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一ヶ月


 発熱効果があるフォトンストーンをもちいた近代技術により、蒸気機関車が発明されてから七年が過ぎる。


 長距離交通が発達し、人々の暮らしに旅行というものが身近になった今では、戦時中であるという危機意識もうすい。戦争で多くの人々が命を落とした事実は、七十年と続いている停戦の中で風化しつつあった。


 だからこそ――なのだろう。開戦を望んでいる国があることに、開戦を望んでいる隣人がいることに、一般大衆は気づけないでいるし、想像が及ばないでいるのだ。





 八月二十九日。


 ウェスタリア代表選抜大会は、体術、剣術、馬術、弓術の種目で場所をわけて、ウェスタリア国内の四箇所で同時に開催される。


 第三騎士養成学校のように単一の兵科を専門とする学校があれば、体術と剣術、馬術と弓術というように、二つの兵科を専門とする学校もある。各校から出場する生徒の数には多少の差異があった。


 とはいえ『選抜大会の参加は一兵科につき四人までとする』と規定されていることもあって、特別に条件の違いはない。また、実質は大勢の観客に囲まれての個人戦であるため、不正が行われる可能性も低い。


 つまり基本的に代表になれるかは、すべて生徒の実力のしだいであるのだ。


「ほう、初めての蒸気機関車というものに乗ったが、これはよいものだな。馬車で十日かかるところを、二日で走るとは」


「私も初めてです。祖国では、あまりこういった金物は好まれませんから」


 出場する四人を選定してから、明日でもう一ヶ月になる。


 ジョン、ネネ、ホロロ、ミュート、ルナクィン、ソルクィンの六人は、ウェスタリア剣術代表選抜大会を三日後に控え、開催地に向かい蒸気機関車で国内を北上していた。


 当日の乗車客は彼ら以外におらず、まるで貸切の状態だった。


 蒸気機関車は一般人でも利用ができる。しかし量産の効率化が進んでおらず、台数が少ないこと、燃料であるフォトンストーンの消費量が多いこともあり、何かと利用料金が高い。


 おおよそ一般家庭における半年分の生活費と同価ともなると、よほどの祝い事か何かがない限りは、一般人が利用する機会も皆無といえよう。


 現在におもだって利用しているのは、高位の軍人か軍属、政治家や富豪などの高所得者層なのだ。


「最近になって、私もようやく現代の金銭感覚を掴めてきたが、それでいうと、ジルも奮発したものだな。なんなら、少し時間がかかっても特急馬車でよかったろうに……」


「この一ヶ月を乗り切った生徒たちへ、きっと理事長なりのご褒美ですよ。四人に『代表にする』と話してから、その……ジョンがあんな人を人とも思っていないような訓練をするものですから」


 ボックスシートの窓側の席で向かいあわせに座り、ジョンとネネは会話に興じていた。


「うむ。皆はよくぞ乗り切ったものだ。私の感覚が正しければ、私が戦場にいた時代でも、生き残れるかもしれない、というくらいにはなっただろうか……」


「え……あれだけ成長したのにですか? 戦時とは一体どんな時代だったんですか?」


「そうさな……まず、一般兵は一般兵と、能力者は能力者と戦うのが基本だった。能力者が一般兵を相手に一騎当千の活躍をするのは容易い。それは敵も味方も同じ……いかに自軍の損耗を少なくして勝利ができるかを考えれば、敵も味方も自然とそれを基本にしたわけだ」


 ジョンは軽い手振りを交えて続けた。



「だから大半の指揮官が戦場で注視していたのは、自軍の能力者がどれだけ生き残っているかということ。自軍の能力者が敗れれば、あとは単純な数の計算になる。だが能力者といえど水に溺れるし、毒に侵されるし、万能ではない。


 たとえば堰で増水させた大河川の水を一気に決壊させ、敵の隊列に流し込む。はたまた油を染み込ませた毒性のある草花を、あらかじめ敵の進軍経路に巻いておいて、その通過を狙って火矢を放つ……能ある指揮官は巧みな用兵をして、一般兵の力だけで能力者に打倒することもあった。決して能力者がすべてではないのだ」



 ここで話はまとめに入った。 


「あれこれ言ったが、最大の脅威は、やはり遠方から飛んでくる元素化フォトンの攻撃だろう。あれは平均して有効範囲も広いし、戦場の端から端まで届く一撃もありえた。


 後方で安心していた所に、頭上から無数のつららが降ってきたり、地面から突如として大樹が生えて足元をひっくり返されたりと、かえって前線が安全だったりした……かつての戦場は、どこにいるから安全ということもない、そんな場所だ。――かもしれない、これがどれだけのことか、伝わっただろうか?」


 これを聞いたネネであるが、どうにも想像がつかないでいた。


 当時を生きていたわけでもなければ、むかしは過酷だったのだとしか感じられなかった。


 今の自分の立場を思えば、彼女はそんな自分が何やら情けなくも思えていた。平和を謳う一方で、実際にその気持ちが強くあっても、結局は受け売りの言葉でしか脅威を語れないのだ。


「いけませんね……言葉では知っていても、やはり、私にはジョンの見ていた景色が見えそうもありません。ジョンと話すと、たまに管理局の人間としての自信を失くしてしまいそうですよ」


 車窓にうっすらと映った自分に、ネネが軽蔑のまなざしを向ける。


「仕方がないこと……停戦という平穏が続いているから、そうだと言えるのやもしれん。この開戦の危機を防げたとしても、人が欲を持つ限り、いつかまた戦争が起きるだろう。要は人がその間をどう生きるのかではないかと、最近は思うのだ。想像ができないからと語り継ぐのを諦めるか、少しでも平和を維持しようと――続けるか、果たしてそれに意味があるのか……私でもわからぬことだよ」


 ジョンはどこか、ネネを励ますように言った。


「ホロロ先輩ぃ、新婚旅行でまた乗りましょうね!」


「姉さん……ホロロさんが困ってる」


「うるっさいわね、あんたは黙ってなさいよ、このすっとこどっこい!」


 一方で、初の蒸気機関車の利用に、ホロロたちも浮かれ気味である。


 とりわけルナクィンはそうだった。直情径行型で思い込みが激しい彼女は、ホロロに押し倒されたことで恋に落ちた。


 当初、彼に抱いていた嫌悪の感情を、何をどう血迷ったか『あれは思春期乙女のときめきだった』と錯覚してしまっていた。


 そんな乙女といえば、ボックスシートでホロロの隣に陣取っている。


 相手の迷惑なども考えず発車からずっと彼の腕にしがみつき、恍惚とした表情をしてもいた。これを弟から咎められようが、顔を険しく百面相させ邪険にしたりと、まぁ頑なだった。


 この乙女、もとい姉を見っともいいと思わない弟が強硬手段に出れば、当然のように姉も抵抗するわけで。


 果たして、双子のやかましいじゃれ合いが始まった。


「ミュートさん、どうかした? 気分でも悪い?」


 窓際に頬杖をついて物思いに耽っていたミュートに、ホロロは尋ねた。


 選抜の話を聞いてから、ミュートさんはたまにこんな調子だ、一体どうしたんだろう……?


 ここ一ヶ月の間に、彼女が時おり見せていた物悲しげな様子が、気にかかっていた。今になって、彼はついに見過ごしていられる気分でもなくなっていた。


「いや、少し考えごとをな」


「そっか、ならいいんだけれど」


 ミュートの返事は、普段の凛とした調子のものである。


 それでいて、どこか作られたものにも聞こえると、ホロロは少し残念に思った。それでも、逆に気を使われてしまわないようにと、自分も表情を作らずにはいられなかった。


「……教官たちに他言無用とされた話を、君はどう思った?」


 車窓に流れる風景を見やっていたそれで、ミュートが流し目をくれる。


「武闘祭で今年勝てなかったら、また開戦するって話?」


「ああ。実際ありえない話でもないと思ってな」


「ジョン教官が言うなら、そうなのかもしれないけど……だから僕たちはこの一ヶ月間、そうならないように頑張ってきたんじゃない?」


「まぁな。でも仮に、もしも……もしも開戦したなら、私たちは戦場に立つのだろうか?」


「それは、その、どうだろうね……先のことは、僕にはなんとも言えない、かな」


「……そうだな。私も、わからないな」


 ほんの一瞬ではあるが、ミュートの細まる目に、闇を見た気がした。


 いやまさか、そんな、ミュートさんが――だなんて、僕の気のせいだよね……?


 気色がよくなったミュートを見なおすと、ホロロは何かの間違いだと思うことにした。そうでもしなければ、ぶくぶくと泡のように膨らんでいく不安を、払拭できそうにもなかった。


「あっ、ホロロ先輩、あたしが隣にいるのに、なんでミュート先輩とばっかり話すんですか!?」


 ソルクィンをしばき倒したルナクィンは、ホロロと話し込むミュートに気づいた。妬ましさを覚えた彼女は、すぐ二人の間に身体を食い込ませる。


 返事をしたのは、聞かれたホロロでなくミュートだった。


「わからん小娘だな。そんなもの、ホロロが私と話したかったからに決まっているじゃないか」


「な、なんですって!?」


 第三の剣術代表として、四人が行動をともにするようになってから、男子は良好な関係を築いているが、女子はいささか険悪だろう。


 いや、ミュートさん、実際そうなんだけど、その言い方は火に油で……。


 女子たちの諍いにも、ホロロはこの一ヶ月ですっかり慣れ切っていた。だからといって二人の迫力に尻込みして仲裁もできなければ、事の成り行きを見守るほかにはない。


「そうだ、少し外の景色でも見て落ちつかないか? 先輩としてこの席を譲ってやろう」


「あんたここに座りたいだけでしょ!? 生まれたのが一年早いだけのくせにぃぃぃ!」


 一人の少年をめぐり、いがみ合う思春期な乙女を二人。


 ネネが離れた席からニヤついた面持ちで眺めているなどとは、知る由もない。



4/11 全文改稿。

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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