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双剣使いの双子

 

 七月十五日。


 ウェスタリア第三騎士養成学校の校舎内には、宿舎としての区画が設けられていた。もともとは、賓客などをもてなす客室であり、養成学校へ改築される際にそのまま流用されたものだ。


 豪奢という言葉が相応しい内装。シルク特有の艶々とした光沢をもつ、天蓋つきの寝台。


 それを筆頭に、そのほかの備え付け家具、あるいは調度品が高価なもので統一されている。棚の上におかれた壺や、壁にかかかる絵画の存在感は、この部屋で迂闊にいることを許さないだろう。


 日が登ってまもない頃、ジョンは目を覚ました。


 閉じた帳の隙間から白っぽい朝日が差し込み、耳を澄ませば屋外の小鳥の囀りが聞こえる。


 おおよそ一ヶ月前に学校の教官となって以来、彼はこの部屋に入居していた。


 たとえ山から住処がうつろうとも規則正しい生活を心がけ、いつも決まった時間に寝起きをして――何十年もかけて身体に染みつけた習慣から、目覚ましも必要としない。


 今日は休日か、さて何をしたものか……。


 週一の自由な時間を与えられたはいい。とはいえ、暇を持て余しては悩まされるばかりだった。


 先週、先々週は今後の生活に必要な物の買い出しや、過去とは環境の違う現代の生活様式を覚えたり、若返った日につい力んで折ってしまった刀を鍛冶屋に持ち込んだり、何かと用事があった。


 しかし、今日という日は何ら予定もないのだ。


 これまで良好な人間関係を築いてきたわけでもなければ、つるんで暇を潰す相手のあてもない。


「じっとしているのも面白くない……とりあえずは朝日でも浴びようか」


 そう思い立って部屋を出ると、ジョンは長い廊下の突き当たりにある浴場に向かった。


 男女共用の洗面所から、男女別用の更衣室へとつながる空間。


 曇りガラスを一枚へだてて、奥には広々とした湯船がある。開戦後に増設されたこともあり、内装は校舎内と比較すると、淡白で現代的だろう。


 この宿舎に入居した教官や教員、はたまた生徒からも利用されているためか、ちらほらと誰かしらの私物もおかれていた。


 液体中の不純物を吸着するフォトンストーンの発見によって、液体ろ過という概念が生まれてから百年あまり。豊富な水資源を手に入れたことで、水道技術も飛躍的に進歩した。


 とりわけ上水設備に関しては目覚ましい。


 給水塔から地下に水道管をめぐらせ、各地に手押しポンプを設置、利用者が任意に給水をする。


 建造物の屋上に水槽を設置し、そこから屋内へと給水をする。


 おもに前者のような仕様で普及していて、近年では後者のような仕様も開発されたていた。


 下界を離れ、山奥で暮らすこと七十年か……。


 よもや屋内に清水が流れる時代になっていようとは……。


 あの当時に生きた者たちの誰が予想できただろうか……。


 ひねった蛇口から流れる水道水に、感嘆の念を抱きつつ、彼はこの場で洗顔を済ませた。





 洗顔と髪結いのあと、ジョンは私服の着物に着替えて屋外に向かった。


 第三騎士養成学校の広大な敷地内には、まだ宮殿だった頃の庭園なども残されている。散歩がてら眺める風景にしては、いささか贅沢がすぎるものだろうか。


 丁寧な管理がなされているため、非常に美しく見栄えもよい。


 近頃、彼はこの敷地内の散歩を習慣としていたのだが、初めて変化に遭遇した。


 人気もない静かな庭園を歩いている途中のことで、何かがしきりに衝突しあう音、少年少女と思しき二つのかけ声――それらを耳にしたのだ。


「はて……今日は休日のはずだが」


 一年生が使用する演習場から響いているものだった。


 何事かと気になって足を運び、ジョンは訓練をする男女を見つけた。


 今年の四月に入学した一年生であり、学内では少しばかり有名な双子の姉弟でもある。


 姉の名前はルナクィン、弟の名前はソルクィン、共通の家名をキュステフといった。


 双子だけあって、蜜柑色をした癖のある髪も、面長の輪郭も、高い鼻も、うすい唇も、その容姿は瓜二つ。


 姉が猫のように開いた吊り目をしているのに対して、弟はじっとりとした半開きの目をしていて、違いといえばそれか、あるいは男女による身体の造りくらいである。


 そんな音や声は、この姉弟が自主訓練に取り組んでいたためのものだった。


 片手持ちの木剣を二振り使った動きには、まるで舞踏をするような変則性があって、時に優雅で、時に荒々しい。奇抜ではあるが、紛うことなく双剣術の類だろう。


「双剣か……双剣の使い手には嫌な思い出しかない。もう二度は見るまいと思っておったのだが」


 歩み寄るジョンの存在に気づいた姉弟は、おもむろに訓練の手を止めた。教官用の制服ではなく、私服の着物姿ともなれば、初めて見る彼がこの学校の教官であるなどとは思いもよらない。


「……止まって!」


 演習場に堂々と踏み入ることを不審に思われて、ジョンはルナクィンから制止を投げかけられた。あわせて、棘々しい声音で問い質されてもいた。


「ここは関係者以外の立ち入りが禁止なのよ。それも、ただ迷い込んだでは説明がつかない場所よ……あんた何者なの、不審者?」


「なるほど、まだ若いがいい闘争心だ。いやはや、どこかの誰かさんに分けて欲しいくらいだ」


 弁解もなく微笑まれて苛ついたルナクィンが「何度も言わないわよ?」と片眉をひくひくさせる。 


「そうだな……それはお主らの双剣をもって“力尽く”で聞いてみてはどうか?」


「不審者なのね!?」


 その微笑みを絶やさぬまま、ジョンは白を切りとおした。


 どうせ暇を持て余していることだしな……。


 どれ少しばかり戯れてみようか……。


 敵意を剥きだす双剣使いを前に、相手の心中を察してなお、火に油をそそぐ。


 剣聖だった当時にとある双剣使いとの因縁もあり、七十年が経った現代のそれの実力に興味が湧いてもいた。


 あからさまな挑発にまんまと乗せられたルナクィンが「やるわよっ!」とソルクィンに呼びかけて連携を図る。一人でジョンを相手にしないのは、それが持つ奇妙な存在感を警戒してのことだ。


「え、ちょっと姉さん……この人、なんだか悪い人には思えないけど?」


「はん、気のせいね! それに、その時だったらその時よ!」


 ソルクィンが落ちついた声色で一考を求めるも、ルナクィンには鼻で笑って一蹴された。


 双子ではあるが、姉弟で性格や考え方には差があった。普段から寡黙で冷静沈着な弟が、饒舌で猪突猛進な姉の手綱を引く、というのが日常茶飯事だった。


 しかし、近頃は思春期に入った姉の制御に失敗することもしばしばあり、今しがたのやり取りがまさにそうだろう。


 この姉が考えなしに突っ走ってしまえば、弟も仕方なしと受け入れるほかにないのだ。


「何よ、ヘラヘラしてさっ!?」


 ルナクィンが一足飛びに突撃する。


「おうおう……若いなぁ」


 接触まで数秒とないにも関わらず、ジョンは呑気に立ち惚けてむかえた。


 体気術を使った加速から一気に双剣で斬り込んでくる、そんな一挙一動を観察する。そうするだけの余裕があると、見抜いてのことだ。


 二つの剣筋が交差する、胴を狙って左右から鋭く振るわれる、そんな一撃を受けた――彼はそうルナクィンに錯覚させた。


「あれっ、消えた!?」


 手応えもなく、双剣がジョンの身体をすり抜ける。目の前からその姿も消え失せた。


 これにはルナクィンも面を食らわずにいられない。


「どれ、広い場所でやらんかね?」


 もといた場所から遠い演習場の中ほど、ジョンは自分を見失っている姉弟に声を飛ばした。


 ルナクィンが斬ったのは、フォトンに大きな気配を含めて、切り離すことで作られた残像だった。相手の先入観や無意識的な知覚を誤解させ、実体が気配を絶ち、欺瞞して完成する技である。


 つまり斬り込まれた時にはもう、そこにいたのだ。


 戦時なら大半の能力者ができた子供騙しであるが、現代ではとうに失われていた技術ともなれば、姉弟には何が起こったのかを理解することもできない。


「ちょっと姉さん、やばいって……見たでしょ? どう考えても俺たちの手に負える人じゃないよ」


「ぐ、偶然でしょ偶然、いいからあんたも手を貸しなさいよ!」


 実力の違いを見せつけられてなお虚勢を張り、ルナクィンがジョンに立ち向かう。


「まったく……仕方がない姉さんだ」


 ソルクィンもやむを得ず状況を受け入れて、対角に回り込むと挟撃にかかった。


 双子の双剣は、嵐のように繰り出された。


 一方が上半身を狙えば、一方が下半身を狙う。


 どちらかといえば猪突猛進に攻め続ける姉の動きや狙いに、弟が冷静な判断で息をそろえていた。とはいえ姉が強気の姿勢でいられるのも、弟がどうしてくれるかを完全に理解しているからだ。


 ――それにしても、攻撃は当たらない。


「……こいつ!?」


 身体の表面にフォトンを集中して硬化させる――『硬気術』により、ジョンは硬化させた腕で姉弟の双剣をさばいてのける。


 でなければ、身を屈め、身を仰け反らせ、二組の双剣をすり抜けるような宙返りをして避けていた。


「舞踏して振るう双剣か、なかなか理にかなっていて面白いではないか……まぁ、あの男の双剣からすれば、まだまだ赤ん坊に毛の生えた程度だろうが」


 裏では因縁の双剣と双子のそれを思い比べて感心し、表では嘲笑を装う。感情が高ぶるほどに双剣が鋭さを増していると知り、ジョンはルナクィンをあおって潜在的な実力を引き出そうと考えた。


 ついてはこれに対する苛立ちにより、彼女の怒りは憤慨の域に達していた。


「こ、このっ……だ、誰と比べているのか知らないけど、むかつく!」


「猫目のお主は操気が大雑把すぎるなぁ、体気による体幹の強化がおろそかだ。せっかくの手数も、身体が勢いに流れてしまっては、十二分でなかろうて?」


「み、見ただけそんな!?」


 かねてより気にしていた自身の脆い点を見破られ、ルナクィンが狼狽する。


 彼女から視線を切って、ジョンはソルクィンにうつした。


「姉さん、この人の軸足、同じ位置から変わってないよ、二人がかりなのに俺たち完全に見切られてる……やっぱり実力が違いすぎるよ」


「うむ……目が半開きのお主は、冷静で周りがよく見えておるようだ。操気や体気、剣筋も体捌きも申し分ない。だが、いささか慎重がすぎる。そして、完璧であるが故に至極読みやすい」


「俺の剣が読みやすい?」


 ソルクィンも自覚のなかった欠点を知らされた。


 これまで常に余裕があったにも関わらず、倒すべきとした相手からは一向に反撃がない。それどころか助言を返されるこの始末には、姉弟も自分への失望を禁じ得ないでいる。


 無意識だろうか、この状況を楽しんでさえいるようだ……。


 若いがなんとも強い闘志、武に対する純粋な姿勢、これは気に入ったぞ……。


 それでも、挫けずに一撃をあてようと躍起になる双子の気概を感じて、ジョンはそう思った。


「どれ……この辺にしておこうかな」 


 練気により硬気を煌気にまで高め、淡い光となる高密度フォトンで両腕をおおった。


 ――煌気を纏う戦士は、時に当て身で鎧甲冑を砕き、時に生身で真剣や実弾を弾く。


 ジョンは双子の木剣を叩き折った。


「こ、煌気化って……!?」


「上級騎士クラス……!?」


 武器を失った姉弟は焦りをあらわに飛びのいて、ジョンから大きく距離をとった。


 相手との力量の差が予想を上回るものだと思い知れば、双子としても当惑するほかにない。そして自分たちから仕掛けた手前、今さら謝るということもできない。八方塞りだった。


「ちょっと姉さん……どうするのさ、俺たち殺されちゃうの?」


「うるさいわね、今考えているでしょ!?」


 警戒を強め、左右から弧を描いてにじり寄り、合流した双子が話す。


 ジョンは姉弟のやりとりを聞いて笑った。


 戯れも度がすぎれば、本物になるのだと思うと可笑しくなり、堪えきれなくなったのだ。


「いやぁ……すまん。安心しなさい。命なんてとったりしないから。私はこの学校の教官だ」


 目をぱちくりとさせる双子が、特に姉のルナクィンが、その言葉を訝しく思う。


「は……教官? 嘘だ!」


「嘘ではないさ」


「しょ、証拠は?」


 証拠と言われても、身分を示せるものの持ちあわせがない。どうするか考えていたところ、険しい面持ちをして現れたジルを目をとめた。ジョンは、なぜとは思いつつ、ちょうどいいとも――。


 今朝から事務作業で学校を訪れていたジルだが、休日の演習場が何やら執拗にさわがしい、ことを気にして駆けつけていたのだった。


 そう、いずれ発覚するだろう櫛の御咎めではないのだ。


「ジョン、何をやっているの?」


「あぁ、どうもジル理事長。ちょうどよかった。私はこの学校の教官で間違いですな?」


「何を今さら他人行儀に……朝からどたばたやって、五月蝿いったらありゃしないわ。その子たちを指導するにしても、もうちょっと限度ってものを考えて、うんたらかんたら……」


「これで……信じてもらえただろうか?」


 ぶつぶつと説教を始めたジルをよそに、ジョンは自分を指差し、にこついてみせる。当校の理事長が言うのであれば、これが何よりの証拠となるだろうと確信していた。


「姉さん……本当に教官だって。すごいね、こんな人がいたんだ……」


「え……まじなの?」


 しばらく互いの顔を見合って、双子は無言の意思疎通をする。


 休日の自主訓練中に思いがけない出会いをしたと実感をして、物思いにふけっていた。また、思いがけない出会いをというのはジョンにしても同様だろう。


 だから、彼も機嫌のよさそうな顔をして、こう述懐するのだ。


「うむ……選抜の四人は決まりだな」



4/11 全文改稿

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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