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閉じられた龍髄

 

 ヨルツェフが雇った隠密はモルト、イオラ、ニルシュ、ビグルス、クザンの五名だった。


 初動は大会初日深夜。


 ヨルツェフ、ビグルス、クザンの三名によるシアリーザの襲撃と誘拐。


 モルト、イオラ、ニルシュによる、ジョン及び第三の生徒の暗殺未遂。


 続いて大会二日目。


 モルトはヨルツェフに、イオラはシアリーザに、それぞれ変装して、本人たちの不在を偽装した。


 ビグルス、クザンはシアリーザを監禁している砦周辺を見張り。


 ニルシュは闘技場と砦を往復して、状況連絡を行っていた。


 それから現在である。


 ほかは前日から継続で、ビグルスとクザンの二名には、新たに命令が下された。


 それは第三の生徒の誘拐――。


「ちっ……イオラの奴め、情報と違うじゃねぇか、餓鬼は一人じゃなかったのかよ?」


「よくあることだ、さっさとやるぞ。近頃はどこに目があるか、わからんからな」


 隠密装束に隠れ、容姿を知ることはできないものの、体型からある程度の区別はつく。


 短身小太りのビグルスがぼやくと、長身細身のクザンが急かした。闘技場にいたイオラから、事前にルナクィン不在の情報を聞かされ、これを好機として、二人はその行方を探していた。


 しかし、探し当ててみればソルクィンの姿があったりと、やや情報との食い違いが見受けられる。ビグルスの不満はこれだったのだ。


「つーかよ、二人もいらねぇよ、くそが……どっちにする?」


「……女っ気が欲しいところだな」


「賛成だな。餓鬼とはいえ、野郎相手じゃ気分も下がる。イオラも色気がねぇしよ」


「決まりだ。では、男は殺して構わんな?」


「お前も、だれかれ殺したがる癖をなんとかしろよなぁ……じゃあ俺は女だ、野郎はやるよ」


 隠密装束を知らない双子が、それらの怪しげな格好と危なげな雰囲気を察し、後退りをする。


「姉さん……こいつら……」


「あんたら……なんなの?」


 足元の双剣を拾いあげる双子を見据えたまま、答えもしない。ビグルスとクザンは淡々と囁いて、それぞれの標的を示し合わせると、すぐさまことに及んだ。


 体術をもちいる隠密の動きは、剣術をもちいる騎士のそれと異質なものであり、こと身のこなしに関しては、ほかの何よりも洗練されている。


 徒手格闘をもっとも得意とし、携帯に向いた投擲暗器を装備することで、間合いの外にもいくらか対応ができるなど、近接戦闘に特化していた。


 上位の隠密として活躍するビグルスたちの実力は、一般的な下位の隠密と比較して頭一つ抜ける。つまりは、下位の隠密にも満たない養成学校生の実力では、到底太刀打ちなどできはしない。


 実力差はたった数手で示される。


 ビグルスは姿勢低く地面を蹴り進み、ルナクィンとの距離をつめた。


 さほど速さはないものの、隠密特有の足運びには『相手に自分の位置を錯視させる』効果がある。


 初見、それも初の実戦に気構えがなっていなかった双子には、まだこれを見破るだけの実力や経験はない。


 応戦もできず狼狽えた相手の懐に迫る。


 彼はそれまでの勢いが乗った掌打を、隙だらけなみぞおちに叩き込み、悶絶させた。


「……ったく、こんな守りもペラペラな餓鬼相手だと、さじ加減も難しいもんだな。危うく殺しそうだったじゃねぇか。面倒くさい仕事を引き受けちまったよ……おぅ、そっちの始末は任せたぞぉ」


「……つまみ食いするなよな」


「馬鹿にすんな、餓鬼は趣味じゃねぇんだ」


 前のめりに倒れたルナクィンを、ぼやいて担ぎあげる。やれやれと首を振って、ビグルスは森に向きなおった。背中に冗談めかして言ってきたクザンに、少しむきになって言い返し、走り去る。


「姉さん!?」


 ソルクィンが一拍遅れてビグルスの背に仕掛けるも、双剣は届かない。


 クザンが煌気をまとって割り込み、相手の身体もろとも、それをバチンと弾いていた。


「恨みはないが、消えてもらうぞ……」


 短く言葉を結び、片足を引きつけ、姿勢を低くする。続けざま、反動で麻痺した相手の胸を抉るように、クザンは踏み込みと連動した膝蹴りを繰り出した。


 みぞおちに打ち込まれた強烈な一撃は、ビグルスの掌打のような手加減が一切されていない。ただ純粋に相手の急所を狙い、殺めるためだけのものだった。


 直撃の瞬間に交差した双剣が滑り込むも、まるで小枝のように折られる。


 ――断絶、穿脚。


 貫通する力に、ソルクィンの身体は蹴毬玉のように弾き飛ばされる。背にしていた湖に落ちて、そして生じた波紋は、水辺からだいぶん奥の方で、ゆらりと広がった。


 何も浮かびあがらない水面を見やり「死んだか……」とクザンは確信する。


 すぐにビグルスのあとを追うように、自分も森へ紛れた。


 一分と経たず誘拐が行われた現場には、もう誰の姿も残ってはいなかった。





「やはり、おかしい」


「何がですか?」


 大会三日目の初戦は、ミュートの圧勝に終わった。残すところ、第三のホロロと第一のヴォイドによる第二試合のみとなり、その火蓋が切られるまでは、もうまもない。


 客席の喧騒に紛れ、ジョンがそう確信めいて呟いた。隣のネネが聴き漏らさずに尋ねられたのは、今朝からずっと彼の様子を気にかけていたからだろう。


「朝からシアリーザ殿の気配を探っておったが、一向に見つけられないでいる。昨日は偶然と思えたが、こうもなると、どうも違うらしい……」


「どういうことですか?」


 ジョンの真剣な面持ちを目の当たりにすれば、その口から「シアリーザ殿」と聞いて苛立つような気も失せていた。ネネは同じ真剣な面持ちをして、相応しい態度でこれに接した。


「先程の試合は、第六騎士養成学校の生徒が出場していた。シアリーザ殿は同意書を提出するために大会運営に必ず出頭するはず……」


「とすれば、彼女はこの闘技場のどこかにいるはず、だと?」


 通常ならフォトンを使った察知は、それを体外に押し広げて行う。


 そうして自分のフォトンを対象とする人や物に当てることにより、そこに『何かがある』と判断ができるからだ。人は無意識に――という感覚をどれだけ意識できるかで、この精度も変わってくる。


 完全感覚というものは、その無意識を完全に取り払ったもので、自らの五感、それに準ずる感覚を鋭敏化させることもできる力である。


 最大の違いは、フォトンで直接的に触れる必要がない、ということ。言ってしまえば、自分のフォトンが空気に触れているだけで、大抵わかる。


 たとえば、完全感覚なら次のような対人察知ができる。


 相手が無意識に溢れさすフォトンに自分のフォトンで触れ、正確な居場所を察知する。


 相手が固有するフォトンの波を自分のフォトンで拾い、近くに誰がいるかを判別する。


 今回の件で、ジョンがシアリーザを探すために使った手法は、後者だった。


 おおよそ三万のフォトンで混線した闘技場から、シアリーザが固有するフォトンの微弱な波だけを集中的に探し当てる。完全感覚を極めた者であろうと至難の技だった。


 しかし、めげず時間をかけて――彼は一つの結論にいたったのだ。


 シアリーザが闘技場にいない。


「シアリーザ殿が有するフォトンの波は独特だ。あの物腰どおり、繊細で気品があるように思える」


「え……な、波とは?」


 完全感覚を習得できていないネネが、ジョンの感覚を理解しかねて眉をひそめた。大なり小なり、フォトンの気配があることは察知できても、それが誰のものであるかまでは判別できない。


「つまり、彼女の波が闘技場にないのだよ。初戦が行われる前、初戦が行われていた最中、初戦を終えてずいぶん経った、この今でさえも感じられない……これはおかしいことだ」


「彼女がいないのに試合が始まった……ということですか?」


「そうなるな……」


 よもや、一昨日の隠密が、第三のみ襲うことを目的としていないのなら……。


 なんと歯がゆいことか、どうにも情報が少ない……。


 ジョンは闘争の場を見下ろして、悶々と考える。


 ホロロとヴォイドが入場し、三万人の声がこだます闘技場。ここにいるシアリーザが――変身したイオラ――だと知らない彼には、彼女のフォトンをシアリーザのものと認識することができない。


「ジョン教官、ネネ教官、戻りました。キュステフの姉弟はまだ戻らないのですか?」


 ミュートが、ホロロの付き添いから戻り言った。


「ミュートさん……そうなんです。ソルクィン君がルナクィンさんをむかえに行ったきりで、二人ともまだ……何かあったのでしょうか?」


 ネネが少し屈託したように、首を振って答える。


 結局、ミュートの試合中には戻らなかった双子が、半刻経ったいまも戻らないことに、流石の彼女もおかしいと感じていた。


『……第二試合を執り行う。両者、位置へ…………始め!』


 第三の面々がそろわないまま、ホロロの試合が始まった、直後だった。


 背後に位置していた客席から、ほかとは違う類のざわめきが起った。


 何かと思い、ジョンは振り返る。全身がずぶ濡れて、泥だらけの姿でいるソルクィンを見つけた。一人の男に肩をあずけており、それでどうにか立ってる状態のように見えた。


「ジョン……教官……ねぇ……さんが」


 ジョンと目を合わせたソルクィンが、何か言いかけた途中で、糸が切れた人形のように脱力した。これには支えていた男も驚きを隠せない。


 男は闘技場の近くにぐったりと倒れていた彼を見つけて、医務室に運ぼうとしたところ、ここに連れていくように請われたばかりの一般人にすぎない。


「いかん!?」


 見るや否や、ジョンは大きく跳躍して、観客を飛び越えた。


 男の手から抜け落ちて、倒れ込んだソルクィンのそばに着地する。


 彼はすぐにその容態を調べて――心肺が停止していながら、まだ微弱にもフォトンの気配が感じられる状態だと知った。


 客席の階段を駆けあがって追いついたネネが、ソルクィンの重体を察し、口をおおった。


「ジョン、これは一体……?」


「龍髄を打ちふさがれておる。処置を急がねば……ネネ殿、ソルクィンの上着の前を開けなさい」


 合掌して体内で練気をするかたわら、ジョンはネネに指示した。


「わ、わかりました……それで、りゅうずい……とは? ソルクィン君は助かるのですか?」


 言われたとおりにするネネが、手を休めずに尋ねる。


「神龍光という、今で言うところのフォトン、それを生じさせる、全身の経絡につうじた体内組織。龍髄とは、人体の隠れた急所の一つなのだ。処置を間違わねば助かるはずだが……」


「…………はい?」


「龍髄の点穴をフォトンで打たれれば、龍髄はふさがれる。事実上、その身体はフォトンを喪失し、身体機能が停止する。この芸当は隠密のもの……角度が浅いのは幸いか……」


 まったく迂闊であった、もっと身近な者たちも気にかけるべきだったのだ……。


 何をやっていたのか、この愚か者めが……。


 ジョンは自分自身を強く糾弾する。


 上着がはだけたソルクィンの身体にまたがり、その大きな痣のある胸に両手を押し当てた。


 周囲が固唾を飲んで見守る中、彼は「むんっ!」と気合を発し、練気したフォトンを送り込んだ。


 時に、隠密の即死技がソルクィンをその場で死にいたらしめなかったのは、寸前に双剣での防御があったからである。避けられこそしなかったものの、冷静な見切りが彼を生かしていた。


「ぐ……がはっ!?」


 ソルクィンが息を吹き返す。


 フォトンを送り込んで強制的に龍髄を開きなおして、ジョンは彼の身体に本来の正常な機能をとり戻させたのだ。ひどく憔悴する彼に「しっかりなさい、もう大丈夫だ」と気つけの声をかける。


「ジョン教官……俺は……姉さんが!?」


 ハッとしたソルクィンが、誘拐の事実を伝えようと力を振りしぼった。


 ちょうど、客席全体がざわめいて、表情を変えた。


 笑顔だったものは、闘争の場でふたたび起こった出来事を眼下におさめ、険しくなっていた。


4/11 全文改稿

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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