剣聖の力
静かな凪の湖のほとり、更地となって見る影もなくなった、バルパーレイクの砦跡地。
「私はホロロを信じておる……お主は、自分が育てた生徒を信じておらぬのか?」
少し距離をおき、シアリーザが行く末を見守る中で、ジョンはヨルツェフに問いかける。
「あんなカス共、信じられるものか。この俺のキャリアがかかっているんだ。潰されては困るんだよ……俺には力がある、八騎士団長に匹敵、いや凌駕する力がある、あとはキャリアだけなのさ」
ヨルツェフの言葉に嘘はない。こり固まった選民意識から吐き出されていた。
「どうも、お主はそういう言葉を口にしていい男とは思えん。お主はなんのために騎士となった?」
「聞いてどうする、俺に説教でもするつもりか? 俺よりも若く、力のないお前が?」
「いやな……これから打ちのめす相手の動機を、聞いてみたいと思ってな……」
ヨルツェフが失笑する。
「……はははっ、打ちのめす、この俺を、もしやお前がここへ来たのは、俺とやるためだと?」
「ここまでのことだ、野放しにはできん。しかるべき場所で、相応の償いをしてもらわねばな」
ジョンが月下美人に視線を落すと、ヨルツェフの表情はうすれて、怒気を含んだ。
「どんな手品を使って砦を吹き飛ばしたのかは知らないが、お前はたったこれだけのことで、いい気になっているんじゃないだろうなぁ?」
「それでどうなのだ、大人しく打ちのめされるのか、それとも、抗って打ちのめされるのか?」
ヨルツェフが煌気に身を包み、声をあららげた。
彼の煌気は、通常のそれと一線を画す、特殊な力を宿していた。
青白いはずの光は赤く染まり、激しい熱気を帯びた炎へと性質が変化する。連邦軍の上級騎士の上に君臨する存在――八騎士団長に必須とされる『元素化フォトン』である。
それは、フォトン能力における一つの極致として、血統か、特殊な環境に生まれ育った者にのみ発現する力だった。
彼が生まれつき得た力は、火の元素化フォトン。
炎は身体の一部であり、ほかの何にも変えがたい、強力な武器なのだ。
「何も、お前が消し炭になって終わりだ!」
ヨルツェフが放った炎から、ジョンは一瞬にして全身を飲みこまれた。
轟々と渦巻く原始的な光が、またたく間に大気を熱する。持ち主の操気により球体上にまとまった――その渦中ともなれば、もはや生物の存命など許されたものではない。
そこに囚われた一人の身を案じるシアリーザの声が、閑静なバルパーレイクの森にこだました。
「ふふふ、ははは……打ちのめすと言っていたわりに、口ほどにもない。つまらん奴だったなぁ……さぁ終わったよシアリーザ。今日から俺たちは夫婦だぁ、仲良くしようねぇ……」
「あなたは……あなたという人は――」
したり顔をするヨルツェフに、シアリーザが張りあげる、ちょうど、それと被っていただろう。
大地が脈打ったような爆音が鳴り、ヨルツェフの炎は弾けて消えた。何事かと、二人が目を丸くして見やると、そこには淡い煌気に身を包んだジョンの姿があった。
傷一つなければ、服に焦げ一つない姿でいた。
「ほぅ……元素化フォトンか、お主も才能に恵まれておるな」
「……馬鹿な、無傷だと……ま、まさか、お前も元素化フォトンを!?」
ジョンは首を横に振り「いやいや……」と続けた。
「そんな血は受け継いでおらんし、そういった環境で育ったわけでもない。才能もない」
「お、俺の炎がただのフォトンで防げるわけが……」
「ない、とでも思っておるのか?」
「なに……?」
言葉に理解が追いつかず、ヨルツェフが押し黙る。
「元素化フォトンは、多彩な効果と驚異的な威力をもつ大自然の力。時に大地を操り、樹木を操り、水を操り、金属を操り、お主みたく火を操る。だが所詮は人がなす力、決して防げない道理もない」
納刀した月下美人を鞘ごと地面に突き立てて手放し、ジョンは一歩前に出た。
「お主の炎は何ら干渉もない、ただフォトンが変化したものだ。そして、お主はそれを飛ばしておるだけだ。性質が変化したところで、フォトンであることは変わらんし、防ぎようはいくらでもある」
炎を操るなら、あらかじめ火種か何かを用意しなければな……。
そうすれば、お主のフォトンはその火種に干渉することで、本物となっただろうに……。
何にせよ、教えてやる義理はないが……。
ジョンは静かに構えた。
足を開いてやや半身。腰を落とせば、機敏な蹴り出しができる印象。軽く突き出した片手の指先に相手の姿をかさね、もう片手を胸元に引き、軽く握る。
アラン=スミシィが剣聖たる由縁は、力が剣によって示されたからだ。極致である元素化フォトンもなしに最強と謳われ、真に恐れられたのは、純粋な洗練を極めたフォトンに宿るその力。
剣聖の逸話は真実である。
極限の練気により超高密度エネルギー化したフォトンを、月下美人に籠めて、気撃として放った。ただの一振りで砦を塵に変えたように、かつてはそれで敵陣の隊列を割ったのだ。
「今の炎が三割の力として、十割りでもお主の程度は知れた。お主には生きてもらわねば困るし……刀では生かしておける保証がない、よって拳で相手をしよう……三手といったところかな?」
「ふ、ふざけ……」
ジョンは音をおき去りにし、ふたたび攻撃の兆候を見せたヨルツェフの懐に肉薄すると、その腹に抉るような拳を打ち込んだ。発揮された威力に対して、煌気による防御は意味をなさない。
顔を歪めてさげる相手の顎を、手の甲でばちんと跳ねあげる。ふたたび、がら空きになった懐――相手のみぞおちに左肩を押し当て、右足で地面を強く踏みしめた。
完全感覚が機能し、地盤が沈むほど発揮された脚力の分だけ、自分の身体を伝い、相手の身体へと与えられる。相手は足つかずに吹き飛び、先にある森の木々を何本もなぎ倒し、ようやく落ちた。
煌気で身を固めようと防ぎがたい、人間の意識をうばうには十分すぎる勢いがあった。
「……フォトンを感じる、ひとまずは、生きておるようだな」
ジョンはヨルツェフの安否を確かめ、それまで強張っていた面持ちを柔らかに崩した。呆然とするシアリーザの視線に気づいて振り返った彼は、何ら屈託もない声をかけた。
「さぁ……帰ろうか、シアリーザ殿」
4/11 全文改稿。
2018年1月12日 1~40部まで改行修正。