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開戦に向かう世界⑧


「ヒヒッ。……ほぉら、言った通りになった」


「言わないでよ。聞くだけ聞いてみたかったんだ」


 やや重たい足取りで、ホロロは街灯りに照らされたドラシエラの通りを歩いていく。


 二、三歩ほど前を行くアイリーズの歩調に、今にも踊り出しそうな印象を感じて――明るくとも夜道ではあるし、代表生徒の対立もあるし、恐ろしい顔つきをしていても少女には違いないし、などとあれこれ考えた末に、彼は彼女の帰路に付き添っていた。


「思うにピコニス教官は常識人だし、学生が行きたがっても許すはずがない。ホロロ君が言い出したならなおのこと。彼女が裏の子みたいにサディストだったならともかく」


「もしも街から抜け出すってなったら、すごい迷惑をかけてしまうだろうね」


「迷惑どころではないでしょう。抜け出した付近の警備担当者から、その上にいる責任者までが職を失ってしまうかもしれないわ。とある暗殺を許した警備責任者の末路を知っているけれど、とっても悲惨よ。良くても業界内で干されてしまうのだから。ヒヒッ。信用を失くすことの怖いこと」


「犯人が誰かは聞かないでおくとして……やっぱり、どうにもならないと思う?」


「無理ね。関係者の許しがない以上は絶対に」


 きっぱりと言い切ったあとに、アイリーズが「だから許される必要があるの」と付け足す。そんな口ぶりには、何かしら良からぬ考えを持っていそうな抑揚がある。


「もしかしなくても、何か企んでいるよね?」


「企むだなんて、やぁね。……ワタシがこの優しい騎士って志を素敵だと思うのはね、ほかの誰かと分かち合えるからなの。ワタシたち二人が願ったところで、それは個人の域を抜けないわ。だから、これからたくさん巻き込んでしまえばいい」


「巻き込むって、まさか君……」


 どんな考えかを察したホロロは、アイリーズに向ける顔が思わず引きつる。


「巻き込むのはあくまでも共感を抱いて、そこに義勇を尽くせる子だけ。もちろん命がけになるから強要なんてしないし、冷やかしなんて論外よ。そうやって中立軍も管理局も無視できないくらいに、一つの願いを持った大きな一団を組織する。……さしずめ学生義勇軍かしらね」


「それって抜け出すよりも……こんな時なのに、そんなに上手く行くのかな?」


「まぁ。人を巻き込む天才のくせに、ホロロ君って自己評価が低いのね? 警備で仲裁に入った時、アナタの言葉が生徒たちの胸にグサグサ刺さっていたの、少しくらい自覚があるでしょう?」


「手応えっていうか、何というか」


 肯定しづらい言葉に、ホロロは立ち止まって首を傾げる。


 二人で警備に取り掛かった初日から、そばで見ていたアイリーズにとって一目瞭然なことだった。


 圧倒的かつ穏やかな気配を持つ彼の、その口から発せられる綺麗事のような言葉に、それまで揉めていた代表生徒たちは得物を鞘に納めて、言い分を聞くために口を閉ざす。


 不安定な情勢下に明日をも知れぬ身で、耳に入ってくる言葉は曖昧なものばかりで――何を信じて良いのかわからなかった彼らにとって、真っ直ぐに自分の道を進んでいる彼の言葉は響いた。


 それが正しいのか間違っているのかは別としても、揺るぎない信念のこもった言葉は響いたのだ。


「明日から警備の合間にでも声をかけて回りましょう。ワタシも含めて頼れるものは何でも頼って。それだけアナタには人を惹きつける力がある。……もっとわがままになってもいいのよ」


 先を歩く足を止めたアイリーズから、振り向きざまに提案をもらう。


 時に、意に沿わない体制に対して、人々が徒党を組んで示威運動を起こすが、彼女の考えはこれと似ているようで違っている。


 やがて訪れるだろう受け入れがたい現実は、自然災害などとは異なって人為的に起こされるものだから、難しいが取り返せる道も残っている――ここを求める。


 ただ無意味な現実逃避に声を上げるのではなく、現実に働きかけるための意思を募るのだ。


 もしも僕の願いが、僕たちの願いになるとして、でも……。


 提案が上手く行ったあとを想像すれば、ホロロは気が進まないで返事を渋った。


「繰り返しになるけど、あくまでも共感を抱いて義勇を尽くせる子だけ。生き死には自己責任よ……優しい騎士が納得できないならそれでいい。諦めて別の案を考える」


 その志を分かち合った理解者であるアイリーズには、そんな心も見通されていて、逆もまた然り。自分がなそうとしていることに対して、まだ考えが甘いこともそうだった。


 しかし彼女が現実を見るように促してくる様子はない。


 そこに求められている理想は存在しない。


 何もせず中立国でその時を待つか、多くの危険を承知で行動を起こすか、道は一つ。


「……いいや。やってみよう」


 岐路に立ったホロロは、自分に正直になる道を選んだ。





 アイリーズを送り届けたあとで、エンに戻ってウェスタリア代表を自室に集める。


「みんなに聞いてもらいたい話がある」


 ジャンゴやナコリンなど主要な面々に加えて、ルナクィンなど代表補欠たちの前に立つ。その場の落ち着きをうかがい、ホロロは彼らに説明を始める。


 事前にアイリーズと打ち合わせた通り、まずは近しい生徒に声をかけるつもりだった。



 二月十四日の開戦に対して、共同で防衛に動いている中立軍と管理局が、もしかすれば仲裁行動に出る可能性がある。


 その場合を思い、自分の力が役に立つのかもしれないのなら、少しでも犠牲者を減らせるかもしれないのなら、自分もサウズ平原に同行したい気持ちがある。


 常識的に考えて無理な話で、ピコニスに申し出たところでは案の定断られている。それでも思いは変わらないから――。



 内容自体はあまり難しくもなく、説明にはそれほど時間もかからなかった。


「……義勇軍か。お前のことだから、ただ何かやっていたいって、それだけじゃないよな」


「ここまでなると異常です……神樹教の時とはわけが違います。それもわかっているのでしょうに、優しい騎士とはそれほど万能なのですか? 何があなたをそこまでさせているのです?」


 考え込む調子でジャンゴがこぼす。心配する調子でナコリンが疑問を呈する。ほかも彼らと似たり寄ったりの反応をして、それでいて冗談と思い呆れる様子などは見られない。


「僕ってこういう性分なんだって、最近では思っている。どうしようもないんだ。誰かが傷つくってわかっていて、自分に何かできるかもしれないと、もうじっとしていられない。おかしいって自覚もあるから、多分、これは本当にどうしようもない」


「何千何万って数の人間を相手にするかもしれないのよ? そのみんながみんな聞き分けてくれると思っているの? 誰かが傷つかないために、誰かを傷つけるの? 傷つきに行くの?」


「ホロロ君の言っていることとやろうとしていることは、何だか矛盾している気がする。戦争に行くなんて止めようよ。私たちはまだ十七歳の子供で……学生なんだよ?」


 思い留まらせたそうに表情を歪めて、ゴランドルとティハニアが問いかけてくる。


 ホロロは「上手く言葉にできないけれど……」と答える。


 およそ物事とは、人が把握できていないだけで、始まる前に終わっている。


 人は把握できていない事の運びを想像して、何かを感じ、何かを思い、何かに期待する、何かに絶望する。すべてが過去になった時に初めて全容を把握できる。


 そして、それらは経験として人の中に蓄積される。


 誰もが、その時になってみなければわからない。


 開戦に向かう世界を想像して、やるせなさを感じ、自分にできることを思い、それらがより多くの誰かに届いていく未来を期待する。


 たとえ矛盾であるとしても必ずどこかには決着があって、矛盾があるからこそ結果には人の経験が通用しない――勝ち負けか、引き分けか、あるいは――そこに万に一つの可能性を願って、彼は戦うと決意していた。


「……僕が欲しいものは、そんな矛盾の中にあるんだ」


 それは一学生の領分を越えた、あまりにも強欲な願いであるが、人の心を動かす誰かは、えてしてそういった強い願いを持っている人物なのだろう。


「はははっ、まったくもって奇妙な男と出会ってしまったものだな。あとにも先にも、お前のような男には出会えまい……。また手を貸してみようじゃないか。俺も連れて行け」


「ぶっちゃけると、サウズ平原の辺りってさ、バーヤマンの放浪区域だったりするんだよねぇ……。あたしも行くよ。何ができるのかわかんないけど、まだ戦争を止めたい気持ちも残っているし」


 ボージャンとブリジッカが意思を示せば、


「人が集まれば統率する力も必要だね。それなら僕も少しは役立てるだろうか?」


「戦争、止めたい」


 続いてワトロッドとキュノが意思を示す。


「そんなキラキラした瞳をして、いつも俺の目の前をウロチョロしやがって……追って行きたくなるくらい羨ましいじゃないか。俺にもそんな瞳をさせてくれよ」


 ジャンゴも意思を示して、その場に恰好をつけて立つ。


「……それで、その義勇軍はどうやって集めるつもりなのですか? 集める場所などは確保できているのですか? どうやって中立軍や管理局に義勇軍と認めさせるのですか? 人員が集まったところで、認めさせられる保証はどこにありますか?」


 険しい目つきをして、ナコリンがまくしたてる。


「まだ決まってない。これから考える……だから君の知恵を貸して欲しい」


 アイリーズの言葉を思い浮かべながら、ホロロは素直に頭を下げた。


 するとナコリンが「はぁああああぁもう!」と大きな嘆息をして、


「そのような調子でサウズ平原に向かって、それであなた方が帰って来なかった日には寝覚めが悪い……人を多く動かすと見込んで、やるからには計画性を重視します。無計画は許しません」


 またその意思を示す。


「ボージャン様まで……いいわ。あたしも付き合ってあげる」


「やっぱり嫌だな、怖いな。でも、このまま戦争が始まったら、私の夢は遠ざかるんだ」


 最後にゴランドルとティハニアがその意思を示す。


 ルナクィンが「先輩、あたしも……」と言いかけるが、ホロロは首を横に振ってさえぎる。彼女に任せていたい、彼女にしか任せられないと思うものがあった。


「君には、君だから、ミュートさんのそばにいて欲しい」


 一瞬うしろめたそうにしたルナクィンが、すぐに真剣な顔になって「わかりました」と頷く。代表補欠からは、ほかに意思を示すような様子はない。


 誰もが誰も賛同できる事柄ではないし、過ごした時間が短ければ仲間意識に働きかけられなくても当然なのだ。


 しかし黙っては拒まずに、一様に「すまない」と口にしていた。


 開戦に対して思うことがあるから出た言葉だと、ホロロは彼らの声の調子から聞き取る。もとよりそのつもりはなかったが、彼はそんな彼らの意思も責めることなく受け入れる。


「これは僕の身勝手な願い、私利私欲。サウズ平原に行って、無事に帰って来られる保証はどこにもない。無理強いは出来ない……それでも一緒に来てくれる?」


 今一度しっかりとした声で、ホロロは確かめる。


 一拍を置いて、その意思を示した八人からは、覚悟の垣間見える頷きが返ってくるのだった。

 

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