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開戦に向かう世界④


 連邦と帝国の準備が進む一方で、ドラシエラでは異変が起きていた。


 異変が――とはいえ、それは起こるべくして起こったことだった。まだ多感な時期にあれば、その事実を受け止めるには難しくて、異なる環境の中では負の感情を発散するにも難しい。


 誰かに聞いたところで曖昧な答えしか返って来なくて、また余計に難しくなる。


 保護されている代表生徒の一部が、都市内で諍いを起こすようになったのだ。


 都市の広さに対する生徒の数からして、どれだけ棲み分けをしても出会わないようにはできなかった。場所を広くすれば目が届かなくなるし、場所を狭めれば軟禁になってしまうから、こうした現状になっている。


 この日も連邦と帝国のとある代表生徒の集団が、大通りで鉢合わせていた。


『お前たちの国ってさ、何を考えているわけ?』


 連邦の生徒の一人がつっかかる。


『……知らねぇよ』


 目線を逸らした帝国の生徒一人が弱く返す。


『とぼけんな……最初からこうなる予定だっただろうが? ……まったく何のためにここまでやって来たと思っているんだか。こんな骨折り損が認められるか、ふざけんなよ』


『はぁ? 何を一人で盛り上がってんだ?』


 次第に殺気立ち始める生徒の集団を囲んで、大通りには人だかりができた。


 それでも誰かが止めに入るような気配はいなかった。もとい優秀な能力者である彼らの仲裁に入るなど、一般人には無理なことだった。誰かが都市の警備を呼びに走るも、危うい雰囲気の膨らむ方が早かった。


『俺たち連邦の代表はな、こうならないように武闘祭で戦っていたのさ』


 連邦側の集団から別の生徒が『おい、それは言ったら不味いだろ』と慌てて口を挟む。


『……どういうこった?』


『どうせ開戦するなら隠す必要もない。お前たちの皇帝が戦争を企んでいるって、中立国から情報があって、お前らの強さを目安にしたとかでよ……だから俺たちは必死こいて強くなったのさ! ここ何年も快勝していたお前らが今年はどうだ、ボロ負けだったろうが!』


 思わぬ事実を知って『何だよ、そりゃあ』とたじろいだ帝国の生徒だったが、


『そんなもん知らねぇよ……わかんねぇんだよ! 俺たちだって何でこんなことになっているのか、何一つ、これっぽっちもわかんねぇんだ! そんなつもりがあるわけねぇだろ!』


 そこから歯を鳴らして怒鳴り返した。


『サウズ平原の近くには、俺の親兄弟だって住んでいるのに!』


 完全に逆上した連邦の生徒が携帯する得物に手をかければ、帝国の生徒たちが反射的に得物に手をかける。そうなればほかの連邦の生徒たちも、得物に手をかけずにはいられなくなる。


『ほ、本気なのか? 神樹の加護もないのに……』


『う、うるさい! お前たちさえ、お前たちさえいなければ、こんなことには!?』


 連邦の生徒が鞘から得物を抜いた。


 人だかりにどよめきが起きる。一触即発の緊張感から誰もが身構える。


『ぬ、抜いたな……抜いたな!?』


 帝国の生徒も鞘から得物を抜けば、ほかの生徒たちも得物を抜いた。引き返したくても引き返しはつかず、もはや大声で自らを奮い立たせて、彼らも踏み出すほかにはなかった。


 果たして、事態は最悪の刃傷沙汰に発展する、かに思えた。


 まわりの人だかりを飛び越えて、衝突直前だった集団の間合いに人影が二つ割り込んだ。それらは連邦と帝国の代表生徒たちが振るいかけた得物を、受けて、捌いて、弾いて、そして彼らの足を踏み止まらせた。


 ほんの一瞬の出来事で、それは代表生徒たちも気づき遅れるほどだった。


「仲良くしてとは言えないけれど、どうか争ったりはしないで欲しい」


「ヒッヒィイイイッ! いけない子は天国送りよぉおおお!」


 一人は藍色の髪をもった少年で、もう一人は不気味かつ恐ろしい笑みを浮かべた少女で、それぞれ刀と短刀を手にしている――その人影の正体はホロロとアイリーズだった。


 管理局として動いているピコニスから、都市の各所で諍いが起きているという事情を聞いて以来、二人は毎日のように都市の見回りを手伝っていた。


 優しい騎士として今できることは、無益な争いを仲裁していくことだと考えたのだ。


「アイリーズさん、それって死んでない?」


「……だめ?」


「いや、天国送りはちょっとなぁって、思って……」


 目を合わせること、一拍あって――。


「ヒッヒィイイイッ! いけない子は問答無用でしごいて絶頂させるわよぉおおお!」


「何でそうなったの!? 何をするつもりなの!?」


 二人で活動を始めてから時おりおかしくなるアイリーズのテンションに、ホロロはついていけずにいた。自分を近くにしてもう一人の彼女が興奮している影響だとは、彼も知る由がない。


 そんな二人のやり取りは、はたからでは何やら仲良さげに見える。


『な、何でお前たち……何で連邦と帝国で、そんな風にして……敵じゃないかよ?』


 今しがた殺し合いになりかけた代表生徒たちにとっては、それも奇妙としか思えない様子だった。


 この七十年の停戦の中で指す敵国と、これから先の開戦した中で指す敵国とでは、まったく関係性や意味合いが違っている。養成学校生である彼らにはそれがわかるから、わからない。


「敵じゃない。彼女は僕にとって敵じゃないから」


 ホロロはアイリーズに目を振って答える。


『ど、どうせ方便だろうが。開戦した後でも言えるのかよ、もし戦場で殺し合わなきゃならない時になっても同じことが言えるのかよ? 俺たち騎士はそうじゃなきゃダメなんだろう!?』


 連邦の生徒の一人が強く投げかける。教官に、大人に、同年代に、ほかの誰に向けても言葉が返って来なかった疑問、それよりもさらに現実を突きつけるような疑問だった。


「……言ってみせる。それだけが騎士じゃないから」


 それでも生徒の目を真っ直ぐに見て、ホロロはそう言い切るのだった。


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