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挫けぬ心

 

 さかのぼること、開始直前。


 中央でヴォイドと向き合ったホロロは、先日の試合の一部始終を思い返すと、自然と顔をしかめてしまった。


 何らためらいもなく、一方的に無抵抗の相手を木剣で打ち続け、決着の瞬間に勝ち誇ったような顔をした男が、すぐ目の前にいると――。


 何か理由があったに違いない、そうに決まってる……。


 ジャンゴ君は、こんな人には負けない……。


 そう信じてやまない彼は、未だにジャンゴの敗北に納得ができていなかった。


「なぁなぁ、握手しようぜ? ほらさぁ、キシドー精神ってやつだよ、わかんだろ?」


「……昨日の試合、君は何をしたの?」


 下卑た笑いと一緒に差し出された手を一瞥し、ホロロはヴォイドを問い質す。


「あぁーんー、そうだなぁ……教えてやるよ。だから、俺の手を取れってんだよ?」


 何かをされないともかぎらない。


 それでも真実が知りたいと、ヴォイドに近づいた。おそるおそると伸ばした手を、ホロロは途中で強引につかまれた。次の拍子には身体ごと引っ張られ、陰湿な声で耳打ちをされた。


「なぁ……お前んとこにさぁ、暴れ牛とか呼ばれて調子こいてた女がいただろ……今さぁ、そいつがどうしてるか……知ってるかぁ?」


 意味深かつ穏やかなものとも思えない言葉に、感情的になって、声を荒げそうにもなる。しかし、ホロロは思いとどまった。最悪の場合を想定すれば、さわいではならないという判断になった。


「へぇ、賢いじゃん。そうだよねぇ、ここで妙なことを口走ったら、どうなるかわからないよねぇ……そういえばジャンゴの奴、まだ目を覚まさないんだってなぁ? まったくさ……あいつも、あんな馬鹿みたいに粘るから」


「……まさかジャンゴ君もこんな風に……君は卑怯者だ」


「なんとでも言えよ、結果がすべてだ」


 ヴォイドからと、あっけらかんとして返される。


 軽く突き離されたホロロは、審判の催促にしたがい、定位置に向かった。


 ジャンゴ君は、どんな気持ちだったんだろう……。


 人質を取られて、望まない敗北を受け入れなければいけない……。


 こんなに悔しいと思うのは、初めてだ……。


 握り拳をふるわせ、ふつふつと胸の奥にたぎる感情の解放を、精一杯こらえる。


 客席の声も曖昧になるほど、そんな感情に飲まれると、彼は審判の合図にも気づけなかった。


「ひゃぁぁぁはっはっは!」


 確定した勝利に酔いしれるヴォイドから、木剣で二、三、と打たれた。ここでようやく、ホロロは試合が始まっていることを知った。


 負ける、なんにもできないで、真剣に向き合うこともないまま……。


 遅れて硬気で守りを固めようとも、棒立ちの姿勢は崩さない、崩せない。


 なんて軽い、なんて隙だらけな、なんて心のこもっていない打ち込みなんだろう……。


 こんな剣にジャンゴ君は……。


 全身を一方的に打たれる――先日のジャンゴと同じ状況に身をおいて、彼は痛感した。


「おらおら、どうしたよぉ、手も足も出ねぇのかよ!?」


 開始からしばらく、闘技場をとりまく雰囲気は、悪い方にうつろいだ。


 先日のくりかえしに、ただ試合を待ち望んでいた観客の大半はあきれて、不満をいだいて、ののしりを投げかける。


 試合の展開を不審に思い、ホロロを心配する観客たちの声――それをかき消すほどの声量があった。


『何やってんだ!?』

『俺たちを馬鹿にしてんのか!?』

『金返せぇ!』

『やる気がねぇなら、早く降伏しろ!』


 何もできないけど、馬鹿になんてしてないよ、こんな剣には降伏なんてしたくないんだ……。


 若干にも冷静さをとり戻したホロロは、客席からあがる声に心の中で返事をした。


 打たれ続ける身体は、裂傷で血を滲ませ、打撲で熱を帯び、骨折で悲鳴をあげつつある。


 不思議と、彼はどれだけそんな傷を負っても、痛みを感じることがなかった。


 くやしい、今すぐに打って返したい、あぁそうか、僕はきっと怒っているんだ……。


 初めて人を憎いと思っているんだ……。


 心に感覚をうばわれているのだと、彼は自覚する。


「ホ……ホロ……ロロ……ホロロ!」


 ふいに、聞きおぼえのある声を耳にした。


 何度も自分を呼んでいる誰かを、横目に見やる――ミュートだった。


 客席の最前列から自分を見据える彼女と、ホロロは視線をかさねる。


 戦わないことを怒るわけでもない、一方的に打たれていることを、心配するわけでもない、ただ、すべてを受け入れたような目が、そこにはあった。


 あそこのいたはずの、ジョン教官とネネ教官がいない……。


 そうか、そうなんだ。なら僕がしなきゃいけないことは一つだ……。


 彼は彼女の意図を察して、口角を小さくあげた。


「……君の剣ってすごく軽いね、君の剣ってすごく隙だらけだね、君の剣って情けないよね……ねぇ君って、真剣にやってるの?」


 安い挑発に顔をひどく歪ませ、ヴォイドが「あぁ!?」と苛立った声をこぼした。


 予想どおり好都合である。この状況にも関わらず、ミュートがそのような目の色をしていること、試合が始まった時には客席にいたジョンとネネが、今はいないこと。これら二点がホロロへ教えた。


 彼らが何らかの理由で状況の真相を知り、すでに解決に乗り出している、と――。


 ならばなすべきことは、これを悟られないように注意を引き、耐えしのぐことにほかならない。


「へなちょこってさ……きっと君が振ってるような剣のことを言うんだろうね」


「……後悔すんなよなぁ、あぁ!?」


 大丈夫、僕は信じてる……。


 ルナクィンさんは、ジョン教官たちがなんとかしてくれる……。


 膨らんだ気をしずめて、ホロロは自分にそう言い聞かせる。


 そしてまた、その身体に木剣を受けるのだ。


4/11 全文改稿。

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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