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伝説の騎士二人


 ――やがて来たる二月十四日。


 大空にかかった雪雲が、地上の雪原にゆるやかな粉雪を降らせる正午。


 広さにして2000メィダ四方あるサウズ平原の、東には二十万の連邦軍、西には同じく二十万の帝国軍が陣を敷いた。


 連邦の規模に帝国があわせる形で派兵されており、いずれも後方の要塞都市に十分な余力を残した状態にある。それでいて、その間合い500メィダに広がる白には、まだ一つの足跡もつけられていない。


 天候にしては視界も良好で、互いの陣からは相手の様子が確認できた。


 連邦軍は最高指揮官に元帥であるシャイアを据えて、第一、第二騎士団を中心に戦力を展開する。


 対して、帝国軍は最高指揮官に皇帝であるラテリオス、補佐にカミュリオスを据えて、黒聖・第一、第二騎士団を中心に戦力を展開しているが、事実上これは剣帝の傀儡と言えた。


『おい、これ、どうなっちまうんだよ?』


『くそっ、身体がうるせぇ。この俺がビビっているって言うのか?』


『い、嫌だ、死にたくねぇ……死にたくねぇよぉ』


『やってやる、やってやるぞ』


 この規模での戦闘を目前に控えて、誰かは固唾をのむ、誰かは早まる自分の鼓動に苛立つ、誰かは膝を震わせる、誰かは現実味を感じきれずに呆然としている。


 肌を撫でる空気が、実際よりも冷たく感じられてしまう。


 覚悟が出来ているのは、ごく一握りしかいない。


「お話ししていた通りで、よろしいですね?」


 連邦軍本陣の後方でシャイアに確かめられる。


 頷いて答えたアランは、ゆっくりと連邦の隊列を抜け出した。正面に帝国軍本陣を見据え、白髪と着物の裾を揺らし、腰に携えた月下美人とともに間合いを進んでいく。


 私と対話しに来い。お主の絶望はこの身で聞こう……。


 フォトンを押し広げる――威圧感のない気配を届ける先には、威圧感のある剣帝の気配を感じる。全軍で攻めて来られたならそれまでの、最後の賭けに打って出ていた。


 もしも剣帝が一人で出てくるなら、シャイアが応戦の号令をかけることはなく、成り行きを見守るよう示し合わせている。


「お、おい、奴は何だ?」


「あれが剣聖だ。ふん……悪あがきを」


 帝国軍本陣の後方に設けられた玉座にかけるラテリオスが、望遠鏡でそれを覗いて慌てふためく。そんな玉座まで届けられる感情を読み取ったガディノアが、不満げに小さく鼻を鳴らす。


「こ、こちらに向かって来ているではないか!? どうにかせねば……ぜ、全軍に命ず! ただちに奴を止めるのだ! 全軍突撃! 突撃せよ!」


「お気を鎮めください兄上、軽はずみな命令はなりません!」


 恐怖心から取り乱すラテリオスを、同じく玉座のそばにいたカミュリオスがすかさず宥めた。続けざまには、ガディノアに一つの提案を持ちかける。


 これもまた、何としても開戦を避けたい一心から生じた、ただ一縷の望みに賭けたものに等しい。


「……応じられてはいかがですか?」


「ほぅ?」と悪魔のような目がわずかに細くなる。


「たとえここで多くが死に絶えたとして、何か不幸な過ちから起こった事故だったと……痛み分けに終わっては本望ではないでしょう? あなたが剣聖を打倒し、帝国を勝利に導きうる、そうであると証明していただけたなら、我が帝国は覇道を行くとお約束しましょう」


「なかなか面白い言質をとった。どうやら俺が敗れることに期待しているらしい」


 図星を突いた言葉に、カミュリオスには返事がない。


「いいだろう。奴を諦めさせるか、あるいは奴に諦めさせられるか……根競べだな」


 その気になったガディノアが間合いに意識を向けなおす。


 気配の変化を直感したアランは、一旦その場に足を止めて目を凝らした。


 帝国軍本陣の先頭から、白と黒の双剣を手に歩み出でる彼の姿を、はっきりと視界に捉える。400メィダの距離があってもその輪郭は見間違いようはない、忘れようがない。


「あの男を止める。……今一度、私に力を貸してくれ」


 祈りを込めて月下美人を抜き放つと、アランは勢いよく雪の大地を蹴った。





 剣聖が動き出すと同時に、剣帝も動き出していた。


 互いに相手を見据えて前のめりに、一歩、一歩、さらに一歩、踏み込む距離と速さが伸びていく。煌気をまとった身体が冷たい風を切る。駆ける軌跡に積もっていた粉雪が巻き上がる。


 両軍が敷いた陣の間合い中央を目掛けて、400メィダあった距離は急速に近まる。


 果たして蹴り出しから十秒足らず、その時は訪れた。


 刹那に振るわれた刀と双剣の一撃が、音を容易く置き去る勢いにのせて交わる。その常軌を逸した煌気と煌気の接触が、サウズ平原全域に轟くような干渉余波を引き起こす。


 周囲にほとばしった力の波が、一帯に積もっていた雪を吹き飛ばして、もとの芝の大地を露出させる。それをよそに、中心となった大地は、芝の葉一枚も落ちていない剥き出しの状態になり果てる。


 しかしそれほどの衝突であっても、彼らがかすり傷一つ負うことはなかった。


 その直後から、まるで呼吸でもするかのように同程度の衝突を繰り返し始める。煌気の青白い光が大気を割り、白い閃光がサウズ平原の芝を焼き払い、黒い歪みが大地に穴をあけた。


 両軍の陣からは200メィダ離れているが、たったそれだけしか離れていない、としか感じられない。


 あと50メィダも近づけば命はないだろうと本能的に理解させられる。


 その凄まじい気配に当てられて、あまりに現実離れをした光景を見て、両軍の騎士たちは怯んだ。


 その内の誰かは、自分が怯んでいると意識できなくなってしまうほど呆気にとられていた。能力者の高みを目指していた誰かは、その恐怖心さえも忘れて感銘を受けていた。


 軍人であれば騎士でも一般兵でも、時には軍人ではない一般大衆でも、剣聖と剣帝の伝説には聞き覚えがある。


 七十年前の大戦を生き延びた老騎士が証言しても、世間が信じることはない。


 歴史家が悪ふざけで脚色したような、まったくもって荒唐無稽な話だと笑い話にされていた。


 それを今まさに、彼らは目の当たりにしているのだ。



 ウィンデ程度の男を『剣聖』と謳うなど、あまりにおこがましいことだったのだ……。


 連邦軍本陣にいた騎士の誰かは、剣聖という称号に対する評価を改める。


 あの日双剣使いを見下していた自分は、あまりに無知だった……。


 帝国軍本陣にいた騎士の誰かは、剣帝という存在に対する認識を改める。


 決して届きえぬ高みを見た、もはや思い残すことはない……。


 騎士としての意識が高い誰かは、この場で命を落とそうが悔いはないと考える。


 そのいずれでも、何人であろうとも、剣聖と剣帝の決闘には立ち入られない。





 一度距離を取ったガディノアが、右手の白い剣で虚空を何度も斬りつけながら迫ってくる。


 アランは相手が斬りつけた場所に注意した。


 一見して無駄な動きに思えるそれが、剣帝の恐るべき能力の一つであることを知っていた。


 後の先をとろうと横に飛んだ、その瞬間、向かった側の空間に目視できない脅威を感覚する――相手が数手前に斬りつけた空間だった。


 鋭い刃状に形状操作されたフォトンが迸る。これはあらかじめ空間に固定されていたものが、光の元素化フォトンがもつ『光を屈折させる能力』によって隠されていたのだ。


 戦闘が始まって十分ほど経過しているが、その右手が斬りつけた分だけ、周囲には無数の罠が仕掛けられてあった。


 それでもアランは落ち着いていた。


 気配まで隠せる能力ではないため、感覚したそばに瞬爆練で相殺すればこと足りる。それが頭上にあろうが、背後にあろうが、股下にあろうが対処できた。


 とはいえ、帝国最強の剣帝と謳われる男の攻撃が、その程度であるはずはない。


「ずあぁあああっ、るぁっ!」


 気合をかけたガディノアが、地面を抉るように蹴りつけて、大きな土石の塊を弾いてくる。


 それだけであれば避ける必要もないこの攻撃に、アランはより細心の注意を払った。


 激しく地面を撥ねて砕け散る土石、それの落とす影から黒い斬撃が一閃する。ガディノアの左手が振るった黒い剣が、闇の元素化フォトンがもつ『空間と空間を繋げる能力』によって、実際の距離を無視して繰り出されていた。


 この一撃がもつ威力は瞬爆練で相殺できない。


 やむなく必要最小限に身体を反らせて、これをきわどい間隔で避ける。


「相変わらず勘のいい」


 ほとんど間を挟まず、今度は直接的に斬り込まれた。猛攻を受ける最中も視線を切っていなかったアランは、これにも難なく月下美人をあわせて対処した。


「お主も器用な戦いをする」


 やや強めに力をこめて、鍔迫り合いになったガディノアを押し退ける。


 ふたたび距離が空いた一瞬の隙、アランは月下美人に二種類の煌気を帯びさせた――両軍が敷いた陣に並行する立ち位置を狙い澄まして、縦一線に手加減のない月影を放った。


 縦に伸びる青白い光の奔流が、掠める大地を豪快に消滅させながら、真っ直ぐに突き抜けていく。降りしきる粉雪の空に風穴を開ける。


 その輝きが秘めた威力に対して、さしものガディノアも取れた選択は横に飛んで避けること、その一択のみである。


 大粒の土砂が舞い、乱雑に突風が吹き荒れた。


 そんな一撃の余波を残して、戦闘はぱったりと途切れるのだ。


「まだまだ肩慣らしだな……止めければ本気を出せ」


 目の前を漂う砂ぼこりを払って、ガディノアが声を唸らせる。


「止めるのはそうだが勘違いするな。私はお主と対話するために来たのだ」


 アランは構えを解いて言葉を選んだ。


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