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停戦時代の軍人

 

「もうヴォイドの試合がはじまっている頃だな、あとはニルシュからの連絡を待つだけ……もうすぐだ、もうすぐだよシアリーザ、僕と君の時代がはじまるんだよぉ……」


 小さな窓から日が差し込む、うす暗い空き部屋。


 窓辺で高級腕時計に目を落して、第二試合の開始時刻をまわっていることを知ると、ヨルツェフはうす気味の悪く口元を歪める。


 同室に監禁しているシアリーザから、嫌悪のまなざしで睨まれるが、彼はなおも態度を崩さずに、ますます、その味を深めた。


「このような子供にまで……たとえ世の誰もがあなたの陰謀に気づかず、世の誰もがあなたを肯定しようと、わたくしはここに見た事実を未来永劫にわたり忘失することなく、否定します。卑怯者」


 シアリーザの隣には、拘束されたルナクィンが意識なく倒れていた。


 二人を一瞥すると、ヨルツェフはついに我慢ができなくなって哄笑した。それらがここにいる――ということが、彼にとって勝利と将来を約束するものに思えたからだ。


「人の情とは厄介なものだよねぇ……ほら、君のところのジャンゴ君、最後まで君を想って手を出さなかったそうだ。よっぽど受けた傷が深いみたいでねぇ、今も集中治療室で眠っているらしい」


 シアリーザの気色は、普段の気品が感じられないほど沈みきっていた。


 わたくしが不甲斐ないばかりに、あの子の将来をうばってしまった……。


 わたくしにこの男をしりぞけるだけの力があったなら、監禁などされていなければ……。


 彼女が考えるのは、教え子のことだった。


 そんな彼女の心中を察したヨルツェフは、あきれた調子で「まったく……」と続けた。


「君が悪いんだ。最初から大人しく俺のものになっていれば、こんなことは起こらなかった」


「わたくしは、あなたとなど……」


「その美貌もさることながら、何よりもウェスタリア王家の血筋と、聖青フォトンの能力……いずれ連邦の元帥となる俺の花嫁として、この上なく相応しい。これが俺と君の運命なんだ」


「わたくしはあなたとなど、決して婚姻いたしません。たとえお父様の決められたことでも」


 オルディアン家は、戦前にウェスタリア国の宰相という地位を世襲して、ながらく国政を補佐していた、国内でも有数の名家である。


 開戦によるウェスタリア家の退位にあわせて地位を失ったが、当時の宰相であった男は連邦政府に非凡な頭脳をかわれ、そのまま連邦軍に籍をおいていた。


 当家は名門家系として優秀な官僚や軍人を輩出すると、連邦内に不動ともいえる地位をきずいていった。


 ついては『連邦内でも影響力があり、当家の人間が動けば連邦が動く』と明言する者もいる。


 この宗家たる家の一人息子――家督をついで、次期当主となる者こそ、ヨルツェフ=オルディアンという男だった。


 実際のところ、彼にも名家の血筋に恥じない非凡な才能がある。それは官僚や政治家にむいた頭脳としてではなく、軍人に向いたフォトン能力者として、色濃くあらわれた。


 平均して三十代半ばの騎士長クラス以上がなる教官に二十代前半でなって以来、一定の実績がなければ解雇はまぬがれられないこの役職を、もう五年以上も勤続している。


「しかし、教官というのももどかしいものだね。君もそう思わないかいシアリーザァ……学生の時、俺には上級騎士クラス以上の力があった。同年代には碌に練気もできないカスばかり、武闘祭に出場しても足を引っ張られ、帝国の連中に初戦敗退だ。まったく、実にくだらない」


「そうして、周囲を見下して生きてきたのですね、心の乾いた可哀想な人……」


「そうだよ……なにせ俺のような人間が、こんな戦場もなにもない停戦の時代に生まれてしまったんだからなぁ。むかしはあった内紛さえもなければ、こんな子供のお守り以外には実績をのこす方法もないときた。まったく恨めしいかぎりだ」


「そのような、くだらないことのために、ジャンゴを……ジョン様の教え子にまで……」


 停戦から、軍人が活躍できる場はいちじるしく減っていた。


 現代で軍人といえば、国内で発生する犯罪を取り締まるほか、軍属から民間人などから護衛や警備を請け負うなど、便利屋のようなものと認知されつつある。


 昇進するために実績をのこすにしても、よほどの手数と時間をつまねばならない。


 本来あるべき戦場もなければ、それらに従事するほかに道は少ないのだ。


「俺は今日で新たにキャリアをつみ、六年連続で武闘祭に出場する生徒を育てた教官として、連邦に戻って地位を手にする……そのあとに君が必要だ。ウェスタリア家の血筋と婚姻したとなればだ……ふふふ、いいぞぉ、この上ない箔がつくじゃないか」


「わたくしは……」


「知ってのとおり、俺の家と君の家は古い付き合いで親交もあつい。没落寸前な君の家も、この婚姻しだいでは持ちなおす。君の父はね、約束が果たされることを望んでいるんだ……パーティで会った時に言われたよ、娘とどうか親しくとねぇ……はははっ、あわよくばと思っているんだろうねぇ」


「やめて……もう……このような……」


 オルディアン家は『一族は実績をなして地位を得るべし』という方針を貫いている。


 名家の生まれという自尊心から、ヨルツェフは一介の軍人にあまんじるつもりがない。だからこそ連邦軍の軍人から、騎士養成学校の教官となった。


 武闘祭へ出場する生徒を育てたということは、紛れもない、大きな実績の一つである。連邦軍の中でも上位に食い込む実力があれば、残すは実績を示して実力を認められるばかりなのだ。


 そしてもう一つの望みが、次期当主として誇れる血筋をとりこむこと――後に優秀な子孫をのこすであろうと、世に知らしめることである。


「試合もそろそろ終わる頃だ……ねぇシアリーザ、安心しなよ、俺が幸せにしてあげるから」


「わたくしは……わたくしは……」


 心を追いつめられて、シアリーザがうなだれる。


 彼女のそばにひざまずいたヨルツェフは、その顎をつまんで押しあげた。生気のうすらいだ目から流れた涙が、静かに頬を伝って落ちるさまを見て、彼は「やれやれ」と肩をすくめた。


「もうすぐだ……もうすぐだよぉ、シアリーザァ……」


「もう、これ以上は……」


 シアリーザは気丈にふるまう気力も失っていた。


 この男の野望はいつか沢山の人々を不幸にする……。


 もう誰もこの男を止められない、わたくしはこの男と……。


 嫌、嫌、嫌です、わたくしは……誰か……。


 絶望にみちた心で、彼女が願った――その時だった。


 けたたましい轟音が、この場に届いた次の瞬間。


 ヨルツェフの肩越しに見えていたうす暗い部屋の天井が、シアリーザの視界の中で消し飛ぶ。


 あとを追う青白い暴風が、彼女たちの周囲だけを残し、何から何までをも塵に変えた。おさまる頃には景色が一転しており、向かいには針葉樹の森が、頭上には青空が、背には湖が広がる。


 淀んでいた空気を押しのける風が、彼女の髪を揺らし、下まぶたに溜まった涙をぬぐい去った。


「い、一体何が……」


 一瞬にして、砦が跡形もなくなった。


 当惑していたヨルツェフとシアリーザのそばに、誰かが瞬間移動のごとく現れる。


 この速さを体言したのは、神速の異名をもつネネだった。


「この前の分!」


「がっ……!?」


 ネネから横っ面に強烈な膝蹴りを打ち込まれたヨルツェフは、頭から激しく地面を転がった。


「あ、シアリーザさん、無事でしたか。いろいろ突っ込みたいでしょうが、今はうちの生徒を優先させていただきますね。事情はジョンに聞いてください…………じゃ、そういうことで!」


 ルナクィンの拘束を解き、軽々と背負ったネネが、早口で言い残す。シアリーザができた反応は、ただ口をパクパクとさせること――それだけ、あっという間のことだったのだ。


「な、なんだというのだぁ!?」


 ヨルツェフは砕けた頬骨をすぐに治癒して、すでに走り去ったネネに怒鳴る。


 うまく事態を飲みこめなかったが、危害を加えられ計画の邪魔をされている、ということは、自然と思いいたっていた。


「うむ。このフォトンは紛れもなく本物か。少し乱れがあるようだが……あぁ、例の指輪が原因か。いやはや、無事でなによりですな……」


「ジョン様……これは、あなた様が?」


 風上から、安心したような、喜ぶような、優しい顔色をして、一人が歩いてきた。


 ヨルツェフの陰謀に巻きこまれている生徒たち――その教官のジョンだった。


「お、お前がなぜ、ここにいる!?」


 ヨルツェフはひどい嫉妬にかられ、問い質す。


「三流の所業とは言ったが、思えばまんまと踊らされてしまったものだな……私の生徒がお主の陰謀で打たれておる。ならば教官として、それは見過ごせんだろう?」


「……ははは、馬鹿な、お前は時間がわからないのか? もう試合が始まって二十分になる、試合なんてとっくに終わっているだろうさ!?」


 ヨルツェフに冷笑されても、ジョンの態度は変わらない。


 むしろ軽く空を仰いだ彼の口からは、結果などわかりきったかのように、こうこぼれていた。


「さて……それはどうかな」


4/11 全文改稿。

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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