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中立国アイゼオン

 

 アイゼオンの中立は永世中立国のそれではなく、あくまで戦時中立国のそれのようなものである。軍を組織して武力を持つし、時と場合によっては自ら他国に攻め入ることもいとわない。


 七十年前に起こった連邦、帝国の総力戦の戦線が拡大。国境接近、越境があったことで正当防衛を理由に、アイゼオン共和国が軍事的介入を行う。連邦と帝国がアイゼオンの大軍勢を前に戦闘中断、戦地にて三勢力の最高責任者たちが会談した。


 そしてアイゼオン側の提案により、その場で停戦協定が結ばれた。


 内容は、おもに次の三つである。


 ・連邦、帝国は無期限の停戦協定を結び、相互に一切の軍事侵攻を中断する。


 ・連邦、帝国は相互の領土に派遣した軍隊の一切を撤収し、捕虜返還を行う。


 ・連邦、帝国は中立国が組織する平和管理局を認め、その理念に基づいた協定を遵守する。


 表向きでは、アイゼオンの介入は自衛的ないし慈善的な行為とされている。しかし事実上の脅迫、強要にほかならない。連邦と帝国が疲弊しきっていたところ、両勢力を合わせても叶わない大軍勢を率いていながら、会談の場でそのような条件を持ちかけたのだ。


 アイゼオンも中立である以上は、協定に対して義務を負うことになった。


 連邦、帝国の両勢力との通商を平等におこなう。自国を経由しての諜報活動を阻止する――などをしなければならない。この義務と協定を守るという名目から管理局は組織されたが、連邦や帝国も、当初はこの組織を、というよりは中立国を信頼も信用もしなかった。


 とはいえ、あるべき期間が定められなかったことで、今日にいたるまで停戦協定が継続している。捕虜の返還が行われたことで、外交的な諍いが緩和された節もある。管理局が正しく運営されたため協定締結後の混乱をまぬがれたのも、また事実だった。


 それから時を経ること、七十年。


 アイゼオンはもっとも信頼される国と呼ばれている。


 そうした裏には、歴代の右頭の存在がある。彼らがこの一言を指標とし、百年先の将来を見据えた仁政をおこなうからこそ、すべては成り立ってきたのだ。


 ――いつかアイゼオンが、アルカディアの中心たらんことを。



   ✕



 九月十六日。


 飛龍の気まぐれから、ジョンたちは予定よりも一日早くアイゼオンに到着した。


 飛龍便が比較的安価で利用できるのは、その機嫌しだいで発着の時刻が変わったり、最悪その日は飛んでくれないなど、そうした要素があってのことだ。つまり、


『往路も復路も数日ほど時間がずれるかもしれませんが、それもいいなら利用してください』


 という商売である。時間どおりに飛べばもっとも早い移動手段も、ややむらっけがある。


 そう運がよかった彼らも、管理局による入国審査のために空港で拘束された。


 文書による通信が主流な現代では、個人の身元を問い合わせるにも時間を要する。そのため他国に入出する際、人々は個人情報を記憶させた特殊なフォトンストーンを持ち歩くようになった。名前を『パーソナルストーン』というそれは、各国の政府機関が発行するもので、身分を証明するものでは最高とされていた。


 先進国では、審査時に専用の機器でパーソナルストーンを読み取り、身分の確認、許可、不許可を決める。逆をいえば、それを持たない者は入国させない、とする国もある。


 例によって、中立国は入国審査が特に厳しい。


 それは一にも二にも、諜報員の入国を未然に防ぐためだ。


 記憶された経歴が詐称されていないかを推理、怪しければ別室で誘導尋問をし、疑いが晴れるまで徹底的に調べ上げる――これらは停戦を望んだ国が最低限度はたすべき義務である。


 ジョンのパーソナルストーンは、ジルが信頼ある筋に頼んで用意したものだった。偽造品でもない本物であるが、当然ながら経歴は詐称されていた。それでも疑われなかった、というより彼の入国に関しては右頭の意志が働き、一切が見過ごされていた。


『……何モンだよ?』


 あからさまに詐称された気配があるのにも関わらず――その審査を担当をしていた古米の局員は、怪訝なまなざしをして呟くと、ただただ彼の入国を見送るばかりだった。




 到着から一刻ほど過ぎた頃。


 ジョンたちはようやく審査の通過し、首都たるドラシエラに入った。


「なんだか、ここだけ別世界ですね……噂では知っていましたけど、まるでおとぎの国みたいだ」


「あらホロロ君、首都は初めてですか?」


「はい。僕が住んでいたのは中立国内でも連邦領土寄りの地域だったので、文化的にウェスタリアとそれほど変わらなかったし……ここがアイゼオンの本当の景色なんですよね?」


「どれが本物とは一概に言えませんよ。ですが自然と共生する国としては本物かもしれません」


 ホロロが首都の景観について質問すると、ネネがどこか得意げな調子で答えた。


「私もホロロと同様だ、首都がこのような場所とは思わなかった。私が覚える限りのアイゼオンも、連邦領土から近い場所にある街だったのでな」


 ジョンは興味深げにあたりを見回した。


 幹周が50メィダを優に超える、そんな太い大樹が乱立する森に近しい外観。


 大樹をくり抜いて造られた家屋や商店、多種多様な施設が縦横に並ぶ。大樹の枝々に木組みの橋が架かり、人々の往来に大きく貢献していた。フォトンストーンで生成された素材、金属製品の少なさから未開地のようにも見えるが、不思議と時代に取り残された印象は薄い。


 同文化の生活空間は地上にもある。大樹の間を縫いながら連なる木造建築物が、大樹の切株をくり抜いて造られたそれらが、隙間に石畳を敷きつめて複雑な街路を描いていた。それでいて、暮らしが地上を離れていなくとも、やはり雰囲気は他国のそれと違うように思えてならない。


 街並みにおいて、おもに前者は首都の外縁部に、後者は首都の中心部に集中して見られた。


「アイゼオンも国土が広いですからね、地域によっては、まったく文化が違うこともあるんですよ。ミュートさんはどうですか?」


 辺りを見回す背中に話を振られる、そのミュートの表情には陰りがある。


 ここが故郷の地でないにしろ、祖国であることには変わりない。ここに立っているだけで、幼少の記憶の中にある『あの灼熱』に身を焦がされるような、遠ざかろうとしている道に未練があるのだと自覚させられるような、曖昧な不快感が彼女をそうさせていた。


 あくまでも私怨だ。無闇に悟られてはいけない。特に君にだけは……。


 しかし、彼女もそう思えばこそ普段どおりを装い、そんな様子もないように振り返る。


「私も初めてです。ここは空気が澄んでいて気持ちがいい」


「そうでしたか。やはり私の出番のようですね! 任せてください! 私が責任をもって、皆さんに首都のよさをお教えしましょう!」


 およそ一年ぶりの帰郷に浮かれているのか、三人から頼られる状況に優越を感じているのか、その両方か、ネネの気分はたかぶる一方だった。




 宿に荷物を預け、ジョンたちはあまった一日を観光に費やす。


 中央へ道なりに地上の街路を進めば、国の象徴とされる場所に行き着く。


「まずアイゼオンと言えば、これは欠かせませんね」


 分厚い石畳が敷きつめられた、扇状の巨大な広場。空を仰ごうとも全容を視界におさめきれない、荘厳なたたずまいをした樹――『神樹』が、最奥部で雲を貫きながら天高くそびえる。


 この根本近くに設けられた柵が、中立軍の衛兵による監視のもと、一般人との接触を阻んでいる。それ以外の空間は開放されており、地元の人間や観光客が所狭しに行きかってもいた。


「これは……見事であるな」


「アイゼオンの象徴で、無限のフォトンを宿すとされる聖なる樹。これが神樹です。我々からすれば見慣れてしまったものですが……これを見ると、あぁ帰ってきたなって、気がしますよ」


 この恩恵に与り、私は若返ったのか……。


 貴重なものであったろうに。思えば良くもそんな代物を使う気になったものだな……。


 黙々と神樹を見上げると、ジョンは「言葉にならぬ」と感慨深く呟いた。


「もう少し近寄ってみませんか? また趣が違いますよ?」


「そうだな、そうしてみようか」


 ネネの提案で、ジョンたちは神樹のそばに向かう。


『きゃぁああ!』


 ゆっくりと人混みを進んでいる途中だった。近くで女性の悲鳴が聞こえた。足を止めて振り返り、そこで起こっているものを確かめれば、すぐ原因らしいものが見つかった。


 葡萄酒色の外套を着込む、目つきも怪しく歪んだ男が一人。


 大きな袖口を激しい挙動ではためかせ、でたらめに短剣を振り回している。見るに狂った様子で、しきりに奇声を発してもいた。


 一方で、にもかかわらず、地元の人間と思しき人々は少し下がるばかりで、物珍しげに男の挙動をうかがっていた――その危機感のなさは、人的被害が出ることを時間の問題と思わせる。


『よそ者どもが! 我らが神聖なる神樹様を気安く仰ぐなど、あってはならないこと! それは我らだけに認められたことなのだ! 我ら神樹教が裁きを下す!』


「ジョン教官、あれって、何だか危なくありませんか?」


 完全感覚で騒ぎの様子に気づいたホロロが、率先して向かおうとする。


「……待ちなさい。念のため私が行こう」


 返事を待たず動き出そうとした小柄な身体、その肩を掴み止めた。


 神樹教とは? いや、今はそれよりも、動ける者が何とかせねばなるまい……。


 この広場の衛兵も少し遠いらしいし、何よりもこうした時、優しい騎士はそうするらしい……。


 騒然としている人ごみを掻き分け、ジョンは野次馬の輪に男とおさまった。


「少しよろしいか? お主は何をそう取り乱しておる?」


『我々神樹教徒は、神樹様の名のもとに、不届き者に裁きを下さねばならない!』


「話にはならぬ、か?」


 静かに練気を整えると、ジョンは小さく一歩を踏み出した。


 ただならぬ気配を感じた男が、ピタリと動きを止める。まるで、これまでが嘘のように――それもそのはず、初めから男の精神は狂ってなどいなかったのだ。


『……何者だ?』


「本当に狂った人間は、もっとフォトンが乱れておる。それにしては静かすぎるし、お主のように、大した練気もできぬ。……道化を演じる理由は何なのか?」


『よそ者が、神樹様を仰ぎ見るなど、あってはならない!』


 わずかな動揺を見せるも頑なである男が、強力な煌気に身を包んだ。


 その練度はホロロのそれよりも高い水準にあり、制御の繊細さは男に一日の長がある。フォトンの量では格段に劣るも、ほかの重要な要素で優に勝っている。


 短剣を順手に構えなおす手捌きには、経験によって培われるものが濃密に感じられた。


 かなりの手練れであろうか、なぜ、このようなことをしておるのか……。


 いや、それよりも煌気化できる相手か。ちょうどよい機会だ。利用させてもらおう……。


 男の具合から思い立つと、ジョンは野次馬の前列にいたネネたちに呼びかける。


「ホロロ、それからミュート、よく見ておきなさい」


 間合いは目算にして10メィダほど、ジョンはさらに一歩を踏み出した。


 ちょうど、石畳を蹴った男から一足飛びに迫られる。素早く、鋭く、刺突を繰り出してきた相手の動きの全てを、その短い時間の中で見極める。あくまでも練気の状態を保ったままである。


『あっては、ならない!』


「一つ、相手の煌気に逆らわない」


 前斜めへ歩くように刺突を避けると、ジョンは片腕に練気を集中させる。肉薄した相手の体表面で流動する煌気、その流れに沿って拳を打ち込んだ。


 すると煌気に弾かれることなく、一撃は男の脇腹に入ってろっ骨を砕いた。


「二つ、相手のフォトンに干渉して散らす」


 怯んだ男に息をつかす間も与えず、ジョンは片腕の練気を調節する。自分の練気を混ぜ込むように送り込み、こともなげに相手の煌気を四散させた。


 基本的に不純物を嫌うフォトンは、波長の違う他人のフォトンに干渉されると、たちまち集束力を失うのだ。集束により力をなす煌気にとって、これは最大の弱点にほかならない。


「三つ、単に力で上回る」


 その質よりも発動時間を優先するために、男が必要最低限のフォトンで練気をする。それが煌気になるまで、費やされ時間は一瞬だった。一秒さえ惜しいという判断が、なしえたことだ。


 それさえ、ジョンは読んでいた。


 相手が煌気化に費やしたそれの倍量はある練気で身体を満たす。その状態で組みかかると、相手の煌気を突き破ることを、相手の腕を絡めとることを、容易にやってのける。


 そして引手もなく石畳に投げ落とせば、あっという間に男の意識を奪って見せた。


「……とな。煌気化は確かに威力や汎用性も高い。だが万能ではないことも覚えなさい」


 まもなく騒動を聞きつけた衛兵が、人混みを掻き分けるように駆けつけてくる。


 これにて一件落着と思いきや、そこかしこから声が上がり始めた。素直に驚く調子だったそれは、やがて伝播しただけのような調子に変わり、決して狭くはない範囲の人々を巻き込み、遂にはお祭り騒ぎの域に達した。おそらく言葉にすれば、


『颯爽と現れた類いまれな美青年が、何か知らない悪漢を取り押さえた!』


 となるだろう事件は、平和な国の人々にとって刺激が強すぎるものだ。


 見守っていた人々が詰め駆け、その中心を一目見ようとひしめき合う。


 話が広まるにつれ、興味本位で押しかける人々が増え、揉みくちゃにされ、感謝され、賞賛され、記念にと握手を求められ――まるで絵空事のようにして、あっという間に逃げ場を失った。


 渦中のジョンは、ただただ困惑するばかりだった。


「弱った……どうしたものか」


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