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不穏な動き

 

 同日、日がかたむき始めた頃。


 闘技場では、初日の最終戦である第六試合が行われていた。


 この試合の直前。ソルクィンの登場は、手にした双剣もさることながら、瓜二つの姉に例のあだ名が定着するまでの過程も影響して、客席に大きな期待を与えた。


 とはいえ観客の話題は、遅れて登場した第六のジャンゴによって、すぐに切り替わった。


 昨年に一年生にして出場した彼が、昨年とは違った類の木剣を手にしていたからだ。


 その後に開始された試合の展開としては、おおよそ十分が経とうかというこれまで、未だ両者ともに決定打を欠く平行線である。現状、実力は拮抗しているともいえよう。


「これは興の深い試合でございますね」


「いやはや、ジャンゴ君はよく育っていますな」


「えぇ、ジャンゴはわたくしの教え子の中でも、特に優秀で意志の強い生徒。また第六の二年生の中でも、わたくしの特性を色濃く受けた生徒なのです」


 ソルクィンとジャンゴがしのぎを削る一方。


 ジョンとシアリーザの二人は、客席から試合の動きを見守っていた。立場上は競い合う関係にあるが、特に険悪なこともない。むしろ、互いの教え子の話に華を咲かせるばかりだった。


「ほう……では、シアリーザ殿も両手剣を?」


「ええ、幼少の頃より。それにしても、そちらのソルクィン様も、実に素晴らしい。冷静で見切りや狙いも絶妙……何よりあの剣捌きです。よほど絶え間ない努力を重ねられたのでしょう」


「それをいうなら、あの手数を受けきるジャンゴ君でしょう。剣の長さを十二分に生かした戦い方をしている。ソルクィンがうまく間合に踏み込めていない。一朝一夕では身につかない芸当だ」


 両手持ちを前提とした身の丈ほどの木剣――両手剣。


 双剣と刃渡りを比較すれば、一見して長さの差が倍はあるとわかる。これらを踏まえて、使用者の体格差も考慮すれば、間合に関しては圧倒的にジャンゴに分があった。


 そもそも舞踏双剣術の舞踏は、相手の広い間合を不規則な動きで攻略するためのものだった。


 ついては、両手剣使いであるジャンゴとの立ち合いは、得意分野としていた。しかし、比較的多くの機会を得ていてなお、それでもソルクィンが攻め切れていないのは、ひとえに技量で凌駕されているからだろう。


「あぁ、なんて美しい舞踏なんだ……今すぐ脱いで踊りたい気分にさせる」


「っと……油断するな、この人は強いんだぞ」


 ジャンゴが見せるいかがわしい腰使いに集中を欠いても、ソルクィンはすぐ自分に言い聞かせる。


 単純な実力は俺よりも上、舞踏による立ち回りの優位性で総合的には互角だ……。


 たった今隙を見つけたけど、間合の一番深い位置にある、ならやっぱり……。


 彼はそう分析すると、身体の正面で双剣を交差させた。舞踏双剣術の開祖が考案した、猛襲舞踏の構えである。これが現状をくつがえす最善の手だと考えた。


「ふふ、来る気かい……いいだろう、美しい俺の胸に飛び込んで来い!」


 足を肩幅に開いた、やや半身の姿勢。肘を高めにあげて、両手剣をこめかみの近くに引きつける。剣尖は静かに相手を向いて下がると、相手を見据える視線と重なってピタリと止まった。


 官能的な声色で唄ったジャンゴも、そう構えなおした。


「あれこれ観察してばかりはいけないな……俺もたまには姉さんを見習わないと……」


 反撃は最大三手、刺突、低めの大振り、切り返し……。


 予想して呟いたソルクィンは、ジャンゴに向かって突撃する。


 両手剣の間合の端を踏んでほぼ同時、太ももへの刺突攻撃を舞踏の足捌きで避けた。


 後退しつつ引き戻して振り抜かれる両手剣、自分の腰を狙った痛烈な一撃を、交差した双剣で受けて頭上に流す。宙に残った両手剣を、身体でむかえに行くように、相手が横っ飛びをした。


 ここで、予想は正しかった、と彼は悟った。


「……ここだ!」


 斜めに振るわれる両手剣を舞踏の反転で避け、ジャンゴの懐に切り込んだ。


 ――その時だった。


 突如として相手の身体を包んだ光に、ソルクィンは双剣もろとも弾き飛ばされた。


「まさか、本当に飛び込んで来るなんて、嬉しくて発情してしまったじゃないか」


「そんな……そのフォトンは……?」


 ソルクィンは転がった身体を起こし、改めてその光の正体を確かめた。


 見間違いでも何でもない、紛うことなく煌気だった。練気により高密度のエネルギーとして可視化したフォトンは、通常のフォトンでは太刀打ちできないほど、大きな力を秘めている。


「残念だ。もう少しお前の舞踏を感じていたかったが……すまない、時間がないん、だっ!」


「くそ……こんなことで、諦めきれるわけが!?」


 ジャンゴから真っ直ぐ切り込まれたソルクィンが、もう一度、予想を立ててむかえ撃つ。しかし、その予想はまったく役に立たなかった。


 これまで相手にしていた生き物は、煌気に包まれたことで、別の生き物になっていたのだ。


 体表面で激しく流動する煌気に、打ち返した双剣もことごとく弾かれた。驚異的なまでに飛躍した身体能力に、舞踏の利点を活かす間もなく圧倒された。


 もう見切りや技で埋められなくなっていた。


 ――煌気は騎士長級の硬気で防げない。


 縦一線に振り下ろされる両手剣が、交差して受ける双剣を叩き折る。それでなお威力を失わずに、ソルクィンの肩を豪快に打ち抜いた。得物に籠気されたフォトンの力も、違いすぎていた。


『それまで、勝者ジャンゴ=スカダニア!』


 すぐの回復を見込めない肩の粉砕骨折、あるいは武器破損により、続行不可能と判断した審判が、試合に決着をつける。上級騎士クラスの登場と試合ぶりを見た観客が、当日で最大の歓声をあげた。


 これに埋もれて敗北を自覚したソルクィンは、その悔しさから、しばらく立ちあがることができなかった。





 土を均したり、木屑を拾ったり、闘争の場では初日の後始末が行われている。


「これは、一本取られましたな」


「あらまぁ……ジャンゴ。使ってしまったのですね。一回戦は使わない約束でしたのに」


 客席で大会の余韻に浸っていたかたわら、ジョンから「ではやはり?」と確信めいて尋ねられた。シアリーザは「えぇ」と悩ましげな面持ちで相槌を打つと、こう続けた。


「お見通しでいらっしゃるご様子……はい、あれは急造品なのです。本来、煌気化は多くのフォトンを手にした段階で習得せねばなりません。練気を行うだけでも、フォトンは消費してしまいますから。ジャンゴのフォトン保有量では……」


「ほかの子供たちと比べてやや少ない。煌気で戦えるのは精々、一分といったところですかな?」


 シアリーザは目を丸くする。


「まぁ、もしやこの位置から、ジャンゴのフォトンを知覚なさったのでしょうか?」


「いえ、これは当てずっぽう……まぐれですよ。では、私はそろそろ子供たちのところへ戻ります」


「えぇ……また明日、お会いしましょう」


「それでは……」


 剣術エリート校である第一の生徒たちを、造作もなく破った第三の生徒たち、それを育てた教官。聞けば自分と同じ立場で、まだ三ヶ月前になったばかりであるらしい。


 客席の奥に去っていくジョンを目で追う。その奇妙な存在感と雰囲気の正体が気になって、彼女は試合中にずっと探り続けていたが、終ぞ特別な気配も感じられなかった。


 なんて不思議なのかしら、一体どういった素性をお持ちの方なのでしょう……?


 純粋に興味を引かれる彼女は、無自覚にも口元を緩ませていた。


「なんてことだ……シアリーザァ、駄目だよそれは……」


 シアリーザを遠目に見やっていたヨルツェフは、歯茎に血が滲むほどの強い歯軋りをした。


 初日の結果として、第一から二回戦に勝ちあがったのはヴォイドだけだった。それ以外はことごとく第三の生徒に惨敗を喫したのである。例年にかんがみ、成績は一考するまでもなく思わしくない。


「許さない、許さないぞぉ……」


 シアリーザに並々ならぬ執着があったヨルツェフは、シアリーザにそんな表情を向けられる男が、第三の教官であることを思うほど、憤らずにはいられなかったのだ。


 日没にあわせて、ウェスタリア剣術代表選抜大会の初日は幕を下ろす。順風満帆に大会が進行する裏では、ヨルツェフが人知れず、不穏な動きを始めようとしていた。


4/11 全文改稿。

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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