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開催の時

 

 九月一日。ウェスタリア選抜大会の開催日。


 今朝の晴朗とした天候は、向こう数日も続くだろうと思わせる、澄み切った青色をしていた。


 選手たちが一夜を過ごしたコテージからさほど離れてもいない、バルパーレイクの街はずれに聳える巨大な円形闘技場。最大収容人数はおおよそ三万人。


 他国が所有する闘技場と比較すると小さいものであるが、二人の選手が剣を交えるには広さも十分だろう。


 客席は開催を心待ちにしていたバルパーレイクの住民で埋まっていた。また、闘技場の周辺では、この人入りに乗じて遠方から露店を開きにきた商人の姿もあった。


『……よって、我がウェスタリア国は、ここに剣術代表選抜大会の開催を宣言する!』


 大会運営代表が、威風堂々と開催を宣言した。


 剣術の兵科がある第一、第三、第六騎士養成学校の代表候補――計十二人の生徒が、闘技場の中ほどで横一列に並んで聞いていた。


 フォトンストーンを使った拡声器で、これが闘技場の全域に響きわたると、客席から歓声があがり、乾いた大気がびりびりと震えた。


『これよりは大会についての説明である。


 一つ、今大会は東西六人に分けた、勝ち抜き方式で行うものとする。


 二つ、基本は全四戦であるが、人数の都合上、東西一組ずつ全三戦の枠組みを設けるものとする。


 三つ、組み合わせは公平を期すため、この場で抽選した結果を不変のものとする。


 以上。ではまず諸君らには、くじを引いてもらおう』


 進行にあわせて運営に回される箱の中から、代表候補たちが封筒を一枚ずつ選ぶ。


 左から順々であったため、右端にいたホロロのみ選択肢がなかった。


 なんだかちょっと損した気分だけど、まぁ残り物には福があるっていうし……。


 そう前向きに考えるホロロが、ほかの代表候補と一緒に開封する。中には番号の記入された洋紙が折り畳まれてあった。


『組み合わせは1対2、3対4、5対6……11対12となる。それぞれ洋紙を掲げよ』


 それぞれ割り振られた番号は、次のようになった。


 ホロロが『8』 ミュートが『2』 ルナクィンが『4』 ソルクィンが『12』 


 ジャンゴが『11』 トールが『6』 ヴォイドが『9』 シアンが『1』


 その他第一の生徒が『3』と『7』 


 その他第六の生徒が『5』と『10』


『抽選の結果、第一試合は、第一――シアン=エタ 対 第三――ミュート=シュハルヴである。これを半刻の後に行うものとして、以上で開催式とする。解散』





「ふむ……ホロロたちはうまい具合にばらけたようだ。ミュートはどうしている?」


「控え室で集中しています。ホロロ君も付き添いに行っていますし、何より彼女のことですから、心配ないでしょう。その点は私が保証しますよ」


 開催式後、闘技場の回廊には、組み合わせ表がいくらか張り出された。


 ジョンは結果を確かめて、ネネにミュートの具合を尋ねる。それでも実際のところ、彼女の返事と内心は同じで、煩いなどまったくなかった。


「ホロロの枠は全三戦のものか。これもまぁ、運も実力のうちということか……む、ソルクィンの相手は第六のジャンゴという子か。シアリーザ殿の話によれば、第六では随一の使い手らしい」


「剣術のエリート校と呼ばれる第一が、毎年大会を総なめにしています。ですが昨年、ジャンゴ君は二回戦こそ敗北しましたが、一回戦で第一の生徒を相手に勝利したそうなんです」


「ほう、第一騎士養成学校とは、それほど剣術に精通した学校なのか……心変わりをする気は更々ないが、初めから第一の生徒を育てなおした方がよかったのでは?」


「いえ……そんな第一ですから、連邦とも深い繋がりがあります。管理局も第一の理事長に例の事情を伝えることは避けました。あまりいい評判がないんですよ」


 過去の記憶をたどったネネが、うんざりしたような口ぶりで言った。


「まぁ、あの礼儀知らずな男が幅を利かせるくらいだしな。生徒も生徒で、素行が悪そうだった」


「誰かが選抜代表になれなければ、ウェスタリア代表の子供たちを指導する機会も失います」


「ともすると、これにすべてがかかる、か……」


 こんな場所で挫けるお主らではないのだろう……?


 ジョンは組み合わせ表を改めて見ると、今大会に臨むホロロたちに念じかけるのだった。



 ※



「それじゃあ、いってらっしゃい」


 ホロロから見送りの言葉をもらい、ミュートは凛とした表情に喜色を含ませた。


「あぁ……君の代わりに、昨日の借りを私が返そう」


 小ぢんまりとした選手用の控え室。


 そこから続くせまい通路を抜けると、吹き抜けの天井から日が差し込む、一面に土の敷かれた闘争の場があった。ミュートとシアンが対角から姿をあらわし、それぞれが中央まで歩を進める。


 たったこれだけのことに客席は沸き立ち、血気盛んな雰囲気を醸し出した。


『試合は木剣等を用いて行う。決着のルールは気絶、降伏、あるいは一方が戦闘続行不可能だと判断された場合とする。相手を死にいたらしめる箇所への故意な攻撃は注意、実際に死にいたらしめた場合は無条件で敗北となる。なお――』


 開始の合図を前に、審判が試合規則の説明をする。


 これを耳にもとめず、シアンが浮薄きわまりない仕草でニタついてみせた。昨日の今日で、早くも対戦する機会がめぐってきたことに、彼の興は乗りに乗っていた。


「まったくなぁ、まさかだよなぁ……お前も運がないぜ。速さで挑んで速さで負けるほどダセェことはないからよ、せいぜい恥をかかないように頑張れよな、て・ん・さ・い」


「……お喋りが好きな奴だな」


 ミュートは取り合うこともしなかった。とはいえ怒りがないわけでもない。ホロロの顔を叩いた目の前の男、それを見据える瞳に、彼女は無自覚にも如実として表していた。


『では、これより第一試合を執り行う。両者位置へ』


 互いが10メィダほど離れた定位置に立った。


 観客は緊張が高まる一瞬に静まり返り、誰もが一点に注目をしている。


 まもなく、第一試合の開始が――ウェスタリア剣術代表選抜大会の開始が告げられた。


『始め!』


 ほぼ同時に、シアンは地面を蹴っていた。操気と体気を使って脚力を高め、一気に加速する。そのままミュートをかく乱しようとして、闘争の場を四方八方に駆け回った。


 速いんだろ、天才なんだろ、三流学校のレベルで反応できるもんなら、反応してみろよ……!


 彼は進行方向を急転換させると、失速もなく彼女の背後に強襲する。


 一連の動きを正しく目で追えた者は、一般の観客の中にもわずかしかいない。


 本来の人間が運動できる領域を超えさせる力、それがフォトンという特殊な生命エネルギーには宿っているのだ。これこそ、並外れたフォトンを保有する能力者が、兵器として成立するゆえんの一端だろう。


 時に、この大会はその優劣が示される場でもある。


 掠ることもなく、シアンはミュートに切り込みを避けられた。すれ違う一瞬に打ち返されて、わけもわからぬうちに、足首の骨を砕かれてもいた。転倒せずとも態勢を崩せば、彼も動きを止めずにはいられなかった。


 は? なんだ、なにが起こってんだ……?


 まさか打たれたのか、あの一瞬で俺の速さが見切られて、そんなはず、ありえねぇだろ……。


 砕けた骨をフォトンで治癒しながら、彼は「どうなってんだ……?」と狼狽する。


「速さに対する絶対的な自信、速いだけで狙いが透けて見える剣……そうか、私はこんなに見っともない戦い方をしていたのか……恥ずかしい限りだな……」


 以前の私は、今の切り込みに対処ができただろうか、いやできなかっただろう……。


 あの時までの私は、自分の剣以外が見えていなかった……。


 ミュートは思い比べて、自虐を呟いた。


 ふたたびかく乱に動き始めたシアンを、淡々と目で追う。操気と体気で総合的に身体能力を高めた次の拍子、相手が視認できない速度まで加速すると、彼女は同じことをして返した。


 自分を見失った相手に迫るのは容易く、気づかれる頃には、すでに間合いをつめきっていた。


「知っているか? 速さで挑んで速さで負ける相手に出会うと、私たちは逃げ場がないらしい」


 驚愕で強張るシアンの全身に、ミュートは超速の乱打をあびせた。相手の意識を刈り取る間際に、そうした皮肉の一つでもかけられたなら、多少なりとも溜飲が下がる思いだった。


 試合の結果は、審判が確認をするまでもなかった。闘技場には圧倒的な速さで相手をねじ伏せた、ミュート=シュハルヴという勝者の名前が轟いた。


 一瞬の決着に客席が騒然とする中で、ウェスタリア剣術代表選抜大会は幕を開けた。


4/11 全文改稿。

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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