不器用な兄妹
夕食後、ホロロとジャンゴはラウンジで談笑をしていた。
「女子のレベルが高い、俺の股間が反応してたまらないんだ、どうしたらいい?」
「あははー。ジャンゴ君、女の子の前では絶対に言っちゃだめだからね? ……でも女の子がみんな可愛いのは、たしかに嬉しいかも……今までこんな機会なかったから、なおさら」
選抜大会で知り合って以来、二人は良好な関係を築いている。
ホロロにとってジャンゴという少年は、初めて自分で見つけた友人で、手放しがたい存在だった。対して、ジャンゴにとってホロロという男は、小さくも大きい純朴な友人で、今までに関わり合いがなかった類の存在だった。
また共通して、一緒にいて面白いとも感じていた。
「でもあれだよな。男子とか女子とかは別にして、どうも仲良くなれる気がしない。他人行儀の域を抜けない感じだ。まだ深く関わっていないから、とか言えばそれまでだけどさ。何か違う気がするんだよなぁ……俺もどこか壁を作ってしまってる」
ラウンジのソファに深くもたれて、ジャンゴが小さく唸る。
理解が追いつかなかったホロロは「どんな壁?」と確かめた。
「信じて背中を任せてもいい奴らか? ってな。そう思うと声をかける前に足が止まるんだ。いや、もちろん俺はホロロを信じているぞ。代表の中では誰よりも。でも、それはお前の強さを知っているからだ。特に心に関しては……」
辛気臭さに呆れた調子で「要するに」と続けられた。
「ほかの選抜を勝ち上がってきた連中が、今年の代表って意味をどれだけ理解して、どれだけ思っているのかって知らないんだ……いくら教官たちから『全員が事情を知った人間』とか言われたって、それが正直な気持ちだ。しかも俺に限った話じゃないと来た。もうどうしたものかねぇ?」
――私の気持ちはあなたに伝わらない、あなたの気持ちも私には伝わらない。
――その答えは、すまんが私にもよくわからんよ。しかし考えることだろう。
話をしながら、ホロロは二人の言葉をぼんやりと思い返した。
あの時、あの子は何を思って、あんなことを言ったんだろう……。
答えはまだわからない。もしかしたら、答えなんかないのかもしれないけど……。
ジャンゴの述懐を聞いて、それでもなお健気でいる。
「でも、きっと諦めちゃだめなんだよ」
「……お前はどうも、俺たちとは違うみたいだ」
失笑されるが、嘲られた感じはしない。
自分の気持ちがジャンゴに伝わったからだと、ホロロは彼の様子から見込んだ。例の言葉は決して否定できないものではない、それがわかっただけでも十分に感じて、心を弾ませる。
『失礼いたします。ホロロ=フィオジアンテ様でいらっしゃいますか?』
引き続いて談笑していると、ふと宿の受付嬢に声をかけられた。誰かと約束をしていた覚えもなく怪訝に思ったが、ともかくホロロは「そうですが?」と要件を聞いた。
『お客様がお見えですが、いかがいたしましょうか?』
受付嬢の視線を追うと、エントランスに男が一人いる。
肩口で切りそろえた深緑色の髪の――神樹教序列四位、巫女の従者であるロイルズだった。彼との面識は一方的で、今は彼も庶民の恰好をしているため、ホロロもそうと知る由はなかった。
「あれ? あの髪の色……ごめんジャンゴ君、少し外していい?」
「ん? おう、何だか知らないが行ってこいよ」
しかしロイルズの髪色には、覚えがある。居ても立ってもいられなくなったホロロは、ジャンゴに断りを入れた。快諾をもらうと席を離れ、エントランスで彼と顔を突き合わせた。
「……夜分にすまない。外で話したいのだが、少し時間をもらえるだろうか?」
ここでは駄目な話なのかな? 何だろう、やっぱり気になる……。
その主旨をラウンジで待つジャンゴに身振り手振りで伝えて、ロイルズと宿の外に連れ立つ。
昼とは異なる雰囲気をもったエンの庭園。
側溝から立ち込める湯気に透けた、道沿いに並ぶ灯篭の明かりが、幻想的に辺りを照らしている。幾何学的に飛石が走る芝が広がり、奥には丸木橋をかけた池が張られ、一角には腰を落ちつけられる休憩所がある。その姿は機能的でありながらも、非常に美しい。
今は人気も少ないこの場所で、ホロロは恐る恐る口を開いた。
「あの、もしかしてミントちゃ……さん、のご家族ですか?」
「髪の色か。あれは私の妹なんだ。私が心無いことを言ったばかりに機嫌を損ねてしまった。今日は君に一言その礼をするつもりだった。妹が世話になった、ありがとう」
ロイルズがしっかりと頭を下げる。
「ということは、ミントさんは無事に家に戻れたんですね?」
「おかげさまでな……私はロイルズという。あのあと名前を頼りに、失礼だが調べさせてもらった。連邦の代表生徒だとか? なるほど……間近にすると君からは強い気配を感じる。それでいて微塵の邪気もない。無償の善意だったらしい」
褒めちぎられ照れくさくなり、ホロロは「買い被りですよ」と苦笑いをした。
「実は僕にも同じ年頃の妹がいて、何だか情が入ったといいますか……放っておけなかったんです。でも安心しました。少し気になっていましたから」
「そうか……申し訳ない。時に君の目から見て、あれをどう思った?」
「ミントさんですか? そうですね……とても達観していて、そばにいて不思議な感じがしました。それとこう言っては何ですが、たまに無理をしているようにも見えました」
聞いて後ろめたそうに、ロイルズが目を伏した。
「あれはそう、少し特別な立場にあってな……幼い頃から特化した教育を受けて育った。十三にして国立大学を主席で卒業できる学と、あらゆる芸術を見分ける感受性と。遊びたい盛りの時間をすべて費やした代償は、子供らしく表現する心を失うことだった」
たしかに、これっていう表情を見た覚えはなかった……。
同年代のウララと比べて無さ過ぎるくらい。見たままだったんだな……。
事情の一端を知り、ホロロは返す言葉を失ってしまった。
「だから兄として、私はあれを救ってやりたい……」
呟いて振り返ったロイルズが、最後に言葉を残した。
「フィオジアンテ。できれば明日は広場に近づかないでくれ……それでは、私は行くとする。改めて夜分に失礼した」
遠ざかるロイルズの背は、何か決意じみて感じられた。
アイゼオンに渡ってから、早一週間が過ぎる。
神樹の広場での一件に始まり、不思議な少女と出会い、代表の面々と出会い――わだかまりを抱えながらも優しい騎士は歩みを止めない。一方では、神樹教の過激派が動き出そうとしていた。右頭にあえて見過ごされる大きな悪意に、中立国の平穏が脅かされる時は、刻々と迫っていた……。