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飛龍便


 九月十日。午前。


 残暑の熱気から未だ蜃気楼も見られる、ウェスタリア国・首都郊外の空港。


 この屋内施設に一歩踏み入ると、首都の商業区域の一部を丸々押し込めたような、さまざまな店舗に出迎えられる。


 おもに他国からの旅行者や商人たちが行きかっており、主要国の空港だけあって、時おり他国の高官と思しき人物も見受けられた。


「これを建てた者たちには、敬意を払わずにもいられぬ」


「さすがは国際空港と言いますか、設備が行き届いていますね」


 現代のアルカディアにおいて、長距離の移動方法は複数ある。


 中でも馬車や早馬などの移動が、もっとも大衆的とされていた。目的地が国内、あるいは隣国などであれば蒸気機関車よりも安価に利用できるし、徒歩よりも時間の短縮になる。それよりも長距離となれば、馬では徒労が増えることも少なくない。


 輓用にせよ乗用にせよ馬にも体力の都合があるし、長旅の中で追剥ぎや人さらいに遭遇する危険性も否めない。


 そこで馬以外の移動方法として、人々はとある生物の力と習性に着目した。





 ネネ、ホロロ、ミュートの三人と渡航手続きを済ませてから、しばらく。


 出発ロビーで予定時刻を待つ間、ジョンはずっと屋外の発着場を眺めやっていた。


「いやはや、それにしても見事な肉体よ」


 普遍的な四足生物とはあきらかに一線を画す、短足胴長の爬虫類じみた有翼生物。


 その一頭は、野生ならば厳つかっただろう目つきが気だるげで、間の抜けたような印象さえある。それとは裏腹に、重量感のある鱗におおわれた、およそ人間を並べて三十はあろうかという、そんな巨体を支える強靭な膂力の健在ぶりには、目を見張らずにいられない。


 首すじ、両肩、胴体、尻尾のそれぞれに支えを装着する形で、搭乗用ゴンドラが吊るされていた。嫌がらず身体に異物を許しているが、これは孵化の段階から乗用に調教、手懐けられているからこそ大人しいのだ。文字通り逆鱗に触れでもすれば、到底、人間の手には負えなくなるだろう。


 見れば見るほど、やはり威厳が損なわれて見えない『飛龍』である。


 陽に当たり大あくびをかく姿、離着陸時に人身へ配慮をする利口な姿――利用客の搭乗までじっと待ち続け、とある一頭がどこかの空に去っては、また別の一頭がどこかの空からやって来る。


 大地を駆け、海を遊泳し、空を舞う、人間よりも長い歴史をもつとされる龍族。


 見ることも危うい種族と認知されてきたがゆえ、いつしか人々は彼らの力に魅了された。だから、戦前より古い過去から、人々は多くの犠牲を払うも活用を試み続けた。その甲斐あってか、現代では輓獣として使役する方法の確立までに至った。


 それこそが『飛龍便』という、空の移動手段である。


「なかなか、これで賢い飛龍が多いように思える」


 今は久しい龍族たちを近くにして、ジョンはやや高揚感を覚えた。


 一方で、そばから落ち着きのない声を拾う。


「ほ、本当に暴れたりしないですか、大丈夫ですか、食べられたりしませんか?」


 飛龍を指差したホロロが、寒心に堪えない身の内を訴える。


「雛の段階から調教された優秀な子だそうですから、大丈夫ですよ……ふふっ。たぶん」


 冗談めかすような、脅かすような、あやふやな口調でネネが答える。


 二人のすぐそばでは、ミュートが無関心を決めこんでいた。もとい、強がりからそれを装っているのであって、耳が拾ってしまう問答に恐怖をあおられ、大いに膝を笑わせていた。


「ホロロたちが初めてと知って、ネネ殿も意地が悪い」


「いえ、怯えた顔が可愛いらしくて……ところでジョン。アイゼオンは初めてですか?」


 話題を逸らすネネに、ジョンは少し呆れ気味になった。


「どうだろうな……初めてかもしれんし、初めてではないかもしれん。実は当時のことを、断片的にしか覚えておらぬ。しかし何にせよ七十年も前のことだ。景観も変わっているだろう」


「そうでしたら、ホロロ君やミュートさんと同じですね」


 過去の事情にはあえて言及せず、ネネが二人を一瞥して明るく続ける。 


「二人とも、幼少の頃にアイゼオンで生活していたばかりで、あんまり記憶していないそうです……ならば私の出番、伊達に管理局員ではありませんよ。穴場に案内させてもらいますから」


「頼もしいな。向こうでは大いに甘えるとしよう」


 ここ最近で人情を覚えた青年の顔は、飾り気のない微笑みを浮かべていた。





 正午。出発時刻となりゴンドラに搭乗する。


 中央に通路を挟み、四人掛けボックスシートが整列する。目算で五十ほどあった座席は、ほどなく満員となった。普及して長く、便数もそれなりに多く――蒸気機関車より利用料金が安いことから、その客層も老若男女、家族連れから個人までと幅広い。


 座席にはジョンとネネが、ホロロとミュートが隣り合わせになった。


「怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない……」


 胸元で手を組んだホロロが、神仏に祈るような自己暗示を繰り返す。その隣では、またも無関心を装うミュートが、腰の安全帯を握りしめて硬直する。あきらかに、普段の二人ではない。


「ネネ殿よ、これをどうするのか?」


「あは……どうしましょうか? まさか今の子たちが、ここまでだとは」


 気まずげに微笑む犯人へ苦言を呈し、ジョンは返ってきた無責任な言葉をさておく。それよりも、二人が自己防衛本能から始めただろう練気を止めさせねば、と彼は思う。


 子供の恐怖心で遊び、放置するとは度し難い……。


 やれやれと、ホロロたちを慰めようとした時だった。


『――――――ッ!』


 離陸に際する飛龍のけたたましい咆哮が、びりびりと大気を震撼させる。


 特に教育にゆとりがもたれる近年では、龍族が危険な種族だと幼少期に刷り込まれることが多い。そんな多聞に漏れないホロロとミュートにとって、それは抱いた恐怖心をこの上なく悪化させるものでしかなかった。理屈では語れないものがある、怖いものは怖い、怖いったら怖いのだ。


 果たして、顔面蒼白の二人が声もなく放心する。


「うわぁ!? ホロロ君とミュートさんが、真っ白に!?」


 出来心でやった悪戯が行くところまで行ってしまうと、ネネも慌てた。


「遅かったか」


「ジョン、助けてください!」


 心の穴を言葉で埋めきれない彼女に、ジョンはすがりつかれた。


 慰めをかけても、な。他力で埋められぬ恐怖は、自力で乗り越えるほかない……。


 とはいえ、気を紛らわす程度は欲しいが、さてどうしたものか……。


 何かないかと探し、彼は思いのほか簡単に目星がついた。


「窓の外を見なさい」


 言われるまま窓の外を眺めやった二人が、目を丸くした。


 文明に彩られたウェスタリア国・首都の街並み、地続きで広がる雄大な深緑の大地、起伏も激しい山脈などのパノラマが、飛龍の見ている世界が広がっていたのだ。


 恐怖を忘れ、景色に釘付けとなる二人に、ジョンは語り口を開いた。


「知っておるか? 龍族は大地、あるいは海中を通ずる龍脈の上のみを生息域としておる」


 経験則から知識を引き出し、そう前置いて続ける。


「ウェスタリアの空港があった場所は勿論のこと、この飛龍が飛ぶ進路も、龍脈に沿っておるのだ。帝国、連邦、中立国へ通ずる龍脈は、それぞれ一本とされておる。もし、制限なく龍を使役できれば強力な兵器となっただろう」


 言葉を切って、小さく顔を綻ばせる。


「しかしな、龍族は誇り高い生き物だ。人の行いを常に窺い、世の変化を感じておる。使役されるにしても、彼らは兵器になることを拒んだ……彼らが望むのは共存の関係なのだ。こうも大人しい龍がいるということは、仮初でも、いまが良い時代である証拠なのだろう――」


 まだ終らない薀蓄は、やがて景色の魅力に負けると、半分ほど聞き流された。


 個々の寿命が千年を超えるも、龍脈上でしか生きられない。龍族が身体機能を維持するためには、龍脈を流れる特殊なフォトンを吸収して補わなければならない。純粋な膂力では自重に負けてしまうほか、内臓機能にも影響が及んでしまうからだ。


 現代では、龍族の生息数は減少傾向にある、とされている。


 世の生物学者たちは『戦時に龍の多くが龍脈上を外れた』と口をそろえた。原因は定かでないが、この事実を知ってしまった以上、龍族の絶滅の回避は急務となった。輓獣として恩恵をもらうばかりで返礼を疎かにするほど、戦時はともかく、現代の人世は腐ってもいなかった。


「……何だか楽しそうだから、もう大丈夫に違いないわね」


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