もう何度その小さな少年を打ちのめしたのか覚えていない。巫女の従者として、その脅威となる猛者たちを相手に孤軍奮闘してきた経験が、たしかに言っている。


 ――決して、楽なあしらい方をしたつもりはない。


 しかし相手は諦めることなく、両足を地につけて、いつまでも生きた目を向けてくる。


「……僕は優しい騎士になりたい。僕の思うそれは、誰かを助ける時に誰かを犠牲にしないんです、だから僕にはわかる、確信しています。ロイルズさん、あなたは優しい人だ……僕が峰を返したままだったように、いつでも殺せたのに、あなたは一度だって僕を殺そうとしなかった」


 確信めいた言葉を返されて、何としても諦めさせようとした決心は鈍る、良心は痛む。


「なぜだ? あれとは数時間の関わりのはず。君にどれだけの筋合いがある?」


「ミントちゃんが言ったんだ……人の気持ちは伝わらない、人は相手の気持ちを想像でおぎなって、知ったつもりになるだけって。やっぱり普通じゃない、良くない……自分の妹が熱を失って、こんな冷めた言葉を言ってしまうようになって、なのに今、あなたは何をやっているんですか?」


 訴えかけられた言葉に、ずっと保っていた気色は苦悩と苦痛に満ちて、初めて崩れた。


「君にわかると言うのか!? 肉親が巫女の呪縛に囚われる重さが、神樹教という組織の頂点として重責を背負う意味が!? 神樹教は中立国の最大宗派、かつては国の中枢でもあった、巫女の一言で国が動く、己の力を御するために、あれは学と芸を覚えて、私は従者としてあれを守ってきたんだ、 私たちはそうなってしまったんじゃない! そうならなければいけなかったんだ!」


 むき出しの苦の感情が、まとい直す煌気に混ぜ込まれる。


「そうやって言葉に逃げて、立場を言いわけにして……僕はそんなことを聞いてない! ただ一人の兄として、自分の妹をどう思っているのか聞いているんだ!」


 もう、ホロロは我慢がならなかった。その怒りの感情をこめて、これまでよりも遥かに強力な生命エネルギーが秘められた煌気を発動させた。怒鳴ってしまうほど、気が高ぶっていた。


「私は、あれを呪縛から解き放つために戦っている!」


「その前にやるべきことがあるでしょう!?」


 真っ直ぐに加速して迫りくるロイルズから、大気を穿つような刺突をされる。その剣尖の到達を、ホロロは黄龍の構えで迎えた。完全感覚を限界まで高めて、相手の一挙一動を全身全霊で感じる。


 すべては思い付きの策を、この土壇場で成功させるために――。


 やや左側から斜めに心臓を狙う、殺めることもいとわぬ気配の一閃。地に足ついた、安定した繰り出し方を見るに、少しでも応酬が甘ければ間合いの外に逃げられてしまうだろう。


 逃がさない、逃げないでほしいから……!


 そうまでしておいて、彼は応酬をしなかった。


 腰を落として一歩前に出る。左肩のつけ根にわざと刺突を受ける。


「なっ……に!?」


 虚をつかれて、ロイルズの動きが一瞬止まる。


 ホロロはこれを見逃さない。激痛をこらえながら、左肩に刺さった白刃を左手で固く握りしめる。かたわらには煌気を解いて練気をまとい直すと、刀を手放した右手で相手の胸倉を掴んだ。


 そして、彼はジョンの教えを復唱した。


「相手のフォトンに干渉して、散らす」


 相手の煌気に反発せず、混ぜるように練気が送り込まれた。干渉余波が起こらないまま、不純物を多く取り込んでしまった煌気は、急激に収束力を失って四散した。


 その小さな右手は、まだロイルズの胸倉をつかんでいる。


「それと……自分の妹を“あれ ”だなんて呼んじゃ駄目ですよ!」


 ぐいと引き寄せる相手の額に、ホロロは自分のそれを思いっきり打ちつけた。



 ――ゴヅンッ!


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