真剣勝負ならば
ホロロ=フィオジアンテという庶民出の少年が騎士養成学校に入学できたのは、潜在的なフォトン保有量が同年代の中でも群を抜いて多いことにあった。
社会的に優れた家柄や経歴が優遇されやすい騎士養成学校の入学試験において、先天的に生まれ持ったフォトン保有量のしだいでは、一般庶民が合格することもあった。
特殊なフォトンストーンの欠片を握り、その強制的な反応現象で潜在フォトンを量るという試験。受験者たちが変色や発光の具合で判断される中、彼は記録的な現象を引き起こした。
膨大すぎる潜在フォトンとの強制反応に耐えかねて、フォトンストーンが粉々に砕け散った――つまりは、測定不能な量のフォトンが、彼には潜在していた。
これにより、彼は第三騎士養成学校への入学を認められ、極めて有望視されることになる。
しかしそれは、つかの間のことだった。
向上心はあるものの、内向的な性格や基礎体力のなさ、フォトン能力を使用する上でもっとも重要な操気術の不器用さ――これらが彼の成長を著しく妨げた。
基本である体気術や硬気術も、操気術を行って初めてできるものである。これができないと、能力者としての一歩さえ踏み出すこともできない。膨大なフォトンも、宝の持ち腐れだろう。
入学から半年が過ぎる頃には、当初に向けられていた教官たちの期待も完全に失われた。フォトンが訓練で後天的にも増やすこともできるため、その期待がほかの生徒たちへとうつってしまった。
ただ潜在的な力だけを取り柄として、一人だけ周囲の成長に取り残される。
そして、彼は落ちこぼれと呼ばれる存在になったのだ。
同日、夕暮れ時。
ウェスタリア首都の西区の一角にある住宅街は、騎士や軍属などといった富裕層ではない一般庶民が住まう地域だった。
太平の時代からそうであり、戦争により組積造が主流となる以前に建てられた木造家屋も見受けられる。
そうした家屋がいくらか隣接する中に紛れ、一際古めかしい家があった。
風化により黒ずんだ外観の、木造平屋の一軒。
腰を落ちつけるには具合のいい縁側があり、その庭先は思いのほか広くある。全体的に東の伝統的な生活様式を取り入れられた印象が強く、ほかでは滅多に見かけないものだろう。
この家では一年半ほど前から、とある兄妹が暮らしていた。
兄のホロロと、その妹のウララだ。
「おにーちゃーん、ごーはーんー」
ホロロより五歳下のウララは、日頃から春風駘蕩とした、それでいて家事全般をそつなくこなす、しっかり者の十二歳である。
母方の遺伝である紺色の髪、兄と似て小動物のような、幼さから可愛げに拍車がかかったような顔立ちの少女だ。
身体が同年代と比べてあきらかに小さいものの、見かけによらず運動神経は並外れており、十二歳以下の体術大会では優勝した経験もあった。
普段は在籍中の普通学校が指定する制服姿でいるが、この休日は、朝から白いワンピースの上に、青いエプロンをつけたままで過ごしていた。
「おにーちゃーん、きこえてるー?」
炊事の最中に台所から出たウララは、何度呼ぼうとも一向に返事を返さないホロロを探した。
なんとなしに持ってきたレードルには、先程まで煮つめていたスープがうっすらと張られてある。
「もう準備ができちゃうんだぞー?」
入学が決まり、本来なら一人で上京するはずだったホロロは、両親にこのウララをあてがわれた。
当初は『やったぞ、愛息子が騎士養成学校への入学を果たしたぞ!』と腰を抜かすほど喜ばれていたが、しだいに上京後の生活を心配されるようにもなったためである。
兄の器用さ、もとい才能の大半をかっさらい爆誕したような妹が、同居していてくれたなら、
『もし強盗が押し寄せても、ウララが追い払ってくれるさ、あははっ!』
などと息子に対するデリカシーの欠片もないことを口走るくらい、フィオジアンテ夫妻も安心できたのだ。
「ゆっくり、丁寧に、一つ一つ……なんでそう動くのかを理解するように……」
「おにーいちゃ……」
庭先からする物音に気づいて、ウララは縁側に出る。木刀で素振りをしているホロロを見つけた。
神妙な面持ちをし、何かしら感情を振り切るように、ただ素振りに没頭する兄の姿に、呼びかける声も思わず飲み込んでしまった。
なんだか無理してるみたい……。
そう察してから、彼女はようやく、また口を開く気になった。
「おにいちゃん、やっぱり会いたいんだ? 帝国に行ったあの人に……」
ホロロは動きを止めて、振りかざしていた木刀を静かに下げた。
少し決まりの悪そうに微笑んで「そうだね……」と返す。
「お兄ちゃんはさ、もう一度あの人に会わなくちゃいけないんだ。そういう約束をしちゃったから」
「連邦と帝国は仲が悪いよ? あの人も約束を覚えてるなんて思えないよ?」
「だからだよ。仲良くなるために、いつか会えるように……優しい騎士になりたいって、思うんだ。覚えられていなくてもいいさ。お兄ちゃんが勝手に果たすだけだし」
「……おにいちゃんってさ、なんだか少女趣味だよね」
ウララがあきれたように笑う。
優しい騎士という志の根元にあるものは、数年前に帝国へわたった一人との口約束である。
十七歳にもなった男が、これを果たすため騎士になると言い切るのだから、それは仕方がないことだろう。しかしそんな兄を愛おしく思えばこそ、どこかむず痒く、どこか誇らしくも感じるのだ。
「あはは、やっぱりそう思う?」
「ウララはおにいちゃんの妹だから、贔屓目に見ちゃう……いいと思うよ、そんなおにいちゃんでも……だからさ、悩みがあるなら話して欲しいな。さっきのおにいちゃん、無理してた」
ホロロはこれまで微笑みを作っていたが、図星をつかれると、うまく保っていられなかった。この妹に隠しおおせるとも思えなければ「その、何というか――」と、しどろもどろに白状した。
「――でね、実は今年の武闘祭の代表候補に選ばれるかもしれなくてさ」
「へぇすごい! でも浮かない顔ってことは、嫌なの?」
経緯が語られ、本題に戻る。
「嫌ではないかな、むしろ嬉しいことだよ。きっと出たくても出られない人が沢山いて、そんな中から選んでもらえたんだ。でもさ、いざ出場するってなったら、相手の人を傷つけなくちゃならないだろう? この木刀で強く打って……自分の意思でそれをやるのが、なんだか怖くてさ」
ホロロの言い分に唸って、口を尖らすウララが「たぶん……」と少しあけて続けた。
「それは違うと思うなぁ。ウララは体術の練習とか大会なんかで試合をするとき、相手を傷つけようとは考えてないから、ちょっと気持ちがわからないかな……」
「どんな気持ちでいるの?」
ホロロは食い気味に、意味を確かめる。
「……数秒で終わってしまうかもしれない試合のためにさ、何百日って時間をかけて技を磨いてきた相手が、一つ一つ真剣な当て身を繰り出してくるのなら、ウララはそれに全力で答えたくなるよ……だってそうじゃないと、相手に失礼だもん」
聞いてすぐ、ハッとなった。
「ウララ……もしかしなくても、台所で何か煮込んだりしてた?」
なぜかウララがレードルを持っていること、何か焦げたような臭いが漂ってきていること、そこから連想されることは一つだった。
心当たりのあるウララが「はひゃぁぁぁっ!?」と、それにしては珍しい奇声をあげて取り乱す。
妹が慌てて台所へと駆け込んで行くさまを、ホロロは苦笑いで見送った。
やがて現場を目の当たりにしたらしい嘆きを耳にして、今晩の料理の具合を知るのだ。
時に、彼は妹が口にした言葉の意味を感じて、また納得してもいた。
「相手の真剣に、全力で答える。打つのは相手を傷つけるためじゃない……いい加減に、僕も覚悟を決めないといけないのかもしれない」
正眼に構えた木刀の切っ先を見据えて、ホロロはぽつりと呟いた。
4/11 全文改稿。
2018年1月12日 1~40部まで改行修正。