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ドラシエラの逃走劇


 神樹の広場から脱したジョンは、逃げ場を街中に移していた。


 人々が穏やかな賑わいを見せる大通り、背丈もまちまちな建築物の屋根上、複雑に入り組んだ路地――鬼の形相で追ってくる衛兵たちをまくため、歩くにも難しい経路を選んで駆け抜ける。


「まったく、問題事に愛されていますね」


「仕方がなかった、とはいえ面目ない。しかし……私の感覚がずれているのだろうか?」


 皮肉を言うネネに、ジョンは首をかしげて見せた。


「文化の違いとでも言いますか、道徳を重んじる教育、常に潤った経済、他人から奪う必要がない、恐れる必要がない、要するに治安が非常にいいんです。あんな事件も年に一回あれば珍しい。刃物を振り回している男がいるのに、少し離れるだけ……おかしいとは思いませんでしたか?」


「たしかに皆が護身を学んでいるならまだしも、いささか危機感に欠けた振る舞いだな」


「二百年以上も続いている平和に、民衆は刺激に飢えているんです……贅沢なことに」


 五階建の建造物に相当する路地の外壁、大樹の幹を駆け上がる。


 ジョンたちは大樹の枝に架かる橋に飛び移った。地上の方に衛兵たちが驚愕する声を聞きながら、そのまま引き続いて逃走を図った。


 橋上から見下ろす限り、衛兵たちに勢いが衰える気配はない。


「それで久々の事件に衛兵は活気づくと? もっと怠けてもよかろうに」


「まぁ逃げちゃいましたから……捕まれば、きっと潔白が証明されるまで拘束されてしまう。いえ、そんなのは駄目です、明日から合宿なんですよ、高級宿の極上温泉に入り放題なんですよぉ!」


 言葉の語勢は徐々に強められ、結び目にはぐっと拳が握られる。


 ちょうど差しかかる橋の袂、先回りしてきた衛兵たちの姿を見た。二人は欄干にあがると、でんと待ち構える相手をかわした。踏み外せば真っ逆さまであるが、一切のためらいを持たなかった。


 その失速も何もない動きには、衛兵たちも舌を巻かずにいられない。


「……して、神樹教とは?」


「神樹教は、名前のとおり神樹を神聖視する宗教団体で……」


 中立国最大の宗派である神樹教は、神樹の託宣を得ることができる『神樹の巫女』を絶対不可侵の存在、序列最高位の存在として崇め奉り、託宣を信奉する教徒で構成される。


 国の歴史に根深くかかわっており、神樹の意志に国政がゆだねられていた時代もあった。そのため国内では非常に影響力が強く、神樹教が定める記念日が、国の祝祭日にもなっていた。巫女が宗派を問わず国民に敬われ、神樹との接触を許される理由は、そうした背景にあった。


 神樹と同列に扱われる限り、彼女の権力は右頭や左頭に匹敵するほどあるのだ。


 こうした一面を正とするならば、広場での一件は負においてほかならない。


 神樹を狂信し、託宣の意志を曲解し、恩恵を独占する。


 過激派の教徒たちは、独占欲を満たすためならば殺人などの犯罪行為もいとわない。そんな彼らが掲げる最終目的は、ふたたび国政を神樹の意志にゆだねさせることだった。


「おおよそ理解できたが、ところでネネ殿も?」


「いえいえ、私は無宗教ですよ。まぁ祝日や祭日には便乗したりもしますが。何はともかく教徒たちが必ずしも悪人ではないと知ってもらえたらと……特に当代の巫女様は優れた才覚をお持ちですので、いずれは過激派も抑え込まれることでしょう」


 大樹の幹にでっぱる民家の窓枠を、地上に降りるための足場として使う。


 ふと飛び移った足場が崩れ、ジョンは転落しかけた。咄嗟に近くの開いていた窓へ飛び込んだ――中には美女が一人いて、彼は唖然とされることになった。


「ああ、お嬢さん、いけない、これは失礼した。いや怪しい者ではない。すぐに出ますから」


 怖がらせてはならないと思い、微笑みかける。


「もう、何してるんですか!? そんな顔で犠牲者を増やさないでください!」


 あとを追って怒鳴り込んできたネネに、ジョンは首根っこを引かれて……。


 難癖つけて冤罪にする、そんな気迫に溢れる衛兵から逃れ続けて半刻。途中でホロロやミュートに遭遇すると、追手のまき方という思わぬ課外授業の機会に恵まれる。そして、のちに『ドラシエラの逃走劇』とも呼ばれる事件の逃走者として、やがて彼らは勝利をおさめるのだった。


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