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四神方位

 

「勿体無い……全力で相手の真剣に応える……」


 闘志を失っていると自覚したナクィンは、そんな自分を恥ずかしく感じた。


 磨きあげた双剣が届かない悔しさに苛立ち、試合とは関係ない私情にとらわれ、まだ確かな勝敗も決しない内に、自ら勝負を捨てようとしているのだ。


 あたしが今しがた振るっていた双剣は、なんのためだったろうか……。


 こいつは初めから、本当に勝負を捨ててなんていなかったんだ……。


 捨てているのは、あたしだったんだ……。


 腐りかけた彼女の闘志は、そう思うのにあわせて再燃する。


「なんだ……馬鹿みたい、こんな簡単なことにも気づけないなんてさ……」


 見慣れない構え、おそらく後手の返し技かしらね。木刀が即時的に振り抜ける位置にある……。


 右の防御が甘いようにも思えるけど、あの瞬間的に加速する体捌きを思えば、きっと違う……。


 でも、今のあたしには、そこを狙わない手はないか……。


 ホロロをまじまじと観察して、そう攻め方を考えた。開きなおって、相手から五歩ほど離れた間合いをとって、自らも構えなおした。


 足を前後に開いた、やや腰を落とした前傾姿勢。身体の正面で双剣を交差させ、相手を見据える目線とかぶせる。


 舞踏双剣術の開祖が考案した、相手の防御を突破する攻撃特化の構え――『猛襲舞踏の構え』だ。


「いいわ、上等よ、あたしの全力……受け切れるものなら、受けてみなさい!」


「うん、全力で応えるよ!」


 次でこの勝負には決着がつくだろう……。


 そう悟れば、もう二人の間に言葉は必要ない。


 ルナクィンの突進を待ち構えるホロロは、残りわずかなフォトンを操気し、感覚を鋭敏化させる。


 黄龍の型、青龍の型、白虎の型、朱雀の型、玄武の型。


 三日三晩に及ぶカマザンとの修行中に見出された、これら五つの型に隠れた奥義。使い手から右方を東、左方を西、後方を南、前方を北とする返し技の極み。


 中心を黄龍、東西南北を四神と見立てることでつけられた名前は『四神方位』である。


 完全感覚で知覚し、間合いに入った相手の方角に応じ、千差万別の切り返しをするものだ。


 北方から真っ直ぐに踏み込むルナクィンが、寸前で足をさばいた。緩急をつけた立ち回りで、次の拍子には東方から切り込んでいた。真っ向から仕掛けると見せかけていた。


 しかし、たとえそれが非の打ちどころがない動きであっても、彼の間合いは決して侵せない。


 ――四神方位、東方・青龍の型。


 ルナクィンが双剣を交差した状態から繰り出す、突きと斬撃の同時攻撃。攻め手に対して逆側にあった木刀は、ホロロが右足を軸に体捌きをしたことで、一気に生きた。


 その突きの一撃は空を切り、横なぎの一撃は木刀の上を滑る。この一呼吸の間もない応酬から、二人の攻守は逆転した。


「……そこまで!」


 木刀で太ももを打ち抜かれ、怯んだところで首筋に寸止めされる。


 仕切っていたジョンが試合終了を宣言するよりも早く、ルナクィンは敗北を自覚した。これが真剣を扱う実戦であれば、首を落されていると、容易に想像がつく状態だったのだ。


「いいたっ……あぁあ、負けちゃった」


「ご、ごめん、太もも大丈夫?」


 ホロロが慌てふためいた。


 本当に変な奴ね、自分は全身包帯だらけのくせに、こんな打撲くらいでおろついちゃって……。


 痛みにうずくまったルナクィンは、そんな彼に心配されることが、何やら可笑しく思えた。


「……そんな見てくれのあんたが言うと、なんだか変よ?」


「あ、そういえば、そうだね……あぁ、なんだろう、試合が終わったら急に緊張が切れ……」


 言葉を尻すぼみさせて、ホロロがふらりと前のめりに倒れ込んだ。


 痛みに怯んで動けないルナクィンは、そのまま意識の底に落ちたホロロに押し倒される。異性との接触に不慣れな思春期乙女は、どうにも赤面せずにはいられない。


「うひゃあ、ちょ、ちょっとぉ……なんだってのよぉ!?」


 間の抜けた嘆きが放課後の校舎に響きわたり、二人の再戦は決着する。勝利をおさめたのは、連日の疲れから深い眠りについた、ホロロ=フィオジアンテだった。



 ※



 七月二十八日、放課後。


「はぁっ、ホロロ君を瘴気の中に入れた!?」


「ネネ殿、落ちつきなさい」


「一体何を考えているんですか!?」


「聞きなさい、いや、きちんと安全は確保した上で……」


「そういう問題じゃありません!」 


 理事長室に呼び出したジョンから、例の十日間のことを問い質すネネは、凄まじい剣幕であった。並んだティーカップが跳ねる勢いで机を叩き、正気の沙汰とは思えない行いを咎めている。


 以前から溜め込んでいたジョンの指導方針に対する不満が、ここに来て一気に爆発していた。就任まもない頃であれば、彼女も愛想笑いを浮かべ、


『うふふ、ジョンがそういう方針なら……でも、それはちょっと……うんたらかんたら……』


 と、それとなく再考を求めていたことだろう。しかし、そう満腔の怒りを表するに相応した時間も経ち、それなりに親睦も深まっていればこそなのだ。


 そんな兆候にまったく気づかなかったジョンが、これに戸惑わないわけもない。


「う、うむ……しかし、いずれは成し遂げねばならぬことで……」


「いくらなんでも早すぎます、私も過去に完全感覚の行をしたことがありますがね、結局は不完全な習得に終わって死にかけましたよ、ホロロ君が死んでもおかしくありませんでしたよ!?」


 ネネの言い分は正しい。


 鍛練を積んで、先天的ないし後天的にもフォトンを得て、満を持して完全感覚の行に挑んだところで、必ずしも習得に成功するとは限らない。


 不完全な習得で得られるのは、せいぜい自分のフォトンの状態や大きさを、完全に把握する力までだ。


 それならまだしも、失敗となれば、感覚の混乱を招いたり、自我を喪失してしまったり、最悪の場合は死にいたることさえある。


 ホロロが挑戦するには、大博打に近い修行だったのは間違いない。


「まぁまぁ……兎も角、まずは無事を喜びましょう」


 二人の一方的な会話を見かねたジルが、両者の意見を汲み取りつつ「それで、どうだったの?」と続けて話に割り込んだ。


「……その様子だと、うまくいったみたいだけれど?」


「あぁ、大した子だ。せめて半分だけでもと考えておったが、見事に完全感覚を修得しおおせた……私が習得したのが十九の時だったか……いつか、あの子は私を超えるだろう」


 鬼のような形相をするネネから顔を背け、ジョンが満足げな口ぶりで断言する。


「そう、それは楽しみね。なら選抜大会だけじゃなく、武闘祭も期待していいのかしら?」


「うむ、ようやく人選がすんだ。九月の選抜大会でウェスタリア代表になれるのは三人、補欠が一人と聞く。四人とも代表となれればよいのだろうが……さて、どうなることやら」


 かつては落ちこぼれであったが、命懸けの修行により飛躍的な成長を遂げたホロロ。


 己の闇を知って、天才的な剣技のみならず精神的な強さも身につけようとしているミュート。


 純粋な強さを求める、人一倍の闘志と攻撃力を持ったルナクィン、人一倍の冷静と適応力を持ったソルクィン――キュステフの双子。


 選抜代表候補として選ばれた四人が挑む『ウェスタリア選抜大会』までは、残り一ヶ月。


 順風満帆とまではいかずとも、彼らは着実に、前進をかさねていた。


4/11 全文改稿。

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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