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その堰は切れる

 

 七月二十七日。


「あ、あんた……なんなのよ、それ!?」


「いやぁ、ちょっと死にかけて……」 


 この十日間に普段の倍以上の訓練をつみ、例の師弟の帰りを待っていた双子が、当日の放課後になってついにその時をむかえた。


 以前と同じ時間、同じ場所、同じ気候のもとでの再戦を前に、ルナクィンはその弟子――ホロロを見て困惑半分、怒り半分の感情を抱いた。


 きまり悪そうに笑う彼が、包帯や湿布だらけの満身創痍といっても過言ではない姿をしていたからだ。


 この期に及んで、フォトンによる自己回復を怠る意味はなんなのか、万全を尽くす真剣さを欠いた意味はなんなのか、彼女には理解ができないでいた。


「何をどう訓練してきたかは知らないけれど、本当に舐められたものね。そんなボロボロの状態……なによ、もう勝負を捨てたも同然じゃないのよ?」


「捨ててないよ、これが今の僕のベストなんだ」


「……どういう意味?」


 ルナクィンは憤りを声に含んで、首をかしげた。


「実は特訓みたいなことをしてきて、それで死ぬ寸前までフォトンを使っちゃってさ……今の僕……フォトンの回復が異常に遅いみたいなんだ」


 指先で頬をかくホロロが、へらへらとした気色を変えずに「何というか……」と続ける。


「教官が言うには、今まで使わなかったフォトンが急になくなって、身体が順応できてないんだろうって、あと回復が遅いのも今回だけだろうって、そういうことなんだ」 


 フォトンが枯渇する寸前まで戦い続けたことで、ホロロの身体は一時的な異常を起こしていた。


 生まれてから彼が使えたフォトンは、微々たる量である。今は膨大な量の喪失に身体がなじまず、一日二日程度の睡眠では補えない状態になっていた。


 つまり、今まで使われなかった身体機能を急に大稼働させられて、身体が驚いていたのだ。


「じゃあ何……今はフォトンの残りが少ないから、傷を治す分にも回せないってこと?」


「そういうことになるのかな。でも致命傷はもう治してあるから、戦う分には問題ないと思うよ」


「馬鹿にして……いいわ、あんたがどんな状態だろうと、あたしは手加減なんかしないわ。あたしはあんたを倒して、ジョン教官の教えを受ける……後悔したって知らないんだから」


 ルナクィンはそばで控えていたジョンへ向きなおり「今度こそ……」と言質をとる。


「約束は守ってもらえますね?」


「もちろんだ。では、始めるとしようか」


 これにジョンが、そうきっぱりと応じた。


 まもなく、演習場の中ほどで試合が行われる。ホロロとルナクィンが対峙して構えると、二人の間にはジョンが、遠巻きにはソルクィンがそれぞれ立った。


 その立ち位置も十日前と同じだと、ホロロの脳裏には惨敗の記憶がよみがえった。しかし、不思議と気を沈ませることもない。


 心中には、自分がどれほど成長したかをこの試合で確かめたい、という前向きな気持ちも芽生えていた。


 そんな彼が木刀を正眼に構える身のこなしたるや、十日前とは似て非なるものだった。


 相手の打ち込みを予想しても、迂闊に意識をしすぎることもない。臨機応変の攻防にうつれるような、自然体そのものといえる印象があった。


「なんなのよ……そんなにボロボロのくせに……あたしよりも、フォトンが少なくなってるくせに、なんで……なんで、十日前よりも気迫を感じさせるの? こんなの、まるで……」


 この状況で微笑みさえ浮かべているホロロに、ルナクィンは不気味さを覚えて呟いた。


 一体何をしたっていうの、まったくわからない……。


 またこの前みたいに取り越し苦労じゃないかって思いたいけど、思えない……。


 思っちゃいけない気がする……。


 まるで大きな何かに追いつめられたような気分になり、かすかに恐れすらも抱いていた。しかし、ジョンが合図する兆候を見せれば、彼女はさらに強い闘志を燃やして、これを払拭するしかない。


「両者、ともによいな? では……始め!」


 馬鹿ね、だから、それはらしくないっていってるでしょう……!?


 迷いをおき去りにして、ルナクィンは先手を打った。ホロロの斜め前の間合いぎりぎりに低姿勢で踏み入ると、片手の木剣を横なぎに振り抜いた。切っ先が相手の太ももを掠めるように牽制する。


 この初動から、舞踏は一気に勢いが乗った。


 不規則に反転する足運びと連動し、彼女は上体を大きくしならせる。そのまま相手の間合い深くを侵してすぐ、下から斜め上へと本命の一撃を繰り出した。


 それは二年生でも対応できる生徒は少数だろう、素早い連続攻撃だった。十日前まで、彼らよりも遥かに劣る実力しか持ちえなかったホロロには、到底対応できないものと思うのが自然だろう。


「なっ……!?」


 攻める双剣の剣身が、受ける木刀の刀身を滑るようにしてさばかれた。そして、たった一歩を踏み込む体捌きで、あっという間に攻守を逆転させられた。


 ホロロの肩口で木刀がひるがえるのを見て、ルナクィンはギョッとする。鋭く振り下ろされた木刀を双剣で受け止めはできたものの、応酬につなげることはできなかった。


 そんな、まさか、読まれたの? いや、そうじゃない……。


 たった一手で攻守を逆転させるなんて芸当が、たった十日で身につくわけ……。


 吃驚を胸に木刀を払うと、彼女はホロロから大きく飛びのいて距離をとる。


「よかった……瘴気の外でも、あの感覚はまだ生きてる。フォトン操作も少し具合が違うけど、同じことができるみたいだ。ちゃんと動きが見える……」


 瘴気の中で習得した感覚の鋭敏化する――『完全感覚』という力で、ホロロは双剣を見切っていた。


 生と死が隣り合う極限状態の中で操気を覚え、瘴気なくして体外にフォトンを押し広げる術を身につけていたのだ。


 彼の感覚能力は、ほかの生徒、もとい並みの騎士の誰とも比較にならないほど高い。


「……なんなのよ、これ……あたしの双剣が、父様の双剣が、何年も時間をかけて研鑽を重ねてきたキュステフの双剣が、たった十日の成長に劣るっていうの……認めない、認めないわ、そんなの!」


 ふいの劣等感に苛まれ、否定から心を乱す。


 ルナクィンは前のめりに踏み込んで、ホロロに鋭い突きを向けた。それから何度も避けられ、さばかれても構わない。手数で相手を制しようと、自棄になって、絶え間なく双剣を振るう。


 十日間、あたしだって訓練したのよ……。


 ソルクィンにも手伝ってもらって、いつもより、きびしくやったのよ、なのに、なのにっ……。


 途中から悔しさに涙を流し、声を震わせ、彼女は「双剣の……」と息巻いた。


「双剣の力を欲しがったって、誰も双剣を知らなくて、誰も教えてくれなくて、右も左もわかんなくて、あたしたちの成長が滞り始めて、まるで父様の教えてくれた双剣の時間も止まってくみたいで、そんなのが嫌でたまらなかったから、あたしたちは毎日毎日、双剣を振るってきたのよ!」


 双剣を握った手を力ませ、ルナクィンは続ける。


「ここに通う奴らはどいつもこいつも、だいたいそうだ、特別に剣を極めたいわけでもないくせに、まるで遊ぶみたいに木剣を振って、誰かに教えてもらうことを軽んじて、挙句には浅い知識であたしたちの双剣を嘲笑して、ふざけんじゃないわよ! あたしたちは……あたしたちはね……」


 これまで抱え込んでいた感情の堰は、切れていた。


 なんで、あたしの双剣は届かないの……。


 戦意を失い始めたルナクィンは、しだいに声の調子を落すと、言葉尻に動きを止めて立ちすくむ。力なく「なんでなのよ……」と呟く頃には、目も虚ろに、流す涙も枯らしきっていた。


 あぁ、そうなんだ……。


 君も、そうだったんだね……。


 あれは苦しいよね、辛いよね……。


 彼女に見聞きした表情と言葉から、ホロロが心中を察して共感する。


 ――勝手に期待されて、見放されて、蔑まれて、どれだけ願っても、誰も教えてくれなかった。


「……君たちの気持ち、よくわかるよ」


 ホロロがどこか、自嘲気味に微笑んで言った。


 打ち付けな同情の言葉に「……は?」と困惑の声をこぼした。ルナクィンはその真意が語られるのを待つほかなかった。ホロロ=フィオジアンテという男が、どうにもわからなかった。


「僕さ、少し前まで誰にも剣を教えてもらえなかったんだ。自分で出来ることっていったら、間違った素振りだけで、それでも毎日毎日馬鹿の一つ覚えみたいに振ってさ……たぶん悔しかったんだ」


「あんた……何を……?」


 ホロロがおもむろに、木刀を構えなおす。


 右足を前にしてやや半身、低めに腰を落とせばどっしりとした印象。右手持ちに左手の軽く添えられた木刀が、左腰で水平に保たれる。すべてを受け止めるような構えだった。


 ジョンから教わった五系統ある型の内の一つ――『黄龍の構え』である。


「ここでやめるのは勿体ないよ……あんなに苦しい思いをして、痛い思いをして、死ぬ寸前にまでなって、それで僕はようやく君と対等みたいだ。君の双剣ってすごいんだね」


「……あたしは、もう」


 ルナクィンは続けることをためらうが、ホロロにこうも言われると、立ちなおらずにいられない。


「僕は君の双剣を笑わない、僕は君を尊敬する……だから、君が真剣に全力で双剣を振るうのなら、僕は真剣に全力で応える……さぁ、試合を続けようよ」


 その声色はやわらかく、温かなものだった。


4/11 全文改稿

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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