教官達の集い
剣術代表選抜大会の開催地であるバルパーレイクは、閑静な湖畔の街として名高い。
木の温もりを感じさせる外観も洒落ていて、美しくもある。街の歴史は戦前と古く、国の重鎮たちに保養地、社交の場として利用されてきた場所だった。
ウェスタリア国を占拠した連邦政府がこの街に手をつけなかったのも、壊すに惜しいと思われてのことだ。
連邦と帝国が開戦してから二百年の時が流れた今でも、その街並みと湖は変わらない。
八月三十一日。仰げば、澄んだ夜空がどこまでも広がって見える頃。
開催の前日、第三の面々はバルパーレイクに到着した。
参加者や関係者は、大会の運営が手配するコテージで、四日間の開催期間中を過ごすことになる。
中央に多目的広場が設けられており、そこから放射状に点々とログハウスが建てられていた。すぐ辺りに自生する針葉樹の森を抜ければ、美しく凪いだ湖を一望することもできた。
ここは高所得者層に人気の、ぞくに言う高級宿泊施設だった。
「ネネ殿は、これから会う第六騎士養成学校の剣術教官と面識があるそうだな?」
「ずいぶんと前のことですが……ウェスタリアに使者として派遣されてから、管理局独自の情報網で割り出した信頼できる学校と話して、その特別教官として彼女に要請をしたのが私なんです」
「事前に教えて欲しいのだが、どうだろう?」
「そうですね……非常にお淑やかな方で、私は彼女と対面した時に、一瞬で敗北を悟りました」
「ほう、ネネ殿が戦わずしてか。さしずめ現代の猛者というわけか?」
「あぁ、いえ……剣の実力うんぬんではなくてですね……」
ジョンは、大会運営から他校の教官との交流の場を設けられた。
今はネネを連れて、施設内にあるらしいそこまで、足並みをそろえている。途中にそうした話題を振ってから、彼女の受け答えがしどろもどろになったことを、彼は不思議に感じてもいた。
歩くこと数分、一棟のログハウスにたどりついた。
正面にあった玄関の扉を叩き、彼は乾いた木音を鳴らす。屋内から「はぁい」とのんびりした調子で返事を返された。びくりと肩を震わせたネネを横目に「失礼します」と挨拶をし、扉を開けた。
「まぁ、その紫のお召し物は……第三騎士養成学校の剣術教官様ではいらっしゃいませんか?」
「えぇ、そのとおりです。あなたの赤い制服は……確か第六騎士養成学校のものでしたかな?」
小綺麗な部屋の奥には、シアリーザ=ウィン=ウェスタリアという若人がいた。
栗毛色の縦巻いた長髪が似合う、長身で豊満な身体つきの麗人。赤い教官用制服という優雅さからは離れた格好であるが、どこかそれを帳消しにする高貴さを思わせる。
淑やかな仕草や話し方など、対面していて心証がいい。
彼女は、ウェスタリア王家の直系に当たる血を引いていた。
退位をして国の実権を失ったあとも、ウェスタリア人の忠誠は、長らく仁政を尽くしてきたウェスタリア王家にあって揺るがなかった。王家の人間は、未だ大衆に愛され敬われるままだった。
そうもやんごとない存在である彼女を目の当たりにすれば、日頃から自身の童顔と発育を気にするネネとしては、まるで張り合いの余地すらもなく、完敗の二文字を喫した気分である。
「お初にお目にかかります、わたくしはシアリーザ=ウィン=ウェスタリアと申します。ネネ様とはお久しぶりでございますね。その節は大変お世話になりました」
「これはどうも……私はジョン=スミスです。以後、どうかお見知りおきを。失礼ですが、ウェスタリアという家名は、やはりウェスタリア国と何かしらご関係が?」
ジョンが差し出す手を、物腰やわらかに取る。シアリーザは微笑みを絶やすことなく話した。
「はい。わたくしの祖先は、かのウェスタリア王でございます。ですが権威などは古き過去のこと、どうか畏まらず、対等なお付き合いをしていただけましたらと……」
「心得ましょう。いやまさか、お目通りが叶うとは。かねがねお会いしたいと思っていました」
「わたくしに……でございますか?」
「えぇ、かの偉人の子孫がどの様な方かと、どうやら私の想像どおり、よき御仁のようだ」
「あらまぁ、これほど素敵な殿方から、かようなお言葉をいただいては、照れてしまいますわ。お口が達者でいらっしゃいますね?」
「ははは、それはお互い様でしょう」
あれ、私ったらなんだか蚊帳の外ね……。
いや、別にいいんですよ、私はただの副教官にすぎないですから……。
でも、なんですかね、この言い知れない敗北感は……。
一歩下がって、ネネは一向に手を離す気配がない二人を眺める。
二人の談笑が耳に入るたび、胸に何かがチクリと刺さる感触を覚えた。これまで、色恋にまつわる意識がなかった彼女は、思わず『嫉妬してるの?』と自問し『ないない』と自答して強がった。
ふと、誰かがログハウスを訪れ、そんな二人の注意はようやく途切れた。
ノック代わりに鼻を鳴らして部屋に入るのは、ヨルツェフ=オルディアンという若人だった。
青い教官用制服に袖をとおす身嗜みもきっちりとした、精悍な顔立ちの男。表情の作り方や立ち居振る舞いの節々に、底意地の悪さが垣間見える。
ことごとく対照的なシアリーザと並べたとすれば、心証も際だって悪くなるだろう。
彼は第一騎士養成学校の剣術教官として、武闘祭に出場する生徒を育ててきたエリートである。
「おやおや……シアリーザだけじゃないのか?」
ヨルツェフを見るや否や、シアリーザが笑みを絶やした。
毛嫌いで顔色を曇らせるような御仁にも思えんしな……。
ともすればこの男に何かあるのか。はてさて、見たままの曲者だろうか……。
あからさまな彼女の様子が、ジョンは何やらそう訝しく思えた。見るに仲が良好ではないらしい、とも察すると、さり気なく二人をへだてるように立って、成り行きをうかがった。
「あぁ、何かと思えば生徒がそろいもそろってカスばかりと評判の、第三の教官ではないかな?」
ヨルツェフが両手を広げ、声高らかにはやし立てる。
直後に、ネネの身体から強力な煌気が、敵意と殺気を含んで溢れ出た。淡い光が大気を押しのけて気流を生み、部屋の中にある物を揺さぶる。
丸々と開かれたまぶたの中、彼女のギラギラとした黄色い瞳は、唐突にそう発言した相手の姿を映していた。
「今取り消すなら……まだ許す」
「へぇ……生徒はそうでも、雇っている教官はそこそこということかなぁ……」
ネネの煌気を確かめるヨルツェフの声は、そこはかとなく、見下すような韻を踏んでいた。
「……ほれ、そこまでにしよう」
ジョンはその脇腹を小突いて、ネネを制する。
集中が切れた彼女の煌気は「あひゃ」という間抜けな声と一緒に四散した。
うむ、ネネ殿はどうして、そう感情の堰が緩いのか……。
人を思う気持ちが強いことはわかる、それでも冷静を欠くのはいかんな……。
内心であきれても、気色にはしない。彼は愛想をよくして、ヨルツェフに握手を求めた。
「いや、どうも初めまして。私はジョン=スミスです。よろしく……」
ヨルツェフはそんなジョンを無視し、その横をとおりすぎる。眼中にあったものは彼でなく、奥にいたシアリーザだった。強張る彼女の横顔に歪んだ口を寄せて、彼は「例の話……」と囁いた。
「忘れてないよねぇ? 今回の選抜の結果しだいでは――」
「――それは……お父様が勝手に決められたことで……」
「君も往生際が悪い……まあいいさ、どうせ五日後にはすべてが決まるだろうからな」
「あなたという人は……」
「今日の要件はこれだけだよ……じゃあね、シアリーザ」
くるりと肩で風を切ったヨルツェフが、うしろ手を振り、ログハウスから出て行った。
しばらくは淀んだ雰囲気があとを引いた。最初にあった和やかさは、もう取り返せる気配もない。
大会の裏に抱える私情の憂いが、うつむくシアリーザの陰った目に、色濃く表れていた。
4/11 全文改稿。
2018年1月12日 1~40部まで改行修正。




