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瘴気の山のカマザン

 

 ホロロが操気術を苦手とするゆえんは、自分のフォトンをうまく感覚できないことにある。


 常時をともにするフォトンが膨大であるにも関わらず――ともすると、実際に日常生活や実技訓練で使えた量はごくわずか。一般人としては問題ないものの、騎士としては致命的である。


 たとえるなら、泉の湧き口に栓がなされた状態だろう。また、それでいうなら、今はそうでない。その栓は辺りに蔓延する瘴気によって、強制的に取り払われていた。


「不思議だ……今なら自分のフォトンがわかる、今までにないくらい、はっきりと……」


 最悪だけど最高でもある、変な感じだな……。


 落ちつきを取り戻し、感覚の鋭敏になった自分を把握してみると、妙な気分だった。


 本来なら無意識に行われる『フォトンを介して――』というものを、ホロロは体感していた。


 体外へ過剰に溢れて広がるフォトンにより、直接的に何かを見たり触れたりせずとも、その形も数も位置も、時には温度でさえも知覚していた。


「でも、慣れないと頭がどうにかなりそうだ……なんだかクラクラする、早くなんとかしないと」


 下手に周りの影響を受けてしまわぬよう、ホロロは自然体になって操気を試みる。


 まずは何よりも操作するという感覚を掴むため、体内のフォトンを動かそうと考えた。手のひらを身体の正面に差し出し、そこにフォトンを集中させてみる。


「あ……動いた。こうすると吸い取られる量が、ここだけ増えた気がする……」


 初めて操気をすることが興に乗り、身体のあちこちに集中する意識をうつすと、ホロロはフォトンを動かすという技術をあっさり習得した。


 あわせて、無味無臭かつ無色透明なフォトンを、形として想像できるようにもなった。


 この完全感覚の行は、古くから一部の高僧や武術家から儀式、あるいは鍛練として扱われてきた、フォ

トンを多く持つ者だけに許される、荒行である。


『無意識的にフォトンを介する感覚を、完全に有意識的なものとする』


 そんな通常ではありえない感覚を得ることで、感覚能力を飛躍させる。この行を全うしたあかつきには、進化にも等しい成長をとげるだろう。


 ホロロの場合、操気という感覚がわからないままで臨んだことも、この成功の要因になっていた。先入観がなかったことで、新たな感覚もすんなりと受け入れられたのだ。


「でも、瘴気に抗うにはどうすれば……身体の形で保つイメージ……?」


 手のひらに限って言葉どおりを行うも、そこからの流出は若干弱まる程度でしかない。


「あまり変わらない気がする……身体の内側にフォトンを押し込めるイメージなら?」


 ふたたび言葉どおりを行えば、その手だけ流出が大幅に弱まった。


「……ずいぶんとよくなった。なら、今度はこれを全身で……」


 ホロロは操気により、全身からの流出を止めることができた。


 鋭敏になる前の感覚を取り戻し、ひとまず難を逃れる。ただし、その状態の維持は、一定の体力を保ち、なおかつ精神集中することを余儀なくされるものだった。


 つまりは、体力の消耗をゼロにすることはできなかった。とはいえ、どちらがましであるかなど、口にするまでもないだろう。


「うん。目も、耳も、痛みとかも、まだ少し敏感だけれど、これなら許容範囲。でも気が抜けないな……また一瞬で持っていかれそうだ」


 呼び声をあげられるようになり、ホロロはジョンを探し始めた。


 しかし、手がかりすら発見できなかった。だから依然として、森の中に一人きりである。


 操気術の修行だったんじゃ、まだほかにあるのかな……。


 彼はそう、今後のことを考えた。


 ――ホロロ、カタナは常に抜けるようにしなさい。


 ふたたび、ジョンの言葉が脳裏をよぎった時だった。


 無風にも関わらず、背後のどこかから葉擦れの音が鳴った。あわせて、悪く大きな気配――殺気とも思しきものが、背中に当てられていた。


 ホロロは身体を強張らせつつ、近くに落としていた月下美人を拾いあげ、恐る恐る振り返った。


『ニンゲン、ココはワレらのナワバりだ』


「頭の中から声?」


『ワレらのヤマをオカすモノを、ワレらはユルさぬ』


「だ、誰なの……?」


『カクゴせよ、ニンゲン』


 ホロロの頭の中に直接的に声を送り込んでいた何かは、ほどなく茂みをかき分けて現れた。


 大きな人の形をしていたが、一目で人ではないと判断できる。特定の昆虫を連想する頭部と肢体の造形、その全身を緑の甲殻におおわれた不気味な生物。最たる特徴は、両手の鋭利な刃であろうか。


 その刃をかすめた草花は、やわく触れただけで切り落とされているようだった。


「……なっ……カ、カマキリ?」


『ごメイトウ。だがそれはシンカするイゼンのナである……ワレはカマザンである!』くわっ。


「……ん?」


『……ぬ?』


「えっ、カマキ……」


『カマザンである!』


 頑なにカマザンを名乗ったそんな生物が、両手の刃を振りかざして、ホロロに斬り込む。


 寸前で避けられた一撃は、凄まじい威力を発揮していた。とっさに伏せるホロロの頭上を掠めて、横一線に左右から交差した双刃が真空を放ち、前方に乱立する木々をバッサリと切り倒したのだ。


「うそでしょ!?」


『ウソではない、カマザンである!』


 ホロロは連続して振り下ろされた刃を、地面を転がって間一髪で避ける。どうにか距離を作ると、すぐに身構えた。地団太を踏み、腕の刃で自分を指すカマザンに、彼は恐怖した。


「ジョ、ジョン教官……もしや、これと戦えとおっしゃるのですか……?」


『さぁ、ニンゲン、このカマザンがキりスててくれるぞ!』


 一難が去って、また一難が訪れ、ホロロの修行は続く。


 この時、すでに丸一日が経過していた。


4/11 全文改稿。

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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