それぞれの戦い
同日、午前中。第二試合の開始直前のこと
「何、やっぱ双剣とか使うの? 格好つけの剣が選ばれるとか、第三はカスばっかりなんだな?」
第一のオルゴフは、闘争の場に現れたルナクィンを侮蔑した。だから、いざ試合が始まると焦りを禁じ得ないでいた。なにせ手も足も出せず、圧倒的な手数で翻弄され、一方的に打たれているのだ。
心境としては、組み合わせが発表されてから、
「双剣とか、倒すの余裕だろ、へへへー」
と吹聴して回っていた自分を咎めたい一心だった。
「ホロロ先輩の仇ぃぃぃ!」
「ひぃっ!?」
イスラドゥンナ山脈に自生する樹木から切り出した、瘴気を内包する双剣。延々とフォトンを吸収するその得物を振るい続けた一ヶ月に、双子が習得したのは、双剣を身体の一部とする感覚だった。
今では双剣で触れるものを感覚して、爪の厚さ単位で剣筋を調整することもできる。
時に、遠くから投げられた生卵をさばき、破らずに受け止めた双剣は、もはや腕の一部である。
双剣を身体の一部と仮定する舞踏双剣術だったからこそ、この訓練には時間を費やすだけの価値があった。双子が剣を自分の一部として操る力は、すでにほかの生徒の比ではない。
「ホロロ先輩の痛みぃぃぃ!」
「だ、誰のことを!?」
昨日の一件とまったく無関係なオルゴフに八つ当たりする。
ルナクィンは応酬される木剣をさばく手加減で、木剣が威力を失う、と相手に錯覚させた。反発せずにあえて懐に誘い込むことで、舞踏に巻き込みやすくしたのだ。
作戦は型にはまり、相手の倍以上の手数をもって打ち返せていた。
その度に、彼女は復讐の念を声にして張りあげて――。
彼女が手加減していることは、ほかにもある。オルゴフの意識が飛ばないよう、双剣の威力をおさえることだった。
相手の意識が絶えない以上は試合が継続するし、溜まった鬱憤をより晴らすことができるのだと、この乙女の怒りは思いのほか冷静に爆発していた。
これに気づいたオルゴフが、一方的な猛攻に耐える自信と、展開をくつがえす戦意を喪失する。
「くたばれぇぇぇっ!」
「ま、負け、降参する!」
尻餅をついて降参を宣言されようが、双剣をおさめる気などまったくない。四つん這いのオルゴフを追い回し、何らためらいもなく止めを刺そうと、ルナクィンは双剣を振り被る。
すかさず静止に入った審判から羽交い締めにされてなお、
「ふっざけんじゃないわよ! まだやれるでしょ!? あんた双剣がなんとかかんとか――」
ふんがふんがと鼻息を荒くして、じたばた暴れていた。
『しょ、勝者、ルナクィン=キュステッ……!? だ、誰か、手を貸してくれ!』
そんなルナクィンに手こずる審判が、必死に決着を宣言する。次の試合が始まるまでの半刻の間、観戦していた誰かが言った『闘技場の暴れ牛』というあだ名が、彼女に定着した。
同日の昼下がり。
「暴れ牛か……はははっ。ちょうど双角で、言い得て妙じゃないか?」
あだ名のことを知ったルナクィンが仏頂面で「むぅ」と唸り、ふと堪えきれなかったミュートが、噴き出すように腹を抱えこむ。
闘争の場では、第四試合の開始を待つホロロが、執拗に思い出されるミュートたちのそんなやり取りに、軽い笑いをうつされていた。
「……何を笑ってる? 余裕だな?」
棘のある声を当て付ける。
対戦相手のホロロが見せる緊張を欠いたような仕草に、第一のハイネロはわずかに苛立った。
シアンに聞いた話じゃ、一番弱そうな奴ってことだが、面と向かってみりゃあなんだ……?
観察するほどに感じられる相手の異質な雰囲気に、彼はそう調子を狂わせてもいた。
「あ……ごめんね……君のことを笑ったんじゃないんだ。もう笑わないから……」
毒気もなく謝るホロロの中に、膨大なフォトンを知覚する。その小さな見てくれにそぐわない圧倒的な気配にあてられ、彼は開始を待たずに身構えてしまった。
おいおいおい、んだそりゃ、騎士長クラスどころか、上級騎士クラスも超えてねぇかよ……?
未だ覚えのない経験に、慢心や油断を捨てなければならないと、ハイネロは自らを戒めた。
『これより第四試合を執り行う。両者位置へ……始め!』
審判の合図がなされた。
しかも、木刀ときたもんだ。双剣といい変わり者が多いみたいだな……。
ハイネロは定位置で静かに構えると、同様のホロロを距離がある内から警戒する。相手がしている黄龍の構えの印象から、それが後手の返し技であることを察した。
彼はふいに純粋な対抗心が湧いた。
「なら……こいつをどう受ける?」
煌気にいたらずとも練気ができる能力者は、練気を衝撃波として放つ――『気撃』ができる。それはイスラドゥンナ山脈の覇者が、瘴気の力で真空の刃を放ったものと、原理を同じくする力だった。
ハイネロは第一の中で、唯一これを習得していた。
煌気にできるだけの力がないからこそ、彼が木剣に籠めて放つ気撃は、図らずも無色透明なのだ。
――四神方位、北方、玄武の型。
いくらか飛来してきた気撃を、ホロロが四神方位で打ち散らす。見えない余波が、彼の足元の土を削った。するとうっすら砂埃が立ち、無風である闘争の場、彼の身体にまとわりついて漂った。
攻めに対して最も守りが堅い玄武の型には、並の攻めでは通用しない。
ぜんぶ見えてるってか? あっさり防がれたのは初めてだぞ、なぁ、おい……?
難なく対処した相手を、ハイネロは訝しんだ。やや動揺もしていたが、すぐに好奇心で払拭する。相手との距離を保ったまま、しきりに気撃を放ち、じりじりと間合いをつめていく。
打ち落とされる間隔が短り、余波で巻きあがる砂埃も量が増え、蔓延を始めた。
「ここだ!」
この機を見計らうハイネロが、ホロロの股下にわざと気撃をぶつける。
狙いは砂埃を一気に巻きあげて、相手の視覚を奪うこと、その上で背後から強襲することだった。しかし、視覚を奪われてなお、四神方位は機能していた。
完全感覚の力は、相手の位置のみならず一挙手一投足までも、持ち主に把握させたのだ。
――四神方位、南方、朱雀の型。
背後からきた鋭い横なぎの切り込みを、ホロロは低姿勢でうしろ跳びにかいくぐる。
ハイネロの左手に抜けて上体をひねると、木刀の柄尻を回し向けた。ちょうど、相手のみぞおちを突くように、瞬間的な狙いを定めていた。
相手の右手に抜けて突き殺す、本来はそうであるが、彼はそれを避けて選ばなかった。
攻めに対して最も反撃力が高い朱雀の型は、加減をしなければ一撃必殺になる威力があるのだ。
「シアンの奴、嘘つきやがって……お前、めちゃくちゃ、強ぇ……なぁ……」
ハイネロの体がくの字に折れ曲がるような一撃を炸裂させる。これに悶絶した相手から、ホロロは力なくもたれかかられた。打ちのめした相手が気絶する間際には、そう途切れ途切れに聞かされた。
『勝者、ホロロ=フィオジアンテ!』
ハイネロが気絶したことを確認して、審判が試合の決着を宣言した。客席の熱気が高まって闘技場を包み込む。この試合が高い領域で繰り広げられたものだということは、一般人の目にも瞭然なことだった。
「うわっ……えっと、なんだか照れ臭いな……」
注目と賞賛をあび、ホロロはたじろいだ。名前も知らない沢山の人々、誰かから――ということに免疫がない彼としては、なにやら嬉しいような、気恥ずかしいような、曖昧な気分だった。
4/11 全文改稿。
2018年1月12日 1~40部まで改行修正。




