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拍子抜け


 独特のなりをした二振りの片手剣。


 類い稀なる才気によって、双剣を巧みに操り、時に右で光を放ち、時に左で闇を放ったとされる。かつての戦乱の時代、帝国には『剣帝』と謳われた使い手が存在した。


 その力は、後に台頭した連邦の剣聖に匹敵し、事実それらが決着をつけるまでには半年――幾度とない機会が要された。


 明確な殺意をあわせて、莫大なフォトンが籠気された双剣と刀。


 これらが衝突する度、大気が弾け、大地が砕け散る。その拍子に超高密度のフォトンがほとばしりでもすれば、両者の周囲に生物の存命は許されない。


 時に、そんな戦闘が終わる頃には、山地が平地になっていたこともあった。


『あれはもう人の戦いではなかった……』


 当時を知る老いた騎士たちは、そう異口同音に語る。


 やがて剣聖の勝利に終わった闘争が、想像を絶する言葉にしがたいものであるためか、剣帝も後世では伝説とされる存在になっていった。


 以来七十年。世に名を馳せるほどの双剣使いは、未だに現れていない。





 七月十六日。


「あたしたちは、父様の信じた舞踏双剣術を世に知らしめるために騎士となります!」


 例によって「なんのために――?」と問われれば、双子の姉であるルナクィンが、猫のような目をさらに見開いて即答する。隣で弟のソルクィンが、半眼ながらも真剣な面持ちをして相槌を打った。


 その目は両者ともに、力強い輝きを絶やさないでいた。


 昼休みのことだった。


 食堂で昼食を済ませたあと、ジョンは自分から双子のもとにおもむこうと考えていたが、どうやらそうするまでもないらしかった。


「双剣のことを教えてください!」


 食堂にいた自分を見つけるや否や、双子の方からそう教えを請われたのだ。


 昨日の今日で、なんとも思い切りがよい……。


 今の二年生よりも強い向上心があると見た……。


 そう思う彼は、応じる姿勢を示して「これは話が早い……」と続けて返す。


「いいだろう。双剣の扱いに精通はしていない、だが誰よりもその恐ろしさを知っているつもりだ。立ち回りや、伸ばすべき点を見て助言をしよう」


 双剣を十二分に扱えるわけではないにしろ、双剣使いの頂点に君臨した男のそれを散々と体感したからこそ、ジョンは助言ができると言い切れた。


「まじっ……ほ、本当ですか!?」


 ルナクィンが顔を綻ばせる。余程これが嬉しかったのだろう。念押しの言葉には、素の一部が見え隠れした。しかしジョンから「ただし……」と続けられると、改めて神妙に聞かざるを得なかった。


「私の弟子と試合をして、勝ったらにしようか」


 ジョンは条件を提示した。とはいえ結果がどうなろうと、双子には指導をするつもりでいた。


 ならなぜか? といえば、この機会を利用して弟子に経験を積ませようと思い立ってのことだ。


「わ、わかりました……やります、やらせてください」


 これを断る手はないルナクィンが、額に汗をにじませて武者震いする。


 何せこれから相手にするのは、昨日に底知れない力の片鱗を見せた男の、弟子であるというのだ。心にはわずかな恐れが芽生え、それを払拭せんとする大きな闘志が湧きあがった。


 一体どんな奴だろうか……。


 きっと熊みたいにいかつい顔をした、屈強な大男に違いない……。


 そんな顔も名前も知らない相手の妄想は、そう過剰に膨らんでやまない。


「弟子……ふごゅっ!?」


 あれっ、その弟子ってホロロ君なんじゃ……うわぁ、大丈夫かなぁ……。


 ジョンの隣で食事するかたわら、話を聞き流していたネネであるが、思わず口に含んでいたスープを吹き出しそうになった。


 一年生でも屈指の実力者である双子。


 特に姉がめらめらと闘志を燃やすさまを横目に、勝敗よりも勝手に話を進められた弟子の安否に、彼女は懸念を抱かずにはいられなかった。





 同日、放課後。


「というわけだから、彼女と試合をしなさい」


「えっと……どういうわけですか?」


 ホロロはジョンから演習場へ呼び出され、そこで見覚えのある双子と顔をあわせた。


 それらの顔と名前は見知っていたが、これまで接点などがあったわけでもない。事情のあらましを聞かされるも、何ら前触れもなければ心構えをする暇さえない。


 だから今ひとつ、この状況を飲み込めないでいる。


「弟子って、これが?」


 見るからに弱そうなんですけど……。


 いや、もしかしたらこう見えて滅茶苦茶強かったりして……。


 それはそれとして、弟子とされる相手の見てくれに、双子も疑心暗鬼になった。


 熊のような顔でもないし屈強な大男でもない。勝手に妄想をして決めつけた自分たちもどうかとは思うが――だからといって、仔犬のような顔をした華奢な小男とは思いもよらないでいた。


 ホロロの爪先から頭頂部までを一通り凝視し、思わず見下してしまいそうになるルナクィンだったが、すぐに慢心や油断は禁物として自分を戒める。


 何はどうあれ、それがジョンの弟子であるということには変わりないし、すべてが見た目で決まるとも限らないのだ。


「ねぇ、あたしと試合をしなさいよ」


「あの……どうして?」


 ルナクィンから険しい声色で挑まれたホロロは、眉をひそめて聞いた。


 試合をするにしても、理由を欠いていては気乗りがしないでいた。 


「理由はあったけど気が変わったわ。あたしとあんた、どっちが強いかを知りたい」


「そんな急に言われても……僕は……」


 ジョンが話を事前に知らさせなかったのは『自分の戦う準備が済むのを、敵は律儀に待たない』と暗に伝えたかったため。ただし、口を真一文字に結んだホロロを見る限り、早計がすぎて思える。


「経験を積むのなら早いほうがいい。今はとにかく試合をして、己を知ることだ……が、無理強いはせん。お主が望まぬなら……」


 近頃は自惚れておったようだ……。


 わかるようになったとばかり思っていたが……。


 やれ人の感情を知るとは、まだまだ雲を掴むように難しい……。


 ホロロの心境を察することができない自分に、ジョンがそう歯痒さを覚える。


 大戦時の十七歳の男児なら、徴兵もしくは志願という形で、大半が前線におもむき命を賭していても何ら不思議ではない。


 しかし、そうした風潮が現代ではもう古い考え方なのだと、ジョンも最近になってようやく理解をしていた。


 別段、彼らの気概に習わずとも――と……。


 とはいえ、杞憂である。


 ふと、ホロロはルナクィンの顔に目をやって、彼女のまなざしが含んだ真剣さに感づいた。


 ――数秒で終わってしまうかもしれない試合のために……。


 もしも僕がここで断ったなら、彼女が僕に向けた真剣さは一体どうなるんだろうか……。


 今まで感じたことも考えたこともなかったな、こんなことは……。


 持参していた木刀の柄を握りなおして、彼は芽生えた感情をフォトンへ無自覚にこめた。


「いえ、やります……君と試合をするよ」


 それ相応のまなざしをもって、ホロロは明確な返事をする。


 妹の言葉を思い出し、ルナクィンと向き合いたいという気持ちになっていたのだ。


 しだいに日も暮れ始め、人気の失せた校舎内には、静寂と茜色が際立ちつつある。


 物怖じしていたかと思えば、次の拍子には闘志をむき出しておる……。


 これはどういう心境の変化か解せぬ……。


 だが気が変わらぬうちに事を運ばねば……。


 とも困惑気味のジョンではあるが、勢いの死なないうちに試合を取り計らった。


「では……始めようか……」





 演習場の中ほどで、ホロロは木刀を正眼に構えた。


 半身になって双剣を前後に構えたルナクィンと向きあい、ジョンの合図を待つ。互いの剣を伸ばせば、ちょうど切っ先が触れかかる距離で、彼は緊張の強まりを感じると息を飲んだ。


「っと……すごいじゃないのよ、可愛い顔してえげつない量を持ってるみたいね……でも、あたしの……父様の双剣は、単なる量の違いで圧倒されてしまうほど、安かないわ!」


 精一杯の啖呵を切って誤魔化したルナクィンも、緊張という点では同様である。


 ホロロの体内にある膨大なフォトンの気配を感じれば、彼が学内で何と呼ばれているのかも知らなければ、たとえ現役の騎士でさえ身構えずにいられないだろう。


『フォトン量の違いが、能力者としての優劣を決めるのだ』


 そう言い切る騎士もいるほどに、この要素は重要視されてもいる。戦う前に相手を気圧すという点に関しては、ホロロに圧倒的な優位性があると言えるのだ。


 初めて相手にする双剣の使い手、あるいは刀の使い手、互いの手の内は定かでない。


 まったく、どう攻めるか細かく考えるなんてさ……。


 らしくないじゃないのよ、ルナクィン=キュステフ……。


 ルナクィンが自らを奮い立たせ、その瞬間は訪れる。


「では……始め!」


 ジョンの合図から一拍もあったかどうか、ルナクィンは先手必勝とばかりに踏み込んだ。


 先手はあたし、だけど後手のこいつはまだ動かない……。


 この距離でそれだけの余裕があるっていうの……。


 切り込みのわずかな時間に集中するが、微動だにしないホロロを不気味にも思う。されど、今さら引けないとも判断すれば、彼女も思い切るのみだった。


 そして、双剣の一方がホロロの木刀を払いのけ、もう一方がその脳天を直撃する。


 ごんっ。


「あれっ……ちょ、ちょっと……ねぇ?」


 鈍い打音がして、ホロロが仰け反り倒れて気絶した。


 動かなかったのではない、反応することさえもできなかった。ものの見事に意識を絶たれたなら、自分を打ち負かした相手が、戸惑いを隠せないでいることもわからない。


 確かに試合には勝利した、勝利したのに勝ち誇る気分にはなれないでいる。なら、この拍子抜けの惨状には、おそらく本当の勝者などいないのだろう。


 どこか遠いまなざしをするルナクィンが、横たわるホロロを見下ろし、述懐する。


 言葉は小さく、笑い混じりにこぼれた。


「……弱っ」

4/11 全文改稿。

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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