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姉弟喧嘩

 

 ウェスタリア剣術代表選抜大会の三日目。


 昼近くになって進行を始めた大会は、もうまもなくで第三のミュートと第六のトールの試合を執り行う予定である。


 当日の試合結果しだいでは、今年のアルカディア騎士武闘祭にウェスタリア剣術代表として出場する生徒が確定する。


 そのため、大会三日目は例年もっとも客足が伸び、闘技場を包む熱気が最高潮に達する日でもあった。


「いよいよですね。これに勝てば、ミュートさんは代表確定ですよ」


「ふむ……そうだな」


 客席でネネから嬉々として話しかけられたが、それに対するジョンの反応はうすい。


 それというのも、彼には気がかりが一つあった。今朝からそれについて沈思黙考を繰り返しているため、必然的にそうなっていたのだ。


「……ジョン、何か考え事をしているみたいですが、どうかしましたか?」


「いや、取り越し苦労だとは思いたいが……まぁ、まだ確信が持てんことだよ」


 その態度が悪気のないものだということは、ネネもジョンの神妙な面持ちを見て気がついていた。だからこそ、普段から微笑みを絶やさない彼をそうさせる何かに対して、彼女も危惧の念を抱かずにいられなかった。


「戻りました、ミュートさん調子いいみたいです」


「あらホロロ君、ソルクィン君、おかえりなさい」


 ミュートの付き添いから戻ったホロロとソルクィンが合流する。彼らが試合開始を待たずして控え室をあとにしたのは、ミュートが「一人で集中したい」と望んだためである。


「あれ……姉さん、まだ闘技場に来ていませんか?」


 辺りを見渡したソルクィンは、ネネに尋ねた。


「ええ、私が宿を出る時は彼女も制服に着替えている途中で……もうすぐ来るはずなんですが」


「そうですか……相変わらずだな、姉さん」


 呟きには、ため息が混ざっていた。



 ※



 森を抜けた先にある水辺に隠れ、ルナクィンはふさぎ込んでいた。


 静かな凪の湖を眺める彼女の目は、いつもの輝きを失ない、どこかうつろにも見える。


 同じ宿で寝泊まりをしているネネには、別れ際に「あとから遅れて行きます」と言った。


 しかし、いざ制服に着替えて闘技場へ向かう道半ばで、彼女は気が変わってしまっていた。


 負けた、負けた、負けた……。


 彼女が考えるのは、昨日の試合とその結果、ただ、それに尽きる。それが未だ鮮明な記憶であればこそ、ぶり返す思いも、未だに苦々しいものだった。


「姉さん……こんなところで何やってるのさ、もうミュート先輩の試合だよ、応援に行かないの?」


 そんなルナクィンのもとに現れたのは、弟のソルクィンである。


「……何よ、ほっときなさいよ」


 たぶん声をかけても見向きもしないで、素っ気なく突っ張られるだけだろうな……。


 ルナクィンの行動パターンを熟知しているソルクィンは、実際に居場所や様子さえ的中させた。


「こんなことだろうと思ってた」


 どこかわざとらしく、あきれるような韻を踏んで「そうだよね……」と続けた。


「俺たちは双子でも、やっぱり言葉だけじゃあ伝わりっこないんだ……」


 背に隠して持っていた二組の双剣、その内の一組をルナクィンのそばに放り投げる。それの視線が双剣に向いたことを確かめると、ソルクィンは問答無用で打ちにかかる。


「ちょ……なんだってのよ!?」


「俺だって負けたんだぞ!」


 咄嗟に双剣を拾って受けるルナクィンに怒鳴られたが、ソルクィンはさらに大きな声量で返した。一度の敗北に挫け、うじうじとする姉の姿が、どうにも我慢ならないでいた。


「な、何を急にいきって……」


「腐ってんじゃねぇよ、負けたのが自分だけだとか思ってんのか、あぁっ!?」


 豹変したソルクィンの勢いに気圧され、双剣を受ける一方のルナクィンだったが、いくらか身体を打たれると、頭に血をのぼらせた。


「だぁ、くっそ、もうっ、うるさいわね、乙女にはそれ以外にも色々あんのよ!」


「悲劇のヒロインぶってんじゃねぇよ!」


「ぶってません、精一杯やりました、あの女に勝つためにねぇ、頑張ったのよ!」


「正直に言えよ、闘技場の暴れ牛とか言われて、本当は図に乗ってたんだろぉ!?」


「牛とか呼ばれて満足なわけないでしょ、あんた馬鹿じゃないの!? まぁ、あんたみたいに、地味に負けて消えるよかよっぽどましでしょうね、お疲れ様ぁ!」


「ふざけんなよ、俺が相手にしたのは煌気化なんてできる奴なんだよ、まだ養成学校の生徒なのに、煌気化だよ、反則だよ、姉さんなら勝てんのかってんだよ!?」


 一目がないのをいいことに、双子はぎゃあぎゃあと喚き散らす。


 素直に思うまま言い合い、激しく打ち合った。中途半端にも力を手にした姉弟の喧嘩は、普遍的な一般家庭のものと比べ、相手を打ちのめすには合理的な動きをした、非常に高い領域で繰り広げられていた。


 静かな湖畔に、乾いた木のぶつかる音が響き、やがて喧嘩と無関係な罵声が飛び交うようになる。


 結局、疲れ果てて共倒れをするのが、この姉弟のお約束であるのだ。


「わかってんのよぉ! なんで負けたのかも、こうしてても意味がないってことも、でも滅茶苦茶強かったのよ、あんだけ美人のくせに……ずるいよぉぉぉ!」


 ルナクィンが仰向けに転がって泣きじゃくり、足をばたつかせた。


「えぇ……姉さんまじかよ」


 本音を耳にして、ソルクィンは思わず気を抜かす。何にせよ腹の内が知れたところで、一緒に寝転がって、彼は言葉を選ぶことにした。


「姉さん……俺たちまだ一年だよ。なのにあれだけ戦えたのは、この一ヶ月があったからだ。今のでもそれはわかったでしょ? こんな姉弟喧嘩、きっと俺たちにしかできない……まぁ身内贔屓かもしれないけど、姉さん目鼻立もいい方だと思うし、これから両方磨いていけばいいさ……俺もまだ諦めてないし……」


「……ありがとう」


「はいはい……」


 普段からルナクィンが強気な性格であるのは、弱い自分を鼓舞して、自分のもろい部分を守るためである。誰にも本性を悟られたくないのである。その弟だからこそ、人一倍の情が湧くし、弟だからこそ、心底立ちなおって欲しいと願える。


 この姉弟喧嘩は、そんな姉の一面を知るからこそできる、ソルクィンなりの励まし方だった。


 気持ちは言葉にし初めて誰かと共有され、いつか誰かと懐かしみも、悲しみも、憎しみもできる。孤独に抱えれば、その記憶は孤独である。誰かと抱えれば、その記憶は孤独でない。


 あたりまえの、それでいて、やはりあたりまえすぎて、忘れがちなことだろう。


 姉弟はこれを繰り返す。そして、これからも今日のように、積みかさねていくのだ。


「姉さん……みんなのところへ行こう」


 ソルクィンは立ちあがって差し伸べる。袖で涙を乱暴に拭って、手を取ったルナクィンの瞳には、見慣れた輝きが取り戻されていることを感じていた。


 そうして闘技場に向いた姉弟の足は、一歩も踏み出すことなく止まる。道の先を、黒ずくめの二人組によって、阻まれていたからだ。


4/11 全文改稿。

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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