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老いた剣聖は若返り、そして騎士養成学校の教官となる  作者: 文字書男
真心の還る場所(七十年前編)
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 満月の夜、木々が生い茂る山中で目を覚ました。


 ガディノアに抱きかかえられて、ヴェルンはどこかに運ばれていた。


 見ただけでは自分が置かれている状況もわからなかったが、それでも不安にはならなかった。足場の悪い中にある彼の足運びが、まるで自分の身体を気遣ったように、優しいものに感じられていたからだった。


 きっと意味があることをしてくれている、そう信頼して身をゆだねる。


「……ねぇ。どこに連れて行ってくれるの?」


 気づいても口を結んでいるガディノアに、ヴェルンは弱々しく笑いかけた。


「深い、深い業を負った」


 真実を打ち明ける言葉が続いた。剣聖の正体に気づいていたこと、それを話さず隠していたこと、いっそ知らせまいかと考えていたこと、洗いざらいに心が明かされる。


 その腕の中から覗いたガディノアの顔は、どこか後ろめたそうに見えた。


「そうだったのね。……こんな厄介な女を拾って、あなたも苦しかったね」


「なぜ許される? この剣にこめた想いは本物だろうに?」


 左右の腰に下げられた双剣に意識が向かう。


「……その剣はね、アランもそう、本当にあなたにも生き延びて欲しいから打ったのよ? 人間ってたった一年で、こんなにも失うことが惜しい関係になれるのね」


「俺には受け取る資格がない。この剣が剣聖を斬るかもしれんのだぞ?」


 すべてを知ってもなお、ヴェルンは何ら咎めようとしなかった


 それが余計に心苦しかった様子のガディノアから、その歩みと止めて訴えかけられる。揺るぎない視線を交わして、一字一句に熱をこめたような声で訴えかけられる。


「勘違いしないで。アランかあなた、どちらかを選べと言われたなら、私は迷わずにアランを選ぶ。それであなたが死んでしまうとしても、私は絶対にアランを選ぶ」


 視線を夜空に向けて、木々の隙間に浮かぶ満月を眺めながら続ける。


「これはそうじゃないのよ。……きっと人間は争わないやり方だってできる。でもそれは途方もなく難しいもので、あの星空くらい手が届きそうにはないから、私たちは武器をとる道を選ぶ。私たちは武器をつくる道を選ぶ。いつかそんな日が来ると信じて。かもしれないなら、私は……」


「詭弁だ。世界はそうなるように出来ていない」


「夢くらい許して。笑顔が溢れていて、つまらないことで喧嘩ができて、癒える悲しみしかなくて、みんな手を繋いでいられる。そんな世界があったらいいのに。……あったっていいのに」


 また口を結んだままになって、ガディノアが歩き出した。





 しばらくして行き着いた先は、滝のある開けた場所だった。


 滝から流れ落ちる水が滝つぼに溜まり、そこから溢れたものが川となり、天然の砂利が散らばった広場を横切る。その川幅は5メィダほどで、人の手を借りずに、うまい具合に飛び石ができていた。


 煌々と差し込む満月に照らされた風景は、非情に自然的で美しかった。


「綺麗ね」とヴェルンはこぼした。


 そのまま進んで、ガディノアが片側の岸辺に立ち止まる。


 彼が見ていたものは風景ではなかった。もうじき逆側の岸辺に現れるだろう、その一人だけに注目していたのだ。これまで半年の間、求めるもののために殺し合ってきた相手にほかならない。


 その視線が気になって同じ方を見やる。そこには再会を切望しながら諦めていた一人の姿がある。どれだけ身なりが変ろうとも見間違いはしない――ヴェルンはその名前を呼んだ。


「アラン。アランなのね?」


 たどたどしい足取りで歩み出てきたアランが、逆側の岸辺に足を止めた。身に着ける着物は草木に引っ掛けたあとが目立った。ひどく乱れた息づかいをしていた。


 一方で、落ち着くのを待つように、意思を伝え合うように、ガディノアが黙々と視線を送っていた。


 果たして言葉も合図もなく、彼らが同じ飛び石を踏んだ。


 ヴェルンは二人の間で受け渡された。そして彼らがゆっくりと元の場所まで引き返せば、それまで一緒にいたガディノアと別れて、諦めていたアランとの再会が叶ったのだった。


「ヴェルン。ヴェルン。……ヴェルン」


 膝から崩れたアランに、ヴェルンはそっと抱きかかえられた。


 悲しげな表情で顔を覗き込まれて、頬に大粒の涙を落される。すると彼女は笑みがこぼれた。彼と再会できたことはもとより、そんな様子に真心を感じて、また喜びに満たされていた。


「良かった。この涙は、……あなたの中に私が生きている。こんなに嬉しいことはない」


「私は泣いているのか? ヴェルン、私は……俺はどうしたらいい?」


 道を見失いかけているアランに、ヴェルンは願った。


「どうか覚えていて。この涙にはね、人が人のために持つべき真心が、優しさが詰まっている。今はまだわからなくたっていい。これから意味を考えるの。自分の答えを探すの……あなたなら絶対に、私と同じ答えにたどり着くから」


「駄目だ……駄目だ。一緒に探してくれ……ヴェルン」


 かつて聞き覚えがないほど、アランの声は弱々しく頼りない。


 彼が腰に下げていた月下美人の柄を、ヴェルンは指先で撫でた。


「この想いが儚く消えようとも、月夜の下ではあなたのそばに……名前は月下美人――月の出た夜はここにいて、あなたを護る。あなたに護りたい誰かができたなら、その人を護る。重たく感じたなら捨ててもいい。薄情者って、その時は化け出てやるんだから。……それにしても、やっぱり、美人の部分は、我ながら……アレね……」


 冗談を言いながら、ヴェルンは振り絞って笑った。


 もう長くないという自覚があった。だから「あぁそうだ」と思い出したように、今一番に伝えたい気持ちを言葉にした。その腕の中で眠りにつく心地良さを、その言葉にこめていた。


「……ただいま」


2018年6月2日 全文改稿。

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