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亡き人々を偲んだ孤軍奮闘②

 

 連邦と帝国の停戦協定締結から十年が経った。


 締結後に発足した平和管理局による協定管理のもと、これまで開戦から繰り返されてきた停戦とは異なる情勢の変転が起こり、世界にはひとまずの安寧が訪れている。


 無期限の戦闘行為停止、派遣した軍隊の撤収、捕虜の返還――協定内容はこの三つを主体として、ほかにいくらかの条約が組み込まれた。


 代表的なものでは『軍備管理』が挙げられる。これは締結後三十年間における軍備増強の制限、協定反故の抑止が目的にある。


 軍縮ではなかったのは、あくまでも停戦であって講和ではないこともそう、縮小の必要がないほど両勢力は疲弊していたからだ。


 一定値を超えた増強が一時制限されるのみで、何かを奪われるわけではない。両勢力は立て直しの期間ができたと考えて、ここ十年間は軍備の質向上に努めてきた。


 この間には、中立国から両勢力に対する輸出量が大いに高められた。


 表向きには復興などを理由にしているが、実際は両勢力の自給率を下げる狙いがあった。両勢力共に理解していたことであるが、しかし当時の経済状況を思えば拒めないことだった。


 中でもフォトンストーンの輸入出に関しては、文明的に依存してしまっていることから、受け入れざるを得なかった。


 両勢力が負債を抱えていく一方で、中立国の援助に喜んだのは民衆である。


 停戦後の軍備管理から武器の販売製造による収益が大きく落ち込めば、大手武器製造業者たちは人々の生活に関わる分野の生産開発にこぞって乗り出した。


 戦争が止んで豊富に物資を得たことで、それまで戦争に向けられていた力は、しだいに人々の暮らしのために向けられるように変わった。


 果たしてこの十年間は、かつてない文明発達の時代ともなった。





 ――六十年前。とある夜更けのことだった。


『この前の話だ。俺の連れにここ十年の利益を勘定させたのだが、これがまったくしけていやがる。安定しちゃあいるが、ちまちまして本当につまらん時代になったものだよ』


『ああ。だが今日でそれも終わりさ。連邦と帝国には戦争をしていてもらわなきゃ困る。そう思っている連中だって多い。連邦と帝国がうんぬんではなく一経営者としてな』


 元武器製造業者である二人の男が、一つの企みを進めていた。


 中立国内の某所にある大型貨物倉庫。帝国の製造業者が中立国で買い付けた物資を預けるために、一時的に土地を買って建てられた場所である。


 その庫内には様々な日用雑貨からフォトンストーンが格納されている――そう見せかけているだけで、見えない部分には武具の密造室がある。


 密造とはいえ、ただの武具を作るなら違法性はない。しかしここで製造されている武具は帝国軍と連邦軍が正式採用した武具、それに限りなく似せたものだ。


 数にして二百はあるだろうか。


『管理局の目を盗みながらこれだけ用意するなんて、いや苦労したぜ』


『どれも上出来だな。素人には見分けがつかないだろう』


『正式採用品ってヤツは無駄に造りが凝っていやがるからな。まぁ、真似されちゃあ困るって話か。ところで連邦の連中は信じても大丈夫な奴なのか? ここまでやって流れたなら手痛いぞ』


『安心しろ。もう向こうも手を引けないくらいに話がついている。……噂をすれば来たようだ』


 しばらくして一人の小太りな男が貨物倉庫を訪れた。その背後には屈強な男たちを数十人ほど引き連れている。その男もまた元は連邦で名の知れた武器製造業者だ。


 帝国側の業者が庫内にいた用心棒を呼びつけたところで、言葉が交わされる。


『首尾はどうでございますかな?』


『こちらの用意は問題ない。そちらは?』


 連邦の業者が確かめて、帝国の業者が聞き返す。


『手はず通りに人員を集めました。件の軍備管理などの影響で騎士階級から崩れた者たちを中心に。ちょうど私のうしろにいる彼らがそうですよ。また彼らもあの時代を望む者たちだ』


『よろしい、近いうちに決行できそうだ。庫内ではゆっくりなさるといい』


 ここ十年の流れに乗り切れなかった武器製造業者は多い。そんな彼らにとって停戦協定締結とは、自分たちの利益を大きく損なう結果でしかなかった。だから戦争を起こそうと考えるのだ。


 協定で戦闘行為が禁止される中、たとえば帝国軍の武具を装備した人間が、連邦軍の鎧を装備した人間が、互いに交戦国の民衆を襲ったとなればどうなるか? 


 それらを偽者だと見抜けない民衆は、心に怒りをもって御上に訴えかけるに違いない。


 火を起こせるのなら火種は小さくてもいい――それが業者たちの企みである。未だ世界には戦争の記憶も新しいから、真相を知った時、多くは彼らのような考え方を許さないだろう。


「己の非才を言いわけに、明日の平穏を壊されては困るな」


 たとえ少なくとも、ガディノアは決して許さない。


 少し前から庫内に忍び込んでいた彼は、開戦を企てる首謀者が揃った時を見計らい、物陰から声を響かせた。ヴェルンの言葉を想いながら、その声には強い憤りをこめていた。


 業者たちが『誰だ?』と庫内を睨み回せば、そこにいるのは主人も知らない相手と判断をつけて、騎士崩れや用心棒たちも警戒を強め、それぞれ持参していた得物を構える。


「……これ以上は手を引け。さもなければお前たちに明日はない」


 ガディノアはそんな彼らの前に丸腰で現れた。伸ばしっぱなしの癖ついた黒髪と、緑色のコートの両袖をひらひらと揺らして、まったくの無防備な状態で集団に歩み寄った。 


『何かと思えば主義者か。管理局かと脅かしてくれる』


 たちまち業者たちが肩透かしを食らった面持ちになる。


 一人が『始末しろ』と呆れ調子で命じる。


 騎士崩れや用心棒たちが処理に向かう様子を横目に見ながら、一人は煙草をふかそうとしたり、また一人は用意した酒をグラスに注いだりと、直前までやりかけていたものに手を付ける。


 戦地に赴いた経験もない彼らだから、まさか相手が剣帝だとは知る由もない。


『うあっ、ああっ、ぎぃぁああああ!』


 庫内にけたたましい悲鳴が走る、鮮血をまき散らして肉塊が舞う。


 ガディノアは形状操作によって煌気の両腕を生やしていた。


 丸腰などではなかった。


 その凄まじいエネルギーを秘めた両手を伸縮自在に操り、音が遅れてつく速さで振るい、騎士崩れや用心棒たちを次々と八つ裂きにしていった。


 十数人ばかりいた彼らを一人残らず手にかけるまでには、あまり時間もかからなかった。あとには死体とも呼べない肉塊と、血の海と、青ざめた面持ちの業者たちが残る。


「この時代の明日に、お前たちの生きる場所はない」


 鋭い眼差しを送りつけて、ガディノアは彼らに宣告した。





 数刻して明け方になる。


『管理局だ! 貴様らには騒乱の嫌疑が……っ!?』


 連邦と帝国の元武器製造業者が開戦を企てている――聞きつけた管理局が、停戦協定保護のために局員を派遣する。関係者一味を全員拘束するべくして、疑わしいとされた貨物倉庫まで乗り込んだ。


 ところがそこで管理局員たちが目にしたものは、乾いた血だまりの広がる光景だった。


『一人残らず……またか。一体どうなっている?』


 現場を調べる局員の一人が、忌々しそうに呟いた。


 停戦から十年の時が流れて、密かに開戦を企てる組織は増えつつある。管理局はそういった組織の調査を行い、未然に防ぐ活動を続けている。そんな中で、近頃ではとある事態が繰り返されている。


 それは『高確率で何者かが先に組織を壊滅している』ということである。


 こればかりは他人を当てにできん……。


 管理局に尻尾を掴ませないまま、ガディノアは暗躍を続けていた。


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