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騎士養成学校


 広大な一枚の大陸上になる『アルカディア』の世界で、社会は三つの勢力に分かれて存在した。



 大陸の東を領土とするメオルティーダ連邦。

 大陸の西を領土とする神聖カルメッツァ帝国。

 大陸の南を領土とするアイゼオン共和国。



 地下資源『フォトンストーン』の利権争いを発端に、連邦と帝国が開戦してから百三十年。戦禍の肥大により両勢力が壊滅寸前にまで陥ったことで、停戦協定が結ばれた。


 今はそれから、七十年の時が流れていた。





 六月上旬。


 清々しい晴天に恵まれた日。昼下がり。


 ネネとともに連邦主要国であるウェスタリアにわたったアランは、馬車の車窓に流れる首都を眺めながら「おぉ」と感嘆の声をこぼした。


 長らく山籠りの生活に身をおいていた彼は、今見ている景色と、七十年前に見たそれとを思い比べていた。


 かつては建物といえば、質素な組積造のものが主流だった。市街地戦となった場合を想定し、景観よりも耐久性を重視する傾向にあったためだ。


 それが現在では木組みを主流として、配色豊かに街並みを彩っている。また公園施設や商業的な娯楽施設の増加など、人が暮らすということを考えた印象があった。


「長らく戦争に向いていた力は、今では人のために使われるようになったか……よいことだ」


 人々が活況を呈する大通りには、安穏とした日常の営みと、喜怒哀楽が見受けられて絶え間ない。



 あれは互いに好ましい商いが交わされたのか……。


 あれは駄々をこねる我が子を叱りつけたのか……。


 あれは想い人に別れでも告げられたのか……。


 あれは愛犬と戯れていたのか……。


 人の心とは、こうまで顔色に表れているものだったのだな……。



 アランは久しく見た大衆の気色から、その心理を思って呟いた。


「私は実際に戦争が起こっていた当時の景色を知りません。ですが、この平穏が壊れるかと思うと……やはり嫌なものだと感じます」


 同車するネネが、粛々とそれに理解を示した。


「知らずにすめば幸いだ」


「だからこその中立、平和管理局だと思います。両勢力の間を取り持ち、終戦に導ければきっと……もっと世界は良くなるはずです。期待しています、アランさん」


「ネネ殿のお気持ち……心得よう」


 アランは優しげに微笑んだ。


 若返った彼の容姿には、女性に対してあまりにも強い魔性がある。


 長い白髪をきれいに結い上げれば、清楚な印象。


 髭を剃ってあらわになった小顔は、作り物じみた輪郭を持つ。


 深い青の瞳を筆頭に、顔をなす一つ一つの部品が、奇跡的な造形と配置でおさまっていた。


 また、やや背丈が縮んだものの、洗練された肉体が見栄えのよい着物に袖をとおしたさまも、魅力を一段と際立たせる要因となっているだろう。


 ただし、あきれたことに、まったく自覚がない。ついては、ネネに顔を背けられた理由が、


『その慣れない魔性を直視しては、のぼせてしまいそうだったから』


 などと、彼はとうてい考えも及ばないのだ。


「なんだ、気分でも悪いか?」


「いえ……なにもありませんよ?」


 アランはネネに案内されるまま、目的地に到着した。


 首都の近郊にある、ウェスタリア第三騎士養成学校だった。


 その高い塀で囲われた――優に500メィダ四方はあろうかという、広大な敷地をもった施設奥からは、しきりに威勢のよい声が響いているとわかる。


「どうやら、生徒たちが訓練をしているようです。少し時間もありますから、覗いてみませんか?」


「そうしようか……」


 ちらりと腕時計を見たネネから提案され、アランはうなずいて賛成する。まるで宮殿のような校舎のわきをとおり、聞こえてくるその声をたどって、施設内にある演習場に向かった。


 施設の大半をなしている、土が敷きつめられた区画。頑丈な金網によってへだてられており、ほかとは違った泥臭い印象がある。


 晴天、雨天を問わずに使っているのか、泥濘を踏みつけた足跡が点々とあった。


「あれは……今年入った生徒たちですね」


「ほぅ、歳の割にいい腕をしている。それに、育ちのよさそうな子供たちだ」


 アランは演習場のそばに寄り、十代後半と思しき男女が訓練にはげむさまを、金網ごしに見やる。


「養成学校に入学できるのは、その将来性と、実際にもつ才覚を認められた子供たちですから。生命エネルギー……潜在的にフォトン能力の高い、上級騎士の家柄の出身が大半です」


「戦況を左右するのは、いつの時代もよい指揮をする騎士長か。さて、あの子たちは、なんのために剣を振るっているのだろうかな……」


 刻限となって、校舎の中に入ったアランは「見事なものだな」と述懐した。


 外観と比例して、天井の高い屋内には、ところ狭しと豪華絢爛な装飾がほどこされてあった。


 素人目にも高価な仕様だとわかる彫刻や、化粧金具もさることながら、それでも品を損ねないように自重された印象があると、嫌味もうすい。


 段差一つにも気がまわされているのか、施設全体をとおして人が歩きやすくもある。


 この養成学校は、かつて実際にウェスタリアの王族が宮殿として居住していた場所だった――。


 だった――という理由については、ウェスタリア国が連邦へ吸収された折に、地理や経済的な観点から、拠点としての優位性を見出された開戦直後の時点までさかのぼる。


 ウェスタリア国は連邦領土の南寄り中央と、帝国領土との境界線からも遠く、なおかつ連邦傘下の他国と連絡がとおりやすい位置にある。


 西側の国境線でもある大河川は、敵性の侵攻があった場合にこの上ない盾ともなるだろう。また、温暖な気候と豊富な水資源により生産業に恵まれ、経済的にもうるおっていた。


 小国であっても、そうした魅力的な国である。


 戦時においてこれが捨ておかれるわけもなく、連邦から軍事的圧力ありきで国の明けわたしを要求され、以降は共同管理されることになった。


 無益な内紛を避けるため、時の国王が国民に一切の危害を加えないことを条件に退位して――そして、残った無人のこの宮殿は再利用されたのだ。


「……と、この養成学校の歴史も長いんですよ」


「ここは人のため無欲になれた王族の証そのものか。さぞ立派な国王であったことだろうな……ところで、ネネ殿はやけに詳しいな?」


「予習しましたから。私も勤務することになっているんですよ、アランさんの副教官として」


「なんと、それは心強い」


 たとえ我が身や我が子が位を落そうとも、王として民を想い、民を重んじる……。


 もしも私が当時の王であったなら、これをどうしただろうかな……。


 アランは高級絨毯が敷きつめられた回廊を歩くかたわらに、大窓の外に広がる絶景を眺めやって、想像をめぐらせる。


 終ぞ答えを出ないまま、先導するネネにあわせ『理事長室』と表札が貼られた扉の前で足を止めた。


 一瞥をくれて「ここです」とノックして入室する彼女に、彼は黙々と続いた。


 執務室であった頃の名残を思わせる、小ぢんまりとした部屋。


 中央奥に構えられた執務机は、何やら古めかしい。


 備え付けの本棚には、古書から新書までが背丈をそろえて並ぶ。窓のはしに寄せられたカーテンや、中央でローテーブルをはさむソファの色調は、見るに女性好みであろうか。


 本来あるべきおごそかな空気が、うすれているようだった。


 部屋の奥にたたずむ栗毛色の髪をした老婆、彼はその面影に覚えがあった。


「アラン……久しぶりね。元気にしていた?」


「む……まさか、クィントか?」


「いやーん、本当にあの頃の姿に戻ってるぅ!」


「な、なんだ唐突に、性格は相変わらずだな」


 このジル=クィントという老婆は、かつてアランとともに戦場を駆けていた騎士である。


 当時を生きていた騎士の中で唯一、彼の訓練相手がつとまった猛者で、彼の身辺では随一の美貌を持つ女でもあった。


 年月とともにきれいなしわを刻んで、養成学校では教官用にあたる制服を着て、現在は剣でなく万年筆を振るっていた。


「今回の人選にあたって、私にアランさんのことを教えてくださったのは、ジル理事長なのです」


「腕前に関して、私に言わせれば、あなた以上はないわよ」


 ネネに視線を向けられたジルが言った。


「なるほど……そうであったか」


 どこで七十年もむかしの男を知ったのかと疑問だったが、そうかお主であったか……。


 私はもう、誰からも忘れ去られたとばかり……。


 むかしは人付き合いを鬱陶しく感じたが、所詮は無い物ねだりであったな……。


 アランはそう自嘲気味にはにかんだ。


「まぁ、立ち話もあれだから。そこにでも座りなさいな」


 そそくさと先を越すジルが、対面するソファの座席を指し示す。


 アランは言われた場所に腰かけた。


「お茶をお持ちしますね」


 おもむろに場を外すネネが、部屋と隣りあわせにある給湯室に向かった。


 この合間にも、ジルの切り出しからぼちぼち話を始めた。


「……アラン、あなたは『アルカディア騎士武闘祭』というのを知っているかしら?」


「いや、初耳だな……私の時間は七十年前から止まっておるのだ」


「停戦後に中立国で年に一回おこわれるようになった、養成学校の生徒が対象の武闘大会なの」


「……腕試しの大会、というだな?」


「まぁ、そんなところかしら……帝国、連邦、アイゼオン、世界各国から選抜された子供たちが参加しているのだけれど、この大会がじつは、各国の勢力の縮図になっていてね……」


「なるほど……読めたぞ。将来は騎士長となる養成学校の生徒たちが、属する勢力の軍事力になる。察するに、連邦はその大会で、毎年よい成績を残せないで悩んでいるのだな?」


「えぇ……フォトン能力者は、一般兵から見れば化け物、国から見れば兵器……それを競う大会で、連邦は十年前から帝国には完敗を喫していてね、おそらく今年が限度……今年勝てなければ、帝国は連邦が衰退しているとみなして攻め入ってくる……もう準備段階って話もあるくらい」


「戦時中に活躍していた猛者たちも、老いてしまっては頭数に数えられんか」


 ジルが嫌気のさしたような深いため息を吐いて「……本当にね」と続けた。


「停戦から連邦は変わったわ。私腹を肥やす腑抜けしか残っていないの。若い世代もこびを売るか、途中で愛想をつかすかのどちらか。本当に衰退しているのよ。来年といわずに今年攻め入られても、おそらく結果は同じでしょう。来年なのは用心かしらね」


 ちょうど、給湯室から三人分の紅茶を淹れて戻ってきたネネが、会話に混ざった。


「そのために、管理局は私に密命を与えたのです。なんとしても、武闘祭で連邦を勝利に導けと」


 帝国は連邦の衰退を狙って、開戦の企てをしている……。


 戦争を起こすのは容易い、だが収拾するのは骨が折れるだろう……。


 だから帝国としては自軍の損耗を少なく、必ず勝てるという保証が欲しい……。


 そして戦略戦術の両要素において、教育の進捗差をその保証とすると……。


 これを未然に防ぐなら、連邦の教育力を誇示してやればよいか……。


 つまり、連邦の生徒をなるべく強くして、帝国の生徒に勝利させる……。


 アランは頭の中で要点を整理して、手元に出された茶をすすった。


「……いつまでに、どうすればいい?」


 少し間をおいて、アランはジルに短く尋ねる。いくらか予想を立ててのことだったが、そのいずれをも上回る値をもって返されると、顔を渋らせずにはいられなかった。


「半年後、それまでに代表生徒たちの力を十倍にしなければ、とても帝国を誤魔化しきれないわ」


「半年で十倍、それはまた……絶望的であるな?」


2017/4/1 全文改稿

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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