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子供達


 まだ首都が寝静まっている早朝のことだった。


 神樹の広場を占拠した神樹教過激派は、かねてから計画していた反乱を実行した。


 神樹教徒こそが国の民であり、神樹の意志こそが国政を司るものとするため――とはいえ、一言に反乱といっても、頭数が足りなければ達成できない。たかが五百あまり教徒が国に歯向かったところで、テロリズムの範疇を脱しないだろう。


 だから過激派の筆頭であるマカノフは、巫女の力を利用しようと考えた。


『報告。我が軍の兵力は一千五百。内能力兵が三百。敵兵力は三千五百。なおも増加中!』


『おのれ……巫女様のお力を悪用するとは、何とも罰あたり……戦況はどうなっている?』


 広場の後方で指揮をとっていた中立軍士官の男は、部下から報告を聞いた。


『変わらず。前線を能力兵が中心に攻勢を仕掛けていますが、やはり一定の数を掃討すると防戦に。一般兵から死傷者が多数でています、敵も攻めあぐねていると見ますが、時間の問題かと』


『この木人は紛い物だ。巫女様本来のお力であるなら、我が軍はとっくに全滅している。一体一体の威力は一般兵並み、動きも単純、だが無限に湧いて来られては能力兵も攻めるに攻められん。枯渇も懸念される。救いは、木人が近くの敵しか攻撃してこないことか……この非常時に首都の主力部隊が遠征訓練に出ているなど、これは何かの陰謀か!?』


 指揮官は嘆くように言葉を切り、広場で戦う兵士たちに檄を飛ばす。


『聞け! 我々が生きている限りは、この場を食い止められる。今こそ我々が軍人として民のために命を賭す時! だが生きろ! 生きて避難している家族を守って、家族の元へ帰るのだ!』


 この声とは同時だった。広場の最奥部に設置された投石機から、爆薬の詰まった樽が投げられた。これが士官の頭上に飛来する軌道を描いていると、本人と周りの何人かが見取った。


『この弾道は……いかん、間に合わんか!?』


 士官はすぐに煌気をまとう。そうすれば直撃を受けても無傷でいられる。しかし自分の周囲にいる一般兵は一溜りもないと、経験則から知っていた。ならば打ち落とすために気撃を放とうとするが、わずかに遅れた。フォトンを練り切れず、それに足る威力が出せなかった。


 人間の命が無念の声ごと吹き飛ばされる――そのはずだった。


 樽が一本の矢に射抜かれていた、士官の目にはそう見えた。彼が確信できなかったのは、それらが一瞬にして氷塊に包まれて、証拠もろとも隠れてしまったからだ。


『これは……一体どういうことだ? 白昼夢でも見ているのか?』


 樽は爆発しなければ、空宙で氷塊になる拍子に勢いも殺されて、誰かを潰しもしなかった。そして士官の足元に落ちて転がり、冷気を漂わせて沈黙した。


『ほ、報告します!』


 戸惑っていた士官は、慌ただしい様子の部下から報告を受けた。


『なんだ? 何かあったのか?』


『それが先ほど……左後方から、子供が……』


『報告は、はっきりとしてくれないか?』


『はっ……左後方から、連邦の養成学校の学生と思われる一団が現れました!』


『な、何だと!? 連邦の学生がなぜ、このような場所に……』


 逆側から、また慌ただしい様子で別の部下がやってくる。


『報告!』


『こ、今度は何があった?』


『右後方より、帝国の養成学校の学生と思しい一団が出現。前線に突撃をかけています』


『帝国の学生まで、何がどうなっている!? いやそうじゃない、早く連れ戻さないか!?』


『そ、それが……我が隊の能力者をはるかに上回る力で戦っているのです。止められません』


『馬鹿な……いや、本当なら好機なのか? しかし子供に戦わせるなど……』


 絶え間なく生成され続けて、この時すでに戦場の木人は四千を数えた。


 ミントが消費するフォトンは、常に神樹のフォトンで補われる。これによって樹魂のフォトンは、術者である彼女の体力が尽きるまで発動できる。また彼女の素質を考慮すれば、最終的には万単位に届く木人の生成が見込める。


 頭数を増やそうと考えた時に、マカノフが選んだ策はこれだった。


 ただし彼の当ては外れて、能力の本領は五割も引き出されなかった。今の、その能力の発動は彼が彼女のフォトンに強制干渉して、操気術を引き継いだ状態にある。ここに問題があり、つまるところ干渉に弱いというフォトンの特性が十分な発揮を妨げたのだ。


 とはいえ『数を失う度に割り振られるフォトンが増えて、木人は強くなる』という能力の特性は、辛うじて生きていた。これが未だに反乱を失敗にも終わらせないでいた。 


 長期戦になれば、いずれ数で圧倒して勝てる……。 


 戦況に過激派教徒たちもそう胸をなで下ろすが、束の間だった。


 新進気鋭の化け物、もとい大量殺戮兵器、もとい連邦と帝国の学生が二十、広場の左右から突撃をかけて現れた。彼らが視界を横切って突き進む様は、中立軍の兵士たちの度肝を抜いた。


 連邦側の先陣を切る二人が、それぞれ名乗りをあげる。


「ぶぅぁああああっはっはぁっ! 俺はボージャン=グレンダール! これから友となる男のため、この戦に加勢する! 道を阻む者は容赦せぬぞ! ぬぁあああっはっはぁっ!」


「はぁああああんっ、あたしはゴランドル=アピュタス! ボージャン様の愛の奴隷よぉおおっ!」


 いななく戦馬で突撃する、屈強な勇者と屈強な乙女?


 木人を戦馬で踏み潰して、斧槍で一撃のもとに粉砕する。二人がとおり過ぎた道筋には木端が舞い散り、人間の亡骸を連想させる姿で木人が横たわる。


「野蛮も極めれば美しいな……名を轟かす、それもいい! 俺はジャンゴ=スカダニアだ! どこのどいつか知らないが、俺が尊敬する男の何かを傷つけようっていうなら、見過ごせないなぁ!」


 先の二人に開かれた道に、ためらいもなく踏み込む美男子。


 籠気した両手剣を真一文字に振るい、寄り集まる木人の背丈を腰の高さに変える。拍子に剣尖から短く気撃を放ち、間合いの外にいた相手も吹き飛ばして道幅を広める。


「道を開くから君たちは先に行け。しかしルナクィンがいたらどうしたか? きっと、あいつならばこうしたか……ミュート=シュハルヴ、私がそばにいるうちは何人にも触れさせん!」


 あとに続く七人の中から、風を切って飛び出した美少女。


 イスラドゥンナ平原で体得した加速特化の練気により、進路上の木人に反応を許さぬ速さで迫る。長剣で刻んだ相手が崩れる頃には、すでにほかの相手に切り込んでいる。


「彼らが名乗りをあげている。これは僕も名乗るべき雰囲気だろう……僕はワトロッド=ワトソン、僕の機械弓は悪事を決して許さな――」


「――ぎゃはっ、眼鏡君マジ真面目すぎんでしょ! あたしはブリジッカ=クロ=バーヤマンだぁ、みんなよろしこ! とかでいいんだって! ほらほら、この流れでデコリンも!」


 前線から一歩下がった位置で立ち止まり、優等生の顔面をこづいた山姥。


 機械弓から籠気されて射られる矢が、複数体の木人を貫通して、その胴体に大きな風穴を開ける。直接的に当たらずとも、矢から放出される練気が掠めた相手も吹き飛ばす。


 籠気による武具の性能の底上げは、こめる得物が大きいほど効果的である。鉄砲玉よりも矢の方がよりフォトンを籠められるため、能力者には鉄砲よりも弓矢が好まれる。


「わ、私も、ですか? えっと、あの、私はナコリ……というか、デコリン言わない!」


 切り開かれた道で残る三人を見送り、くるりと身を返す堅物少女。


 わらわらと迫ってくる木人の群れを前に、煌気に包まれた彼女の小さな平手が地面を叩いた。その一瞬、彼女の煌気は氷に変質して、何角もの角を形成すると、それらを足元から串刺した。


 弓兵として立ち回るなら、彼女は前線に立つべきではない。


 たしかに彼女には氷結のフォトンという能力があるし、一般兵並みの木人を相手にするだけなら、氷を操るだけでも十分に戦える。かといってこれが理由ではなくて、実のところ弓で使うには能力の威力が強すぎた。どれだけ気を回しても味方を巻き添えにする可能性は否めない。


 中立軍の兵士と木人の乱戦模様を思えば、その使用は極力はばかられた。


「キュノ=ファ……だ」


「私はティハニア=マッフィン……あれ? キュノ君、今さっき喋らなかった? いや、それどころじゃなかったね……ここからは一人で頑張って、後ろはなるべく私たちが食い止めるから」


 敵陣の半ばで最後の一人を送り出す、無口な少年と内気な少女。


 背後から襲いかかってくる木人を、練気によって高めた肉体で迎え撃つ。その胴を当て身で砕き、肢体を絡めとって千切り、時には柔よく剛を制し、剛よく柔を断つ。


「ありがとう……無事でいてね!」


 背中をほか全員に任せて、正面の木人だけを相手にする。月下美人を振るい、波のように迫りくる木人を斬り伏せる。少年はたった一人、広場の最奥部に向かって猛進する。


 ここまで来ると、相手にする木人の数も段違いに増えた。能力者が際限なく打倒できたとしても、囲まれてしまえば足止めを食らいもするだろう。もしかしたら何かの拍子には、数にものを言わせて押し潰されるかもしれない。


 そして何事においても絶対はなく、またいつ何が起きるかはわからない。


 唐突におびただしい数の木人が、彼を目掛けて押し寄った。すぐ近くで戦っていた中立軍の兵士が敗れたことで、それの相手にしていた木人が一挙に標的を変えたのだ。


「まずい、あの子が囲まれる……えっ?」


 偶然それを見ていたナコリンは、はっと息をのんだ。援護のため長弓に矢をつがえて弦を引くが、直後に起こった光景を見ると、それ以上の動きは止めざるを得なかった。


「……僕はホロロ=フィオジアンテ。ミントちゃんに言ってあげたいことがある。こんなところでは立ち止まっていられない……だから邪魔しないでよ!」


 怒号する少年の身体が、空気の揺らぐほど強力な煌気を解き放つ。


 彼を中心に全周囲へ青白い閃光が走り、半径10メィダ以内にいた木人が木端微塵に吹き飛んだ。少し離れた位置でこの余波に晒されたそれらも、四肢を欠損する戦闘不能な損傷を負った。


「な、何なのですか、あの子は……」


 同じ少年を相手に、ナコリンは繰り返し瞠目する。


 自分も煌気化ができるから、彼のそれが異常なものだとも理解ができた。一度の発動に費やされるフォトンの量から、練気の具合まで、どれをとっても自分のそれとは次元が違って感じられた。


 もはや中途半端な木人の威力では、触れることさえ叶わない。


 その体表面で激しく流動する煌気に触れたそばから、木人の身体は弾かれて原型を保てなくなる。並みの煌気ではこうはならない。常識の破れ具合も著しい状態だった。


「何てでたらめな力……伊達に私の矢を掴んでいませんか」


「はははっ、あのまま勝負を挑まなくてよかったなぁ、デコ助よ」


「っ………ぅるさいな馬鹿!」


「図星か……結構なことだ!」


 ボージャンに揶揄された苛立ちをぶつけに、ナコリンも木人との戦いに戻る。


 その間も、ホロロは広場の奥まで猛進を続けていた。


 途中で木人に紛れた過激派教徒とも出くわすが、それらには慈悲を請われるか、木人以下の力量で挑まれるか、でなければ一目散に逃げ出された。これが最奥部に近づくにつれて増えると、どうにも不愉快な思いにさせられた。


「自分たちは安全な場所にいて、そんなの卑怯だ」


 神樹への肉薄を目前に、ホロロは開けた場所に抜け出る。


 背の高い防柵で仕切られて過激派の本陣があり、ここで生成された木人がぞろぞろと脇目も降らず防柵の外へ流れていた。その周囲の雰囲気は、大砲や投石器を操る過激派教徒たちで忙しなかった。これまでの窮屈な戦場とは違い、思いのほか自由な空間があった。


 さらに奥には、目標であるミントの姿が見えた。


 神樹と接する小高い階段上に構えられた祭壇――十字架型の装置が、磔にした巫女に対する干渉を補助している。また祭壇の下に設置された操作卓が、その動作のすべてを制御している。


 彼女のぐったりとした様子に、彼も走る足が速まる。


「ミントちゃん、今助けに……っ!?」


「ホロロ=フィオジアンテ、やはり君なのか?」


 ここでも、また別の過激派教徒から奇襲を受けた。


 向かって左から突き出された直剣を、ホロロは寸前のところで捌く。次いで月下美人の峰を返して切り返すも、間合いの外に逃げられる。攻防の手応えに、一筋縄では行かない相手と教えられる。


 矢庭に構えなおす相手の姿を確かめて、彼はその正体を知った。


「あなたは……ロイルズさん。やっぱり、これはあなたが?」


「……最後に、妹に良くしてくれた礼を言うだけのつもりだったのだがな。どうやら、とんでもないものを呼び寄せてしまったらしい……頼む、見逃してはくれないか?」


 直剣を構えたまま、ロイルズが切なる心情を声にこめて懇願する。


「あなたの妹なんでしょう? 一体何でこんなことを?」


 ――されて、ホロロは難色を示す。


「見逃してはくれないか……それは、君にはわからないことだ!」


 ロイルズから、ふたたび仕掛けられる。


 その真意もわからないまま、今は彼と戦うほかなかった。



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