開戦に向かう世界⑥
「いや振ったって……あんたねぇ」
呆れ調子のため息が、その机と椅子だけを備える小さな部屋に反響した。管理局の収容施設にある面会室で、ルナクィンとミュートの二人が久方ぶりに顔を合わせていた。
連邦と帝国の代表生徒による対立が厳しさを増していく中で、ギルヴィムと騒動を起こした一件も相まって、未だにミュートの拘束は続いている。
一言に拘束とは言っても、保護観察下にある彼女の行動が模範的であることや、事件の背景には情状酌量の余地があること、ピコニスの口添えもあったことで、現状では『軟禁されている』とした方が近い。
明確な殺意のある殺人ではあったが、ギルヴィムが生きながらえているため、彼女には殺人未遂の罪が問われている。
また被害者側からの訴えなどがなければ、必要以上に罪も重くならず、一先ずはアイゼオンの法律に則って裁かれた――今後は執行猶予つきで釈放される見込みだった。
「ふ、振ってはいないぞ。今はダメだと言っただけだ」
ミュートがあわてたように否定する。
「変わらないじゃないの。どう考えても振っちゃっているでしょうが、それ」
「だって、だってあんなことがあったばかりだったし? こんな私でもいいのかと思うと怖くなるし……仕方がないじゃないか? あまりにも突然で驚いてしまった」
「久しぶりに見たと思えば……さっきから何なのよ、そのナヨってした感じは? あんたって随分と丸くなってない? いやだ気持ち悪い。今までとかけ離れているわ」
恥ずかしそうに頬を赤らめて、ミュートが手混ぜをする。そんな彼女の変わり果てた様子を見て、ルナクィンが鳥肌を立てる。彼女らのやり取りは、いつもと調子が違っていた。
「それは……むふふっ」
「思い出し笑い!? いよいよどうしちゃったのよ?」
「さぁ、どうしてだろうかな。別に投げやりになったわけではないが、何というか、いろいろ抱えていたものが吹っ切れた。それに、もともと私はこういう女だ……許してくれ」
今までになく、ミュートが穏やかな顔で笑う。
それを見てしまったなら、ルナクィンもそれ以上はつべこべと言えなくなった。
「ハイハイ、ヨカッタデスネ」
「ありがとう。君には感謝しても足りない」
「もう、だから、そういう感じはやめてって……ああ、まぁそう思うなら、これからはもっと上手くやりなさいよ? こっちもどうにか諦めつけたわけだしさ。まったく世話の焼ける」
腕を組んでつんと顔を背ける後輩の様子を見て、ミュートがふたたび言いかけそうになった感謝の言葉を飲み込む。ただ繰り返しては意味が軽くなってしまうような気がして――だからその次には、彼女の口からは別の話題が切り出された。
「外の様子はどうだ? この収容所にも、ちらほらと噂程度には聞こえて来るが、やはりかなりまずいのか? もしかすると、私の一件が影響していたりも……」
「瀬戸際って雰囲気かしらね……それはないって確証を持っては言ってあげられないけど、あたしの感覚からすると、たぶんあんたは関係なさそう。そもそもあたしらの知っていた事情が間違っているのか、帝国の動きと辻褄が合わないもの。
ピコニス教官が言うには『ネネ教官が何か知ったらしい』のに……そのネネ教官は急に塞ぎ込んじゃうし、もう意味わかんない」
「そう聞くと安堵半分心配半分で複雑になるな。ホロロたちはどうしている?」
「ここ数日は連邦と帝国の生徒が険悪で、もめ事なんかも多いみたいでね。先輩はアイリーズさんと一緒に管理局の警備を手伝っているわ……あたしも手伝いたいけど、あたしはあの二人やあんたほど強くないし、下手に手伝って仲裁に失敗した時が怖いの。それはナコリン先輩たちも同じみたいで、なるべく帝国の生徒と鉢合わせないように過ごしているわ」
「穏やかじゃないな。いや、こうなってしまう方が自然なのか」
「よりにもよってオルティメアの生誕祭に開戦だなんて……どう考えても狙っているわよね。帝国の皇帝ってどういうつもりなのかしら。ひょっとして、ほかの誰かが幸せにしているのは許せないの、みたいな女々しい感じのアレだったりして。……本当にどういうつもりなのかしら?」
「……これからどうなるのだろうな? 世の中も、私たち騎士も」
今後を憂えるようにして、ルナクィンとミュートが口を噤む。
それはまだ騎士養成学校の生徒である彼女たちには、とても答えなど出せる疑問ではない。しかし最悪の場合はどうなるか、それはいくらでも浮かぶものだから、なおのこと不安に思えてしまう。
いつか、その気がなくても戦場に駆り出されるのではないか……?
「と、ところでさ……話は変わるんだけどさ……」
それでも、まだ答えがわからないからこそ、そこに希望も持っていられる。ホロロやアイリーズ、ウェスタリアの代表たちも、そして彼女も、まだすべてを諦めているわけではなかった。
まだ自分の将来を諦めてしまうほど、彼ら彼女たちは状況に対して足掻いていない。
「急にしおらしくなって何だ、どうした?」
「ジ、ジャ、ジャンゴ……先輩ってさ、どんな子が好みかな?」
へこんだり、不安になったり、髪をいじりながらモジモジすることがあっても、
「…………おい君、嘘だと言ってくれ」
ルナクィンという少女は、いつだって猪突猛進なのだ。