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祈りの詩が詠われた日に


 一月末日


 連邦辺境国の一つに数えられる都市型国家・フォンテイン王国。


 都市の中央に王城を構えて、全五層ある廓の中に市街地を設ける。


 そんな世界屈指の堅牢さを誇る要塞都市として名高い地の、その石畳も、その厚い鉄板で補強された家屋も、その10メィダほどの高さをもつ防壁も、他に漏れず、降り止まぬ雪の銀白に染まっている。


 ウェスタリア国を発ってから予定通りに、アランはこの日になって到着を果たした。


 都市の外から中まで地続きに線路が敷かれていること、移動に蒸気機関車を利用していることもあって、乗車したままの入国する形になった。


 通常のそれとは別にあった線路専用の門の開閉にあわせて、蒸気機関車は発進と停車を繰り返す。


 都市の内側に向かうに連れて、車窓に見える生活様式は豊かになった。有事の際には内側にいるほど安全と考えられていれば、土地の競売価格も内側が高価になり、必然的に富裕層が増えたのだ。


 真偽は定かではないが、都市には王族のみが知る地下通路の存在が噂されている。


 それほど防衛に重きが置かれた造りであるのは、サウズ平原の最寄りであるからにほかならない。


「ここが戦場になるかもしれないと知って、ほとんどは避難したらしい」


 建造物の多さに反して、見かける一般人の数が釣り合っていない様子から推察する。かつて自分もその立場だったことを思い出すと、アランは少しせつない気持ちになった。


「この要塞都市がどれほど機能するのか、民衆にはわからないでしょう。かくいう私もその一人です……学術的に把握しているものが、そのまま実際に通用するのかどうかわからない。内戦も起きなくなった今では、兵の大半は実戦を経験していません」


 正面の席に同車しているシャイアが、隠しきれない不安を口にする。


「どうか慣れて欲しくはないものだな」


「これまで再三にわたって講和を持ちかけてきましたが、とうとう帝国からは返答がないまま。皇帝なのか、剣帝なのか、はたまた両方なのか、どうやら起こそうとする意思は固いようだ」


「我は祈る アルカディアの地に祈る 分たれる道も いつかは一つの道であらんことを 我は祈る アルカディアの空に祈る その青と黒が 生きとし生けるもの すべての恵みであらんことを」


「オルティメアの祈りの詩ですね」


 世間になじみ深いもので、突飛でもすんなりと理解される。


「わざわざこの日を選んだほどなのだから、余程、開戦することに強い意志があるのだろう」


「劇場型を目論んでいるとするなら、あまり客席は楽しそうではありませんが」


「……主役を食らってやる覚悟も、その最後の最後には必要になるやもしれん」


 シャイアに忠告するとともに、アランは自分自身にもその覚悟を迫った。


 フォンテイン王国軍本部、王城、教会から一般住居まで、都市の各所にある様々な施設が限定的に解放されて、連日昼夜を問わずに到着する兵力を収容していく。


 現状で四十万近い移動が遂行され、もう一週間以内には完了する見込みだった。


 サウズ平原から東側500メィダに位置するここが、今後は前線基地として機能する。



 ×



 サウズ平原から西側500メィダ、帝国の辺境領地。


 ここにも、シェルテルというフォンテイン王国のそれに比肩する要塞都市がある。


 これらに違いがあるとすれば、後者は平地に一から造られた人工物としての要素が強い一方、前者は険しい山岳地に砦を建設した天然物としての要素が強いことだろう。


 ほぼ断崖絶壁な山岳の上にある、それだけでも五層の郭に匹敵する防御力を発揮している。


 当初は要塞の役割しか持たない施設だったが、後年に鉱脈が発見されて以降はフォトンストーンの採掘鉱山にもなって、そのために都市と呼べるほどの街が造られた――普段は鉱夫とその家族、鍛冶職人や商人で賑わっているが、今は軍人の姿しか見受けられない。


「二週間、あと二週間だ……」


 要塞の中では一際豪華かつうす暗い一室、そこでラテリオスが頭を抱える。


 刻一刻とその時が迫るにつれ、彼の胸にある恐怖は膨れ上がった。数日前にシェルテルに移って、それから食事はおろか一滴の酒も喉を通らなくなり、その体重も急激に落ちていた。


「総力を出せる用意だけはしておいて、あとは連邦の出方を見ておけ。規模を間違えるな。ともあれお前は本陣の玉座で見ていれば、あとはそれでいい」


 そんな彼をさらに追い詰める調子で、ガディノアは「お前は飾り物だ」と言い放った。


「ほ、本当に勝てるのだろうな?」


 ラテリオスに不安を訴えかけられるが、愉快そうに笑うだけで答えない。


 その場を立ち去る背中に「待て」「何か言え」「言ってください」「お願いだ」と投げかけられたが、ついぞガディノアは足を止めることさえなかった。


 そうだ、お前は永遠に答えの出ない暗がりをさまよっていろ……。


 彼はそう思いながら、ただ、あくまでも愉快そうに笑みを浮かべるのだった。


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