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墓前に語る

 

 九月六日。


 ウェスタリア剣術代表選抜大会を終えた翌日。


 南下する蒸気機関車のボックスシートでは、ホロロたちが居眠りをしていた。フォトン能力者とはいえど、肉体的、あるいは精神的疲労の回復をすることはできない。


 五日にわたって続いた選抜大会の緊張も解け、後々に押し寄せた疲労が、未だ抜けきっていなかったのだ。


 通路をはさんだ隣のボックスシートから、そんな彼らを眺めやって、ネネは気色を穏やかにする。たまに正面の空席に視線を落とし、座っているはずだったジョンのことを思い返してもいた。


「ネネ殿、私は一日遅れる……どうもジルが気を利かせてくれたようでな、交通費がずいぶんあまるのだ……だから、私は東の方に寄り道をしてから、帰ろうと思う」


「私は構いませんが……どうしたのですか?」


「いや……知人の墓参りを――な」


 まだ曖昧だけれど、ジョンが何を考えているのか、時おり表情からわかるようになった……。


 最近は、微笑む以外の顔もしていたから……。


 車窓に流れる茜色の景色に浸りつつ、ネネはこの持て余した時間に考えをめぐらせた。


 それでいうと、あの表情はなんなのだろう……。


 パッと見て、悲しむ表情にも思えたけれど、これまでの傾向からして違うような気がする……。


 気乗りがしないというよりは、どこか怯えているような……。


 いや、ジョンに限って恐怖というのはどうだろう……。


 でもそれが一番しっくりするのも事実だわ……。


 墓参り、ジル理事長が気を利かせたということは、ジョンたちの時代の人と思うのが妥当……。


 絶対的な力で敵味方の両方から恐れられて、理解者は片手で数えるほどもいなかったらしいけど、そんな彼が今さらになって足を運ぶ誰か……。


 理解者は戦後に全員他界しているとジル理事長から聞いたし、ジョンもそれは知っていた……。


 それに、その墓参りをするならもっと早くにしているだろうし、今行く必要はない……。


 つまり、今のジョンだから足を運ぶ意味がある、特別な誰かへの墓参り……。


 駄目ね私ったら、もうやめましょう、あんまり深読みする話ではないだろうから……。


 彼女は自嘲気味に笑った。


「次は武闘祭です。ほかの選抜大会を勝ちあがった代表たちと協力して、頑張ってくださいね」


 よそで並行して行われた体術、馬術、弓術の選抜大会を勝ち進んだだろう、それぞれの代表。


 ホロロたちが次に目指すアルカディア騎士武闘祭は、それらとウェスタリア代表として、チームを組んで挑むことになる。


 十人対十人の過酷な闘いをまぬがれない武闘祭まで、残すところ二ヶ月半と短い。


 しかし何はともあれ、まだ選抜大会の余韻に浸っているホロロたちを起こさないように、今はネネもそう囁きかけて、目を閉じるのだった。



 ※



 バルパーレイクから東に向かう蒸気機関車に乗車して、終着駅から半日ほど街道を歩けば、ウェスタリア東部に位置するコズモという田舎町があった。


 人口が万人に満たない小さな町は、近代化した首都の景色と違い、未だに戦前の面影を思わせた。町の周辺にあるものも田畑が大半で、その手入れをする人の気配もまばらである。


 それでも町の中には木造家屋や商店が立ち並び、人情のある人々の喧騒で溢れていた。また、町を囲う樹林や、町を横断する小川のせせらぎ、その自然で遊ぶ子供たちの楽しげな声もあった。


 ジョンはここに到着した足で、花屋と酒屋に立ち寄った。


 そのあとは、町の東に面する森を抜け、小さな岬まで行きついた。そこは、地元の人間もめったに近寄らない、険しい獣道の先にある場所だった。


「まだ、残っておったか……おや、誰かに手入れをされた痕跡がある。よもや、これを墓と思う人間が、私以外にもいたとは……」


 七十年前に半分ほど埋めた不格好な墓石が、まだこの岬には残っていた。


 最近まで誰かに手入れをされていた痕跡に気づくと、これらに嬉々とした。


「久しいな……もう七十年だ。ようやくここに来ることができた。あと押しはあったが、自分の意思で足を運ぶ気になれたようだ……」


 墓石の前に胡座をかき、花をそなえ、墓石に酒を半分ほどかける。


 それらは剣聖アラン=スミシィの幼馴染が、生前に好んでいた花と酒だった。


「……お主の言ったとおりだ、私は臆病だった。人を蔑ろにし、遠ざけることで、逃げてきたのだ。それは、お主が死んだあの瞬間にうっすらと、七十年の孤独の中にぼんやりと、そしてこの三ヶ月にはっきりと気づかされた」


 髪留めを解いて髪をおろし、七十年前の当時の姿を墓前に晒し、自然に微笑んだ。


「見てのとおりだ……今の私は、あの頃の姿をしておる。少し違うとすれば、お主が見たがっていた笑顔を見せてやれることだろうな……」


 あわせて買っていたグラスに、あまった酒をそそいで「私もいただこう」と軽くあおる。


「今は騎士養成学校で教官をしておる。お主が聞けば、上手くいくはずがない、と言うのだろうが、いや、まったくそのとおりでな、四人を指導するだけで精一杯だ。それも指導と言えたものかどうか定かではない」


 黒ずみ始めた茜色の空、遠くの海面を見やった。


「ホロロという生徒がおってな……お主好みの心を持った子だ。出会ったその日に優しい騎士になると言いよった。これも停戦の時代に生きる子供の考えか、甘いと思ったが、なんとも眩しく見えた。私が進むべきだった道を歩もうとしておる。私はそれに自分をかさねておるのかもしれん……」


 ホロロに続いて、ミュート。


「ミュートという子は、その子と対照的な生徒でな。帝国に何か深い恨みがあるのか、それを晴らす場を失ったこの時代で、悶々と闇を抱えておる。少し私に似て、人を遠ざける傾向があったが、今はしだいに打ち解けておるようだ。私が歩んでしまった道から、引き返せればよいのだが……」


 双子へと話題はうつろう。


「それからルナクィン、ソルクィンという双子がおってな、姉弟で切磋琢磨し、純粋に武を極めようという姿勢は、見ていて清々しい。殺戮のために力をつけた私と違い、真剣に剣と向き合っておる。これも停戦の時代ありきのことかもしれんが、いつかそうあるべきとされる時代になれば、よいなぁ」


 気がすむまで近況を話し続け、酒瓶が枯れる頃には、すっかり日も沈みきっていた。


「時の流れとは早いものだ……だがこの三ヶ月は、山で孤独に過ごした七十年よりも、不思議なことにずっと長く感じたよ……次は武闘祭が終わったあとか、まだわからぬが……」


 立ちあがり、満天の星空を仰ぐ。


 老いた剣聖は若返り、そして騎士養成学校の教官となった。


 これが仕組まれたことであろうとも、この三ヶ月が紛れもない本物であれば、後の生涯において、これを忘失することはないだろう。


 停戦の時代に関わらず、太平の時代であっても、おそらく人が武器を手放すことはない……。


 ならばせめて人に関わり、人の心を知ろうとすることを、諦めてはならないのだろうな……。


 ジョンはそう思いやって振り返ると、最後は墓前に、再会の言葉を残すのだった。


「……また来るよ」




ジョン編 了

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