選手達の集い
一方その頃。
大会を翌日に控えて英気を養っていたホロロたちは、ルナクィンが何となしに口にした「何だかじっとしていられないわね」という言葉に同調すると、連れ立って夜風に当たろうと考えた。
星が漫然と輝く空の下、遠目の見える照明の明かりを目印に、ぼちぼちと歩く。
やがて足元が芝から石畳になり、四人の影がくっきりと落ちる頃には、多目的広場についていた。
「なんとなくきちゃったけど、ここで何をしようか?」
「あぁ、ホロロ先輩、あたしたちの新婚旅行は、やっぱりここに……」
ホロロが三人に尋ねると、ルナクィンが夢心地の顔で真っ先に答えた。
しかし、噛み合わせがおかしい。
とはいえ、さほど重要な受け答えでもないし、誰も彼女に文句を言ったりしない。また、この一ヶ月に同様のことが繰り返されてきていれば、今さら正そうなどと、三人も思わない。
「姉さんが言ったとおり……なんだかじっとしていられなくて、なんとなくきちゃいましたからね」
「昨日まで漠然と見えていた舞台が目の前にあるんだ、正直、、私もなんだか落ちつかなかった」
ソルクィンとミュートが心境を吐露する。
「にしても、この一ヶ月間は辛かったわねぇ、途中で心が折れそうになったもの」
我に返って、ルナクィンが話に加わる。
「一体どこから持って来たのか知らないけれど、フォトンを吸収する双剣とかわたされてさ」
「私は最初の方、ネネ教官に連れられてイスラドゥンナ平原に行ったな。それで帰って来てからは、三人に混ざってジョン教官と四対一……結局一撃も与えられなかったがな」
三人が思い出し笑いをした。
緊張ではなく、憂いではなく、一ヶ月間の訓練を思い思いに語る。彼ら四人が無意識下で抱く感情は、一対一の真剣な闘争を目前とする興奮と、それに対する自信だった。
「なんだ……みんな同じなんだ」
ホロロは三人を見回して呟いた。
なんだろう、身体がぞわぞわしてる、カマザンさんと戦った時みたいだな……。
血が滾る感触に身をゆだねる。これが自分だけではないと知って、彼は安堵した。
そうやって広場にあったベンチに腰かけ、ぼんやり屯していたところ、彼は遠くの方から誰かが近づいてくる足音を聞いた。
「その紫の線は……第三の生徒か?」
出会い頭に色気ただよう声で尋ねたのは、第六騎士養成学校のジャンゴ=スカダニアだった。
赤い線の入る生徒用制服を身につけた男子。
垂れ落としの赤い長髪がはえる色白肌、甘く整った顔立ちで、それでいて目つきは獰猛な野獣じみている。体格良く引き締まった長身とあわせて見ると、やや大人びた印象があるだろうか。
彼はその顔立ちや雰囲気から、第六の女子生徒の人気を独り占めにしている生徒でもある。
「そうだけど、赤い線っていうことは……君は第六の?」
「あぁ、ジャンゴっていうんだ。ところでそこの美しいお嬢さん……今夜、俺の部屋に来ないか?」
尋ね返されて名乗ったジャンゴは、ミュートの前にひざまずいた。彼女の色白い手を包み取ると、うつむいて垂れ下がった赤髪の中に引き込んだ。
その所作のなんと手馴れたことか、彼はそのまま口元まで引き寄せて接吻する。
あれよあれよと――されて、ミュートが「ひぃっ!?」と鳥肌を立てた。
「んあぁっ、なんだったら、今すぐここでもっ!」
不快感に怯んだミュートの眼中で、ジャンゴは制服の上着を荒々しくはだけさせた。
身悶えるような、非常にいかがわしい動きで自己陶酔に浸る。これだけにとどまらない。いやらしく指を這わせるように下半身へ手を伸ばすと、彼は乙女が迂闊に見てはいけないものを露出せんとした。
しかし、怒鳴って現れた誰かの飛び蹴りが、それを阻止した。
助走の乗っていたその一撃に、ジャンゴの身体は激しく弾かれ、ごろごろと横転する。
やったのは、ジャンゴと学籍を同じくするトールだった。
茶髪を短く刈りあげた男子。
同年代と比較しても、大柄の部類に属する体躯の持ち主であろうか。禁発達もよい身体は、第六の生徒用制服を着ても隠しきれてない印象がある。
「馬鹿野郎が、よそ様に迷惑かけないって約束はどうした!?」
「ふふふ、なんて罪な……美しい俺」
トールは反省の色を見せないジャンゴに憤慨していたが、今ばかりはその御咎めより、謝罪を優先しなければと考えた。第六の生徒として、身内の恥以外の何でもないと感じていた。
「どうもウチの馬鹿が迷惑をかけた、すまない」
「なんなんだ、そいつは?」
ジャンゴを指差して、ミュートが苛立つ。
「いや、なんだ……こんな奴だとしか言えんというか……どうか許してやってくれないか?」
ジャンゴに変わって釈明しようとするも、トールはうまく言葉が見つからなかった。
彼の手の早さが矯正の効かないものだとすでに諦めていれば、もう平謝りをするほかにない。ここに来てからというもの、彼はずっと腰を折ったままである。
また、誰かが近づいて来た。
夜のうす暗がりから、しだいに照明をあび、その二人は鮮明な姿を晒した。
「おぉおぉ、そろってんじゃん。第六のところのジャンゴと……あぁ駄目だ、あと知らね」
先頭を切っていたのは、第一騎士養成学校のヴォイドである。
青い線の入る生徒用制服を身につけた男子。金髪に三白眼と人相の悪いこと以外には、これという特徴もない。制服を着崩した風貌や、ポケットに手を突っ込んだ態度は、素行の悪さを思わせる。
開口一番の発言は、そこはかとなくホロロたちを軽んじていた。
取り巻きであるシアンも、素行が悪そうな人相、風貌、態度の三拍子がそろった男子生徒だった。そんな彼は「俺一人知ってるよ」としゃくった顎で一人を指して続けた。
「そこのお前って、天才とか呼ばれてるらしいじゃん? 速さで戦うのが得意なんだって?」
「……誰だお前は?」
ミュートに冷たく返されて興が乗ったシアンは、ことさら煽るように絡む。
「俺もそれが得意なんだよなぁ」。
「……だからなんだ?」
「いや、だからさぁ、お前たちみたいな三流学校のレベルの天才とかいわれてもさぁ……」
「別に……好き好んで呼ばれているわけではないがな」
気色も変わらず、騎士長クラスを優に超えたミュートのフォトンが、殺意を帯びる。
「な、何をしている、それ以上はよせ、そこのお嬢さんは……」
「あぁ? ひよった声で、横からなんだってんだよ。もしかして俺にビビってんの?」
ジャンゴが肝を冷やしている理由も、この横槍が親切であることも、シアンは気づかなかった。
「このっ……馬鹿が、相手の力量も読めない奴が無闇に……」
やむを得ずジャンゴが割り込もうとして、その先を越したのはホロロだ。
「あのぉ……もうすこし穏やかにしませんか?」
「次から次に……なんだよチビ、なんか文句でもあんの?」
「いやぁ、そういうわけじゃないけれど……たぶん、もうやめておいた方が……」
シアンは眉をひそめて、頼りなさげに口をはさんできたホロロを睨みつける。
張り合いのない、微笑みを絶やさない姿勢が癇に障って、その小さな頬に平手を打った。なお気がおさまらず、腕を振りあげたが「そのくらいにしとけよ」というヴォイドの言葉に動きを止める。
そこで初めて、彼は第三の面々から囲まれていると知った。
「うわぁ、くだらね……このくらいで、なにマジになってんだよ……」
シアンが一触即発の場から渋々と下がる。入れ替わりになったヴォイドが、品定めでもするように全員を流し見て、小馬鹿にした息遣いで言った。ひどく選民的でもあるようだった。
「あぁあぁ、無駄な努力とかしてるんだろうけどさぁ、どうせ今年も第一が代表になる予定だから。まぁ、せいぜい参加賞だけでも大事にもらって帰るんだなぁ」
「……戦いもしないのに、よく言うよな、今年の第六は……俺は一味違うぞ?」
「……言ってろ」
シアンと夜のうす暗がりに消えるヴォイドから、ジョンゴは去り際に吐き捨てられた。
「ホロロ先輩、大丈夫ですか、あぁっ、ち、血が出て…………あいつ、ぶっ殺してきますぅ」
「え? いや大丈夫、ほーら、傷口もふさがったからもう平気。ありがとう、だから落ちついて!」
ホロロへの仕打ちを受けて、恋に狂う乙女も心中が穏やかでない。闇討ちを予告するような目つきでいる彼女を強引に引きずり、第三の面々も自分たちの宿に帰っていった。
広場に最後まで残ったジャンゴは、ホロロの小さな背を眺めやって、トールに尋ねた。
「なぁ……あいつどう思う?」
「ミュートって奴か? ありゃヤバイな……背筋が凍っちまったよ」
「いや、そうじゃない。その横でウロチョロしてた小さいの、ホロロって奴さ」
「あん? 別にどうってことは……気になんのか?」
確かにあのお嬢さんも凄かったが、ヴォイドもトールも、誰も気づかなかったのか……。
あんなに静かで洗練されたフォトンを感じたのは始めてだ……。
好奇心に胸を躍らせるジャンゴは、翌日の大会開催が待ち遠しくてならなかった。
4/11 全文改稿。
2018年1月12日 1~40部まで改行修正。




