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集いの日

 

 同日。


 当日の昼下がりには、ウェスタリア代表選抜大会を勝ち抜いた各校各兵科の代表、教官たちの打ち合わせが予定されている。エンの施設内にある会議室を借り――毎年のことで宿も慣れているため、場所の明け渡しは迅速に行われた。そうした宿の設備や配慮も、やはり武闘祭の影響が大きい。


 客室とは趣が異なる、やや現代的な構造の一室。


 中央にある立派な造りをした会議机には、あらかじめ座席が二十人分ほど用意されており、部屋の隅には予備の椅子が積まれている。また入口から向かって奥の一面は窓になっており、美しい庭園の風景とあわせて、屋外の日差しを取り込んでいた。


 飛龍の気まぐれで一日早く到着したジョンたちは、ここで先んじて待つことにした。奥側の座席に横並びにかけ、今しばらくの時間を思い思いに過ごす。


「さて、どんな子供たちが来るのやら?」


「会ってみるまでは分かりませんね。ウェスタリアでは大会を終えて『はい、直行!』というのが、どうも恒例らしいので、まだ何とも言えませんよ」


 ジョンが話題を振り、ネネが肩をすくめる。


 現代の通信手段は文書が主流となる。連絡をするにも相応の時間を要した。例によって選抜大会の時期を限界まで遅らせているウェスタリアには、それをする暇もない。


「おや、話をすればな……誰か来るらしい」


 会議室前の廊下に人の気配が差しかかった。どこか足どりの重たい一人を先頭に、足並みを揃えて三人やって来ている。能力者とも思しい彼らには、特に邪気を帯びている様子も感じられない。


 ほどなく、入口の扉は開かれた。


「うぁ、一週間も移動しよったら肩のこってから……」


 気だるげに肩を落とす、やけに言葉遣いの訛った女。


 ごわついた朱色の長髪は、左右で三つ編みにされている。小顔に大きな瓶底眼鏡をしているため、顔の大半はレンズに隠れて見えない。発育が良い中肉中背の身体をしており、特に豊満な胸まわりは教官用制服の内側に無理やり押し込められていると感じられた。


 時に彼女の制服が基調とする緑色は、第五騎士養成学校のそれである。


「あっ、ピコニス」


「あっ……あぁあああっ!」


 ネネに覚えのある調子で名前を呼ばれた女は、何かしら思い出した調子で怒声をあげた。続けざま会議机の上に飛び乗り、わざとらしく恍ける態度をした彼女に、恨みがましく詰問する。


「ネネェエエッ!? あんたが教えてくれた作法は何か!? 寄せて上げて揺らす、とか言いよったやつさ! またウソばっか吐いて、えらい誤解されたとやけんね!? どうしてくれる!?」


「え? あなたまさか。本当にやったんですか?」


「よしっ喧嘩か、こらぁ? オモテ出らんね!」


 歯をむき出しに、顎をしゃくって啖呵を切る――。


 このピコニスという女こそ、ネネと共にウェスタリア国を担当したもう一人の局員である。二人は学生時代から面識があり、管理局では同期であり、どうにも仲が悪かった。一見すると感情の流れは一方的とも疑わしいが、決してその限りではない。


 片や文武両道の極みとも思しい才覚を、片や女性らしさ溢れる発育の良さを、互いに妬んでいる。学生時代の主席争いで因縁をつけたのが前者なら、見知らぬ相手から目障りなものを見せつけられて苛立ったのが後者だった。それが大人になった今の今まで続いているのだ。


 つまるところ、そう、どっちもどっち。


「ジョン。彼女が以前に話した、もう一人の局員の子ですよ」


「いや、どうも初めまして、私は第三の剣術教官を務めています、ジョンです」


 ネネに仲立ちされ、ジョンから愛想良く挨拶をもらう。


「あぁ、どうも、あたしは、えっと、あの――」


 あら、またえらい良か男のおる。ネネと一緒におるってことは、第三の教官かね……?


 見慣れない美貌にあてられ、ピコニスはたじろいだ。


 ふと面白がってニヤついたネネに気がついて、純情な田舎娘は額に青筋を走らせる。異性にあまり免疫のないことを嘲られ悔しく思うが、ただ事実ではあるから、ぐうの音もでなかった。


 ちょうど、残りの三人も入室してきていた。


「ピコニス教官……何をしているのですか? はしたない」


 落ち着き払った声でピコニスを咎める、第五の女子生徒。


 艶のない鼠色の長髪は、カチューシャで綺麗に留め上げられている。額が広くも整った顔立ちは、表情を欠いているために愛想がない。やや細身の身体に制服を正しく着用した姿は、言動や雰囲気も相まって、堅物という言葉が似つかわしく思えた。


 彼女は弓術の選抜大会から一位代表となった、ナコリンである


「堅いことを言うなデコ助め、良いではないか! 今くらい騒いで何が悪い」


 豪快な笑い声をあげた、同じく第五の男子生徒。


 くすんだ色加減の金髪は、大槌のようにまとめ上げられている。壮年じみた貫録のある顔立ちは、一般の男性よりも彫が深く男臭い。2メィダを越える人間離れした筋肉隆々の肉体で、寸法の大きな制服もぴっちりと着こなす姿は、もはや年齢詐称も疑わしいものだった。


 彼は馬術の選抜大会から一位代表となった、ボージャンである。


「誰がデコ助ですって筋肉男? いい加減その髪型やめなさいよ。たまに私の視界をさえぎってるの……ただでさえ無駄に身体が大きいっていうのに、鬱陶しい」


「ふはは、何を言う? リーゼントは男の魂だから断じてやめん。お前こそ髪を下ろしたらどうだ。たまにお前のデコの反射した日差しが、目に入って眩しい」


 このナコリンとボージャンの関係は、家が近所の幼馴染だ。


 初等部、中東部、騎士養成学校と、行く先々が同一になってしまう腐れ縁ともいう。顔を合わせる度に軽口をたたきあっているが、実のところ互いに憎からず思っていた。ただ、今さら改まるような気にもなれなければ、距離の近い平行線は、いつまでも交わらないのだ。


「お前たち、人前でいがみ合うな。ピコニス教官も机からおりてください」


 最後にカインという初老の男が三人を叱った。


 第五の弓術教官である彼の役回りは、主に彼らの制御である。弓兵として入学以前のナコリンにも劣れば、弓術の指導ができるはずもなく、だから彼の心血は道徳を説くことに注がれてきた。これが彼女の堅さに拍車をかけているとは、誰もが彼を気の毒に思って言いだせない。


「なんだか、癖が強そうですね」


「うむ……面白そうな子供たちだ」


 ネネに耳打ちされたジョンが、彼らを一瞥して小さく相槌を打った。


 知った者、知らない者、仲がよい者と悪い者、選ばれた各校の代表生徒たち、あるいは教官たちがここに集って打ち合わせを始める。合宿の初週は、武闘祭で使用される会場・区画の下見もかねて、各兵科別行動の訓練をすることで話がつけられる。


 ウェスタリア代表としての三か月間が、幕を開けた。


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