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剣術代表

 

 九月五日。


 四日目に行われた決勝戦は、ミュートの不戦勝に終わった。


 第一のヴォイドとの試合でひどく消耗したホロロが、とても満足には試合をできそうにないから、と棄権したためだ。


 シアリーザ監禁の罪により、ヨルツェフが逮捕されたのにあわせて、第一の不正が公のものになると、観客や大会運営は、これに十分な納得をした。


 ましてや、その不正の脅威を耐えしのぎ、ついには煌気化にいたるという稀有な時間を過ごした者たちは、試合中こそ不満や苛立ちをあらわにしていたが、今となっては、満足に思えて仕方がなくなっていた。


 そんな日を跨いでから、当日の日暮れになる頃。


 ウェスタリア剣術代表選抜大会を締めくくる、閉会式が行われていた。


 一方で――。





「あ、ジャンゴ君、起きたんだね?」


「……ホロロ、ここは医務室……そうか俺はヴォイドに負けたのか」


 医務室の寝台で二日ぶりに目を覚ましたジャンゴは、まだぼんやりとした意識で記憶をたどった。


 ふと、隣の寝台でホロロが自分と同じく横になっているとわかり、


「お、お前試合は、なんでこんなところで寝ている!?」


 と、あわてた。もしや自分と同じ不正をされ、敗退したのではないかと思ったのだ。


 ただ、そうでないということは、ホロロがにこやかに指差したものを見て知る。


 通路を挟んだ向かいの寝台、全身に包帯を巻いたの少年が、うめいている姿があった。


「危なかったけれどね。僕の学校の教官たちが、ルナクィンさんたちを助けてくれてさ……」


「そうか……そうか、大した奴だよ、まったくな……はははっ――」


 ジャンゴは弱った状態ながら、声を出せるかぎりに笑った。


 同じ状況を経験した者として、敗北をまぬがれられないあの状況をくつがえしたホロロに、強い感銘を受けていた。また、自分の認めた男はそれほどだった、と自分の慧眼が誇らしくも思えていた。


「起きられそう?」


「あぁ、ヴォイドのあのざまを見たら、元気が出たよ」


「今ね、閉会式をやっているらしくて、起きられそうなら来て欲しいんだって。いく?」


「そうだな……最後の最後は、ちゃんと両足で立って、美しく終えよう……行こう」


 二人で肩をあずけ合い、患者衣のまま医務室をあとにする。


 拡声器をとおして、闘技場全体に響いている司会者の声。


 閉会式の進行に伴い、未だ冷めやらぬ観客の熱気が、歓声として伝わった。極端な背丈の差を意識しつつ、回廊の石畳を覚束ない足どりで踏みしめ、二人はしだいに大きくなる喧騒を肌に感じた。


「ジャンゴ君は背が高いよね」


「そういうお前は小さいな。そんな身体のどこに、あれだけのフォトンがつまってるんだ?」


「それは、きっと人類規模の謎だよ、僕には答えられないな。フォトンって、なんなんだろうね?」


「……お前、煌気化しただろう?」


「え、わかるの?」


「あぁ、男になった顔をしてるからな」


 闘争の場に続いているうす暗い通路を抜け、やがて茜色の日差しをあびる。


 中に整列した各学校の生徒たちや大会の関係者、ないし三万の観客がこれに気づくと、大きなどよめきが起きたあとに、割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。


 勢いに飲まれたジャンゴは、ホロロと一緒に呆然となって立ち尽くした。


 ホロロは兎も角、敗者の名前を嬉々として叫んでいる者が、数え切れないほどいたからだ。


『おぉ、ホロロ=フィオジアンテ、ジャンゴ=スカダニア、待っていました』


 閉会式は運営の最高責任者の男による、ウェスタリア剣術代表者の発表途中だった。


 生徒たちの列から優勝者のミュートが前に出て、ちょうど、表彰と任命の言葉をたまわっていた。男の発表は、二人がそのまま整列することなく続けられた。


 この盛りあがりをおごそかな発表で潰してしまうのも、惜しいと思われた。


『大会はホロロ=フィオジアンテを二位、ジャンゴ=スカダニアを三位としてたたえ、両名をウェスタリア剣術代表に任命します……武闘祭に期待しますよ』


 ジャンゴは完全に言葉を失った。


 二回戦で負けて意識を失い、目が覚めてみれば三位として剣術代表者になっていた。どういう経緯があったのか、さっぱりわからなかった。


 隣のホロロから「やったね、ジャンゴ君」と言われたが、うまく耳には入らない。


 実のところ、第一の不正に加担したヴォイドは、無条件で失格となったのだ。ついては、二回戦におけるジャンゴとの試合も無効になっていた。


 順位が繰りあがったジャンゴは、運営からほかの生徒たちとの実力をかんがみられ、三位という位置づけをなされたのである。


 客席から誰かが飛び降りてきたのは、そんな時だった。


 ジャンゴは飛びかかるように抱擁されて、はじめてその誰かがシアリーザだと知った。あわせて、かけられた嗚咽まじりの震え声に、安堵が含まれているような印象も感じた。


「ジャンゴ……あぁ、よかった。わたくしが不甲斐ないばかりに、あなたにこのような傷を負わせてしまった。本当に申し訳ありません、本当に……」


「シアリーザ教官……いいんですよ、無事でなによりです。耐えた甲斐がありました……どうやら、剣術代表になれたみたいです、これからもよろしくお願いしますよ」


「えぇえぇ……勿論です……勿論ですとも……」


 シアリーザの心に触れてようやく、ジャンゴは今を受け入れられた。


『そして、第三騎士養成学校ルナクィン=キュステフ。運営での協議の結果、あなたを剣術代表補欠に任命することとします。代表三名とともに、武闘祭に期待しますよ』


 進行にあわせて、追加の発表があった。


 整列した生徒たちに混ざっていたルナクィンが、これに腰を抜かしそうになった。


「えぇっ、なんで、あたし二回戦で負けたわよね? てっきり第六の人がなるとばっかり……」


『武闘祭は連邦、帝国、中立という枠に関わらず、一国家としての威信がかかる大会です。あなたにはそれだけの力があると判断しました』


「ま、まじで……?」


 もしも順当であれば、補欠は三回戦にすすんだ第六のトールだろう。


 とはいえ、選抜大会でもっとも重要視されるのは、実際に個人が持っている実力である。ミュートに圧倒されたトールよりも、接戦をしたルナクィンに実力があると判断されたのだ。


 また一度は第一のハイネロも、昨年の出場経験と相応の実力があるとして候補にあがったが、今回の不正騒動で信用を欠くと、即時却下となった。


 すっかり定着した闘技場の暴れ牛というあだ名を呼ぶ声が、客席からしきりに投げこまれる。そのどこか笑いまじりの歓声は、一騎士としての人気の高さを思わせるものだった。


『大会運営はミュート=シュハルヴ、ホロロ=フィオジアンテ、ジャンゴ=スカダニア、ルナクィン=キュステフ、以上四名を代表に選定するとし、ウェスタリア剣術代表選抜大会の全日程を終了したことを、ここに宣言する。みなの者、ご苦労だった』


 式の最後に、最高責任者が声高らかに宣言し、選手たちを労う。


 かくして、選抜大会はすべての終わりを見た。闘技場の熱は、しばらく夕風にあおられて、やがて日が暮れきれる頃には、どこか遠くへと、さらわれたのだった。


4/11 全文改稿。

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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