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誰かへの関心

 

「ソルクィン君の話では、ここのようですね……心なしか戦闘のあった形跡があります」


「いや、おそらく間違いない。フォトンの残滓が微弱に残っている……少し待ちなさい」


 誘拐の一部始終を知らされたジョンは、ネネと二人で闘技場をあとにした。


 途中でコテージに立ち寄ると、ホロロが大会まで持参していた月下美人を持ち出した。そのままの足で周辺の森をとおり抜け、今は湖まで走ってきていた。


「やはり、この七十年で質が落ちたか……証拠隠滅を怠るとは、まさに三流の所業。だが、振るった力は決して小さくない。気に入らんな……」


「追跡はできそうですか?」


「少し距離がある……だが私たちならば走ってすぐだ。ホロロが待っている。先を急ぐとしよう」


 完全感覚により、闘技場とは別方向に複数のフォトンを察知すると、ジョンたちはその方角に駆け出した。森に奥深く踏み入るほど気配が強まり、そこにいるという確信も深まった。


 走ること数分、とても一般人が興味本位で訪れそうもない獣道の先に、その砦はあった。


 森の開けた場合にある、組積造の施設。進入禁止を防止する柵にかこわれている。苔や宿り木が、その外壁にびっしりと根をはっており、ものの見事に森と同化して見えた。


 一帯に生いしげる藪には、最近に手がくわえられた痕跡が一部あった。それは、森から柵まで一筋だけ肩幅程度に踏み倒されたものと、柵の内側の全体を焼き払ったものとある。


「ネネ殿、私が相手をするが……よいだろうか?」


「……わかりました」


 柵を跳躍で飛びこえ、ジョンとネネは足を止めた。砦の最頂部にあたる狭間から、二人組の隠密が飛び降りてくることがわかった。一目見て、敵意がある相手だともわかった。


 短身小太りのビグルスと、長身細身のクザンだ。


「おいおい、んだよこいつら……」


「あぁ……モルトがやけに怖気づいて言っていた、もう一人の標的だな。今夜に殺る手はずだったが……まさか、自分から死にに来るとはな。手間が省けたじゃないか」


 ここに来るまで、隠密が見張りとして待ち構えているだろうと予想していた。されども、ジョンは砦にたどりつくまで、あえて気配を消そうとはしなかった。


 気まぐれでもなければ、相手を油断させるためでもない。


 ただ、ソルクィンを死にいたらしめようとした隠密に、相見えたいと願ったのだ。


「先日に見た者ではないな……お主ら、さきほど子供を一人殺めたか?」


 体型やフォトンの波を思い比べ、ジョンは結論づけた。


「あぁ、なるほど、そうだった。あれは確かお前の生徒だったな……あれなら、俺が湖の底に沈めてやったぞ。それで……知ったお前はどうするんだ?」


 蔑みを含ませて話すクザンに焦点をあわせ、ジョンは「そうか……」と続ける。


「お主か……いやなに、お主は請け負った仕事を果たしたまでのこと、なんら咎めようとは思わん。これは人が武器を手放さぬかぎりは、おそらく仕方のないことなのだ。そして、私もその一人」


「ほぅ……ずいぶんと殊勝な物言いだが、余計にわからんな。なぜお前はこうして死に……」


「……斬って斬られては世の常、ならば私はお主を斬ろう」


 願いの理由は、ジョンの身体を包んだ煌気がすべて語った。


 ただそばにいるだけでも、これなのに……。


 もしもこんなものを直接向けられたら、きっと私は正気でいられない……。


 すぐ隣にいたネネは、想像をめぐらせると、寒心に堪えない思いだった。


 彼女をそうさせたのは、その淡く揺らめく煌気がふくんだ、彼の底知れない狂気と闇を思わせる、あまりにも純粋な殺意である。人が背負える悪業のすべてが、濃縮されているようだった。


「昔はいくら味方が死のうと、心が痛むことはなかった。味方が死んで泣き叫んでいる者が、滑稽に思えてならなかった。だがこの三ヶ月、人に関心を抱いて、はじめてその心を知った……」


「なんだ……そのフォトンは、なんだ?」


 これまで余裕綽々の態度をしていたビグルスたちも、そんな得体の知れない煌気に当てられては、たちまち身を強張らせずにいられない。


 あまたの危険な任務をこなし、さまざまな標的と対峙して、上位の隠密となったそれらでさえ、その殺意には経験がなかった。


 七十年前の大戦を剣聖と呼ばれて生きた男が、死と隣りあわせの戦場でつちかった必殺の覚悟。



 すべては私利私欲のために、善も悪もない、必ず殺す――。



 ビグルスは完全に平静を欠いていた。


 気味の悪い奴め、なめやがって。そんなこけおどしが通用すると思うんじゃねぇ……。


 おもむろに歩み寄るジョンを睨みつけ、煌気をまとうと、忍ばせていた短刀を抜いた。


「それが、なんだってんだ!?」


 煌気の身体強化による高速移動と、隠密特有の足運びでかく乱して、またたく間に距離をつめた。この勢いに乗ったまま、立ち止まったジョンの足元から、ビグルスは鋭く斬りかかる。


 完全に相手を翻弄し、間合いを侵したと確信を抱いて、すぐ、ジョンと目があった。


 やばい、こいつ、見え……。


 予感がして、すぐに身を引こうとしたが、彼はもう手遅れである。


 ――四神開放、西方、白虎の型……猛虎乱れ爪。


 ふいに、死を前にして時間の流れが緩やかになる。相手が刀を抜き、美しい刀身があらわとなり、陽光を反射してひかめいた。


 振るための体捌きにあわせ、それが視界の中で音もなく消え失せる――ありえないものを目にした次の一瞬、ビグルスは身体を幾重にも斬り裂かれた。


「ビグルス!?」


 クザンの呼び声は、血潮に染まった亡骸にはもう届かない。


「……誰かと関わりを持つことは、後々に失う悲しみを増やすことに違いない。この考えは今も変わらぬ。だが、関わりを失うまでの時間にこそ、意味があるのだろうな」


 ふたたび歩き始めたジョンが、つくづくと述懐した。


「お前……お前は何者なんだ……?」


「私はただの臆病者、人の輪から一歩遠ざかり、斜に構えるばかりの自分本位な愚か者だ……そこに変化を求めたいと切実に願っているが、どうにも上手くいかぬでな。まだ人を斬る以外に能がない」


「……ふざけるな!?」


 忍ばせたありったけの千本を構え、強力な煌気を籠気すると、クザンはジョンに投擲した。


 岩なら紙のように貫通する威力を宿して、複数の青い光のすじが風を裂いて進む。


 俺の千本では通用しないだろう、だが……。


 ビグルスの亡骸を見て推察した彼は、千本を牽制や囮として考え、自分自身も相手に迫った。


 推察は正しく、千本は煌気が籠気された月下美人によって、刃こぼれもなしに弾かれた。だから、本命は相手の注意と自由をうばったここから。


 千本と同着で相手のふところに飛びこむと、片腕に煌気をまとわせ、彼は手刀を繰り出す。


 鋭利な刃と化した指先が、月下美人をすり抜け、ジョンの胸を貫いた。


「……ふ、ふはは、俺の勝……」


 急所、それも心臓に風穴をあける、即死はまぬがれない一撃を成功させた。クザンは、強敵に勝利したと確信し、うすら笑った。しかし、ジョンの身体が塵のように消えると、息を飲んだ。


「お主も隠密ならば、殺し相手の死の確認を心がけねばな……もう次はないが」


 手刀を受けたのは、残像だった。


 本物はすでにその背後で月下美人を振るい、クザンの身体を四散させていた。きれいな白髪を、鮮血でまっ赤に染めていた……。


4/11 全文改稿。

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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