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開戦に向かう世界③

 

 翌日、一月十六日。


 また雪が降り出した今朝は、まだ雪解けには時間がかかると思わせる天候をしていた。


 連邦軍の辺境国に向けた動員が始まって一週間が経った。


 連邦傘下にある国々からは精鋭の騎士や兵士の派遣が進んで、ウェスタリア国からは第一騎士団の派遣が完了していた。すでに前線では指揮系統の調整も図られて、いつでも動けるよう整えられてもいた。


 シャイア元帥や第二から第四騎士団の移動にあわせて、アランは蒸気機関車で辺境国まで向かう。この日に出発すれば、その到着は一月末頃になると予想された。


 二月十四日まで時間はあるが、なるべく早く備えておくに越したことはない。


 時に、軍本部を馬車で出る際には、とある一幕に出くわしていた。軍本部の正門前に数千人ほどの民衆が押しかけて怒鳴り声を発していたのだ。


 それらの選ぶ言葉は様々あって、浮かべている表情は怒りに満ちたものから、不安に眉をひそめたもの、中にはほくそ笑んだものまである。


 これは今日に見られたのではなく、帝国の宣戦布告が新聞に取り上げられてから見られるようになった。


 警備の騎士がいるため敷地内には侵入できないが、しかし彼らの声は空間を伝い、奥にある施設の中まで届いた。


 これに対して、敷地に侵入しようとしない限り、警備の騎士たちが彼らを退去させるようなことはなかった――シャイアからそう命じられていた。


『一体どうなっているんだ!? こうなってしまうまで政府は何をしていたんだ!』


『どうして帝国と開戦なのか、知っているなら俺たち民衆にも説明しろ!』


 施設に向かって、とある男たちが強く投げかける。


『本当に大丈夫なのですか? ウェスタリアに戦禍が及ぶことはありませんか。ここには娘も孫も、家族が暮らしているのです……どうしたって、娘たちにはあの日々を生きて欲しくないの』


 警備の騎士の手を取って、とある老婆が不安を訴えかける。


『七十年間もあって帝国と講和できなかった、これは政府の怠慢じゃないのか!? 誰がこの責任を取る、政府議長のトレヴィロか!? それともシャイア元帥か!? 今すぐ責任を取れ!』


『去年には高官が襲われた事件があったそうじゃないか! 俺たちは知らなかったぞ! 連邦政府は俺たち民衆に隠蔽しようとしていたんじゃないのか!? 俺たちに説明責任を果たせ!』


 周囲の様子をうかがって、とある新聞記者たちがあおるように声を上げる。


『軍なんか派遣したら戦争になるじゃないか! 派遣するな! 戦争反対!』


『戦争反対! 戦争反対! ……。……。』


 そんな光景は、君主制国家である帝国では滅多に見られないものだった。


 皇帝の意思に歯向かう場合は、革命を起こせるだけの気概と、信じる国の未来のために命を賭ける覚悟がなければならない。仮に命を落とさずに済んでも、残りの一生を地下牢で過ごすことになる。


 その声を発する時には、常に危険がつきまとうのだ。


 連邦傘下の中にも、いくつか君主制の国はあった。


 それでも連邦という国の集合体の中にあれば、個人の権利を重んじる民主制だと考えられるから、帝国と同じ君主制だったとしても、政府が認めていることならある程度は許されてしまう――王よりも連邦政府が上に値する。


 であれば彼らは権利を主張して、自由に言葉を発することができた。


「……あれもまた人なのだろう。むなしいな」


 蒸気機関車の二両目にあたる高官用車両に乗り込んで、西へ西へと揺られていく。シャイアと同じ車両、向かい合わせのシートにかけたアランは、そんな民衆の様子を思い返しながら呟いた。


「アラン様には、彼らがどう見えたのでしょうか?」


 正面にかけていたシャイアが、その呟きを耳に留めて尋ねてくる。


「誰かを責める余裕があるくらいに、まだ今は豊かなのだと、そう見えた。迫りくる戦禍を逃れて、明日生きることが精一杯で、生あるうちは身の回りの小さな幸せだけが大切で、それを変えるために戦っていた者たちがいて……私に言える筋合いはないが、実際に変わった結果がこれかと」


 これには迷ったようにして言葉が返って来ない。


「……老人の独り言と思って聞いてくれるか?」


 こみ上げる感情のまま頼み込んで、シャイアからうなずきをもらう。


「だからあの子の願いが必要だと感じている。極端なたとえになるが、自分の命を拾い、誰かの命も拾い、自分を殺しにくる相手さえも拾い、それができたとしたら一体どうなるか。……私はあの子の願いの果てで、長年の探し物を見つけられると信じている」


 南側の車窓から、アランは遠くの景色を眺めやって続ける。


「彼女が言った、人が人のために持つべき優しさを、あの子は持っている気がするのだ」


「……お弟子様には、いつかお会いしてみたいものです」


 シャイアが視線を追い駆けて言った。



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