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教え子からの手紙②

 

 オルティメアの奇跡から二ヶ月後。


 講和に向けて協議が進められていた、世の中の混乱がすっかりと落ち着きを取り戻していた時期。


 中立国に拘束されていたり、義勇軍を決起して中立軍に同行したり、全容解明のために当事者として事情聴取を求められたりとする内に、ウェスタリア代表は帰国がこの時期になった。


 すでに同期が学び舎を巣立っている中で、遅れながら卒業の日を迎える。


 本来であればそれぞれ母校に戻って卒業式となるが、そうはならずに、全員で揃っての参加という形式をとる。オルティメアの奇跡を起こした彼らは、ウェスタリア国の民衆から英雄凱旋さながらに出迎えられていた。


 その盛況さは無下に扱うべきではないとして、本国に融通されたのだ。


 首都にある第三騎士養成学校を会場に選び、式は盛大に執り行われる。


「まさか君たちと揃って卒業できるとは、思いもよらなかった」


 きらびやかな装飾がなされて、普段とは異なる雰囲気をもった演習場。


 着慣れない騎士の正装に身を包み、演習場の半ばに敷かれた赤い高級絨毯の上に整列する。


 仲間と呼べる誰かと肩を並べて、卒業式を一目見ようと訪れた大観衆に囲まれる――そんな時間を過ごしている実感が持てずに、ミュートはひっそりと呟いた。


 理事長であるジルに言葉をもらい、在校生であるルナクィンに送辞をもらい、連邦軍からは今回の栄誉を称える勲章をもらう。通常とは異なる筋書きに沿いつつも、卒業式は滞りなく運んだ。


 やがて退場する頃になって、彼女は大観衆の中に覚えのある姿を見かけた。


 見知らぬ二人組の男と一緒に、ちょうど踵を返して立ち去ろうとしていた。


「……待って、……待ってくれ」


 楽団の生演奏にあわせて演習場を退場すると、ミュートはすぐにその背中を追い駆けた。ホロロに「どこに――?」と呼び掛けられるが、今ばかりは彼の声も振り切った。


 もしもここで機会を逃したなら、もう次は決してないという確信めいた予感があった。


 人混みをかき分けながら懸命に追いかけていく。校舎の昇降口から校門に繋がる並木道の半ばで、どうにか追いついた。まだ式場に集中しているらしく、付近にはあまり人気も感じられない。


「ギルヴィム=エデルターク」


 その名前を呼べば、彼と二人組が足を止めて振り返った。


「……テレーゼ」


 驚きまじりの小さな声で、ミュートは古い名前を呼び返される。


 思い深く視線を交わしていれば、彼が「時間をくれないか?」と断って、二人組が「あまり長くは無理だ」と気を利かせて離れていく様子が目に入る。


 彼にも少なからずその意思があるのだと、彼女は思う。


 ただ彼と二人きりになったとしても、自分からは上手く言葉が出てこなかった。


「すまない。管理局に無理を言って、特別に入国を許してもらった。お前の晴れ姿、俺に筋合いなどないとは思ったが、これが最後のつもりで、どうしても、どうしても、祝っておきたかった。どうか言わせてくれないか。……卒業おめでとう」


 ギルヴィムが後ろめたそうに、弱々しい笑みを浮かべる。


「私は! ……私は、あなたという人を殺すために、この学校で剣を学んでいた」


 正装の胸元を握り締めて、ミュートは声を押し殺すように続けた。


「あなたがどんな思いでいたかを知りながら、なおも逆恨みに走って……あなたをこの手にかけた。正直に言えば、あなたを恨む気持ちが、まだこの心のどこかには残っている」


 ただただ口走るように、本音を打ち明ける。


「目の前で両親を殺したあなたを、私は許すことが出来ない」


「……それでいい」


 目を伏せたギルヴィムに、ミュートは「でも」と自分の言葉を否定する。


「私の記憶の中で、お父さんやお母さんと同じくらいに、あなたも大切だったことに変わりはない。あの頃の関係に戻ることは出来ないけれど、そんな事実はどれだけ時間が経っても失われない」


「……ああ、そうだ。俺にとって、大切な親友と同じくらい、お前は大切な子供だ」


 言葉を交わす互いの目には、静かに涙が滲んでいく。


「だから、これからのあなたと新しい関係を築いていきたい……卒業して、もう少し時間が経って、お酒が飲めるようになったら、一人の友人として、私とお酒を飲んで欲しい。お父さんやお母さんのように気の合う話は出来ないかもしれないけど、それでも……」


「ああ。ああ……あぁ。いいとも。もちろんだとも」


 強面をくしゃくしゃにして、何度も何度も、何度も、ギルヴィムがうなずいて見せる。


 その過去を捨てるのではなく、その過去が自分の一部であると受け入れる。その過去こそが現在の自分を形作っているのだと感じればこそ、ミュートはこれからの時間を生きていく。


 木陰に隠れて聞いていたホロロが、柔らかに笑った。




 ――彼女が過去と向き合うなら、それを支えることが僕の役目です。


 過去といえば、教官が剣聖になられた経緯をお伺いしてから、お譲りいただいた月下美人の、その重みを感じられるようになりました。腰に下げているだけで、この身が引き締まります。


 武器でありながら、それだけではない……きっと僕がもつ経験では、まだ推し量れていない何かがある。実は、これを見つけることが教官に与えられた最後の訓練だと、勝手ながら思っていたり――。




 オルティメアの奇跡から半年後。


 講和条約の締結から、連邦と帝国の国交は回復していた。


 出入国制限の緩和は然ることながら、国家間の貿易も少しずつ再開されており、それぞれの市場も様変わりを始めている。


 これは、アイゼオンの平和管理局が『中央政府機関』と名称を改めて、国際連合の管轄下に入り、国際社会の安定を維持する組織に変革されたことにもよる。


 国際連合の発足から、アランとガディノアは機関の所属として、今後の反社会的勢力などに対する抑止力となった。請われたからではなく、彼らはこれを自らの提案としていた。


 一応は機関の支配下にあるが、彼らに武力行使を命じる権限は何人にも与えられていない。彼らの大きな力が振るわれる時は、すべて彼らの意思にゆだねられている。


 彼らが有した特権に対しては、反旗が翻された場合を懸念する意見も、当然ながら唱えられた。


 いつか結託して、実権を握るのではないか……。


 しかしそのようなことは、きっと起こり得るはずがないのだろう――。


 ウェスタリア国首都の一角に構えられた、とある古めかしい鍛冶屋。


 それは立地的にも外観的にも、ほか首都内で営まれているものと比べれば、ひどく劣って見えた。老舗だと思えば見え方も変わろうが、通りがかる人々にそう思われることはない。


 付近の鍛冶屋では顧客が頻繁に出入りしていることに反して、こちらでは閑古鳥が鳴いている。


「……ここがそうだと?」


 そんな鍛冶屋を前にして、ガディノアが声を低くこぼした。


 多忙な日々を送っていた中にどうにか時間を見つけると、アランは彼を案内していた。怪訝そうに目を細める彼を尻目に、「まぁ良いから」と率先して玄関の扉に手をかける。


 扉を開けば小ぢんまりとした店内が、


「おや、また来たのかい? ……今度は随分と早かったじゃないか」


 奥に設けられたカウンターには、なかなか健脚そうな老婆がいる。


 アランは、ここで彼女と会うのは三度目になる。その一度目は七十年前、二度目は一年前だった。それに関して言えば、彼女以上に信頼して任せられる相手はいなかった。


「さすがに、今度ばかりは無理かもしれませんが」


 まだ半信半疑のガディノアをよそに、手荷物から包みを取り出してカウンターに広げる。そこには粉々に砕けてしまった月下美人と、白と黒の双剣を収めていた。


「はっはぁ、こりゃあ派手にやった。……でも直すって約束しちまったしねぇ。悪いが長めに時間をおくれよ。……それで、この白黒のやつは、もしかしなくてもあの子が打った剣なのかい?」


「……ご老体、わかるのか?」


 ガディノアが老婆に問いかける。


「断面まで見せられちゃあ嫌でもわかるさ。あの子も浮気もんだねぇ、まったく」


 呆れたように、面白おかしそうに笑う老婆が、包みを閉じて奥の工房に持ち運んでいく。そうして店内に取り残されていれば、アランはガディノアに囁き声を向けられた。


「何か、あれと雰囲気が似ている」


「彼女の師匠だ。弟子になって似たのではないか?」


 少しばかり途切れてから、言葉は熱をもって語るように続いた。


「……剣聖。お前はこれから子供の願いを守っていくと言う。ならば俺は、あの二振りでこれからの時代を守っていく。そのためならば、この二度目の命のすべてを捧げよう」


「ほぅ、また大きく出たものだな?」


「俺がまた道を踏み外しそうになったら、お前が俺を殺せ。お前がもし道を踏み外しそうになれば、俺がお前を殺してやる。俺たちを殺せるのは俺たちだけだ……もっとも、そうなればだが」


「よかろう。お主の話に乗ろうではないか」


 その刀と双剣がある限り、彼らは導かれていくのだ。


手紙はまだまだ続きます。

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