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教え子からの手紙①

 

 様々な思惑が複雑に絡み合って起こった開戦騒動は、巨悪の象徴的な存在だった皇帝ラテリオスの責任を問うことで、世論が納得して沈静化に向かった。


 一部には君主制を疑問視する声も上がるが、新たに即位したカミュリオスの手腕にかかると、それも一時だった。


 二月十四日、連邦と帝国の学生間で決起された義勇軍を中心に、連邦軍、帝国軍、中立軍が一つになった――『オルティメアの奇跡』として各国の新聞各社から大々的に報じられた。


 あまりに稀有なその出来事は、これまでとは異なる社会的価値観が生まれつつあると、戦争を離れて七十年が経った人の世に予感させる。


 それは社会の将来に対する期待と別言しても差し支えない。


 連邦軍と帝国軍が休戦していた間には、中立軍の立ち合いの元に講和に向けての協議がなされた。


 サウズ平原に簡易的ながら施設が設けられ、やがて政府議長のトレヴィロ、右頭のダグバルムなどの有力者が到着すれば、三大勢力の首脳会談として話が進むようになった。


 この話の中では国際連合の創設について構想されて、社会全体がより発展するための窓口も整えられていった。


 果たして、開戦から数えて二百年。


 メオルティーダ連邦と神聖カルメッツァ帝国は講和条約を締結。並びに、アイゼオン共和国を含むそのほかの中小国とあわせて、アルカディア国際連合憲章に調印する。


 また一つ、世界は新たな歴史を刻んだ。



 ×



 オルティメアの奇跡から五年後。


 とある春の日の朝。


 その彼は、帝国ルチェンダート騎士養成学院を訪れた。ウェスタリア国にある第三騎士養成学校に似た、それでいて、どこか物々しい外観をした校舎を目の当たりにした。


 もとい物々しいとはいえ、心地の良い春の陽気に包まれている今は、その外観も和やかな雰囲気に感じていた。


 正面玄関を通って外来専用の受付まで向かう。


 途中で姿見を見かければ、彼は足を止めて向き直った。これから人と会う約束があって、その前に何か失礼が無いか、今一度だけ自分の姿を確かめた。


 整髪料で軽く整えた短い白髪。青いスプリング・ロングコート、白いハイネック・ボタンシャツに黒いパンツ、履物には茶色い革靴を合わせる。手荷物にかばんを一つ持っている。


 現代社会における常識と思い比べれば、どこに出ても恥はかかない恰好をしているだろう。


 つぶさに見ていれば、ふと懐から甲高い音が鳴り響いた。


 音が出ている『小さい箱のようなもの』を取り出すと、彼はすぐさま籠気を行った。


『あ、もしもし! すみません! ちょっと今、えっと、あの――!』


 すると今度は、そこから忙しない女の声が聞こえてくる。


「落ち着きなさい。君の足でも間に合わない距離か?」


 彼はその声に応じて、呆れ調子に尋ね返す。


 五年前の武闘祭でマジョリヨ博士が公表した通信技術は、人々に革新的な通信手段をもたらした。


 これまで不可能とされていた遠隔通信が可能になり、講和による市場の拡大もともなって、通信機が爆発的に普及していた。


 特に、携帯型のそれは顕著で、国際機関はもちろんのこと、各国各軍、企業から民間人にいたるまで、あらゆる用途で使われ始めている。


 彼が使用している通信機はマジョリヨ本人が試作した最新型実験機で、その性能の高さからして、およそそれ一つで立派な屋敷が建てられるほどの価値がある。


 時に、貴重な代物だけに知れば強奪を考える誰かもいようが、それは自殺行為に等しい。


『もう向かっていますから、頑張ります!』


「わかった。先に先方とお会いして断っておくよ」


 籠気を止めれば声が聞こえなくなる。


「彼女にしては珍しいが、赴任初日からとは困ったな」


 ややため息まじりにこぼすと、彼は通信機を懐にしまい込んだ。


 ふと近くに人の気配があると気づいて、見やればそこには制服姿の男が立っている。丸みを帯びた顔立ちに、ふくよかな身体つきをしている姿には、何やら人が良さそうな印象を受ける。


『いやぁ、お待ちしておりましたよ! あなた様のお噂はかねがね』


 きらきらと目を輝かせるその男から、はつらつとした声と一緒に握手を求められた。


「恐縮です。どうも初めまして……と、ご挨拶させていただきたいところですが、失礼ながら連れが遅刻しています。もう間もなくで届くかとは思いますが……」


『いいえぇ、構いませんとも。私どもの方から中央までお願いさせて頂いた話ですし、たかが遅刻の十回や二十回、あなた様方に教育してもらうだけで学院の株もうなぎ上りで、はいっ!』


「わ、わかりました……以後は気をつけさせます」


 握った手をぶんぶんと振られて、ぐいぐいと詰め寄られる。ルチェンダート騎士養成学院の理事長から向けられる大きな期待に、彼は少しだけ気が重くなる思いだった。


 理事長に案内されて、そのままの足で応接室まで向かう。


『――それにサウズ講和条約の締結から、もう力がものを言う時代ではなくなりました。軍縮などの影響もあって、騎士の数も減っていく一方です。社会風潮的には良い傾向ですが、しかし実際問題、いずれは必要最低限の防衛能力を失いかねません。ラテリオス皇帝の死後、野心をもった貴族も多いことですし、謀反の抑止力は欲しいところでして』


「確かに、ようやく国連の基盤が完成しつつある今は、どこであろうと内乱などは起こされても困ること……なるほど。理事長の方針は心得ました。これから尽力いたします」


 言葉を重ねて、彼は理事長の人となりをうかがった。


『ありがとうございます! 中央政府の機関特別派遣指導教官スペシャル・インストラクターであるあなた様にそうおっしゃっていただけて、もう感激でございます!』


「ああ、いや、どうか構えずに……これでも『普通の教官』という体でいなければなりませんから。そう肩肘を張られていますと、もしも生徒たちから問われた時に困ってしまいます」


 慣れたように言って、小さく肩をすくめてみせる。


『おっと、いかんですな。これは失念しておりました』


 理事長が頭のうしろに手を回した。


 ほどなくたどり着き、彼は応接室の中まで通された――ソファとテーブル、ほかいくらか調度品があるばかりの、嫌味のない装いの部屋に迎えられる。


『では、お話はお連れ様が到着なさってからということで、それまでこちらでおくつろぎください。すぐにお飲み物を用意させます、少々お待ちを……』


 この日がルチェンダート騎士養成学院の始業式であることもあって、別件のあったらしい理事長が応接室をあとにしていく。その一挙一動は身なりに反して機敏に思える。


「賑やかなお人だ……そうだった」


 部屋で一人きり、手持無沙汰になった彼は、思い出したようにかばんを開いた。今朝方、宿泊していた宿に届けられていた、厚みのある一枚の封筒を取り出すのだ。


 おもむろに封を切り、そして確かめる。


 中身は、二十枚ほどの便箋に綴られた、近況を知らせる手紙だった。




 ――大変ご無沙汰しております。


 春になりましたが、近頃はいかがお過ごしでしょうか? 息災でしたら何よりです。


 誰かに手紙を書くというのは久しぶりで、なかなか手間取ってしまいました。この出だしで書き直しているのも、もう何枚目になるのか覚えていないほどです。


 早いもので、あの日から五年が経ちます……僕たちの身の回りも、目まぐるしいほど変わっていきました。ですので、僭越ながらお手紙にて、教官に近況報告を差し上げたく思います。


 まずは教官たちがお気にかけられていた、ミュートさんのことから――。



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