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選抜について

 

 連邦と帝国の停戦後に開催されるようになった世界規模の武闘大会――アルカディア騎士武闘祭。


 各国各領の有する騎士養成学校から選抜された十名の代表が、騎士としての資質を競う場である。


 年に一度、十二月に中立国アイゼオンの主催で行われる武闘祭は、大会理念を『各国が友好と切磋琢磨の関係を築けるように』としているが、一方で世界各地の軍事力調査という一面もあった。


 ――体術、剣術、馬術、弓術、用兵術。


 その代表者は個人の力、集団における力を問われる。


 勝負の決着方法はさまざま。


 一定の範囲内に設けられた複数の拠点の制圧数を競う『拠点争奪戦』や、攻守を定めて、制限時間内に相手の陣地を攻略ないし防衛する『攻略防衛戦』など、実際の戦場を想定したものが多い。


 最後に行われる勢力ごとに分かれた『総力戦』は、差しづめ小規模な戦争といえよう。


 武闘祭の影響力は強い。フォトン能力者という兵器の優劣が戦況を左右する世において、その勝敗のしだいで将来的な兵力――人材の差、現状の能力差、勢力における教育力の差――がしめされる。


 帝国が開戦を企てるのは、この十年にわたる武闘祭の完全連勝により、連邦の衰退を確信したからにほかならないし、これをくつがえすべくして管理局は暗躍しているのだ。


 舞踏祭参加は、代表者が十人まで、補欠が五人までと規定されている。この規定内で体術、剣術、馬術、弓術の選手を選出して、内一人に用兵術の統率役を兼任させることが通例とされている。


 そのため騎士養成学校を複数有する国々では、事前に代表者の人選をする場が設けられることもあった。


 ウェスタリア国もその一つである。


 八つの騎士養成学校を有するウェスタリア国では、九月に選抜大会を開催し、そこで体術を二名、剣術を三名、馬術を二名、弓術を三名、各種から補欠を一名ずつ、推薦の補欠を一名、選抜するとしている。


 選抜大会の参加規定に則り、剣術を専門とする第三騎士養成学校からは、毎年四名の選抜候補生が参加する見込みだった。





 七月十四日。


 空を仰げば、この先に汗ばむ陽気の訪れる兆候が感じられる。日中ともなると、それは今朝よりも一段と顕著なものでもあった。長い夏が始まろうとしていた。


「もっと力を抜きなさい、これは体力をつける特訓ではないから。教えた手の内と型を一つ一つ確認するように、意識しなさい」


「はい……それにしても木刀というものは、木剣に比べてずいぶん扱い方が違うんですね……右手と左手が離れていて、左手にいたっては小指が柄から外れています……」 


「私が教える刀の流派ではそうするのだ。刀は剣と違い、剣身半ばで斬らず、切っ先から少し下までの刀身で斬る。それも叩き斬るではなく、切れ味をもって斬るのだ」


「架空の相手を想像して、切っ先から少し下までで……やっぱり、なんだか難しいですね……」


 演習場の木陰で涼をとって、ジョンはホロロに相変わらず素振りの指導をしていた。しかし、以前と比べて内容をだいぶん変更して行っていた。


 ここ数日、ホロロが振ってきたのは木剣ではなく木刀である。木剣と比較すると、軽量でありつつも刃渡りが長く、湾曲した細身の刀身をしていた。


 それはちょうど、剣聖が使っていた東洋の剣――刀に近しいなりのものだろう。


 いずれ彼に自分の愛刀を持たせたいとも考えてのことだった。


 たった数日で、ずいぶんと様になったものだ……。


 最近は物覚えもいい傾向にあるし、おそらく一人の時にも鍛錬をしていたのだろう……。


 教えた型のとおりに木刀を振るう、そんなホロロの上達具合を見て彼は思う。それはそうと、同じくして違和感も覚えていた。


 順を追って縦、横、斜めと振られる刀の太刀筋は綺麗なものであるが、どうにも狙いの定まらないように感じられるのだ。


「……ホロロ、お主は誰かと立ち合ったことがあるか?」


「いいえ、実はまだ……」


 その正体はすぐに判明した。それは根本的なもので、試合経験を欠いたことにより相手を想定した剣が振れていなかったのである。


 事実、一人でも木刀を振るい続けて、着実に上達をしてきたホロロだが、相手を想定するという感覚は未だに伴わないでいた。


 致命的だろう問題を知ったジョンは、これを早々に解決せねばならないものとして念頭におく。


 いかんな、失念していた……。


 私を基準に考えるのではなく、ホロロを基準に考えねばならんのだ……。


 私には当たり前のことも、この子にとってもそうだとは限らんのだった……。


 こうした時はつくづく、彼も人に何かを教えるということの難しさを、実感せずにはいられない。


「やはり競い合う相手が必要か……」


 ぼんやりと今後のことを考えるかたわら、彼は一つ思い出し、あっけらかんと告げた。


「そうそう。お主とミュートを武闘祭に出そうと考えておるのだが」


「はいっ……え、僕とミュートさんが武闘祭!?」


 ふいのことに、ホロロが驚きの声をあげた。無意識であるだろう――直前の足運びで大股を開いたまま、引きつらせた顔を振り向ける仕草が、度合いを物語っている。


「嫌か?」


「いえ、嫌ではないですけれど……ミュートさんは兎も角、僕なんかがどうして?」


「私はお主の将来性を買ったのだ。現にお主はこの数日でめきめきと腕をあげとる」


 当惑したように「でも……」とうつむくホロロに、ジョンは「言ったはずだ……」と続けた。


「優しい騎士になるためには力がいると。道を阻む相手よりも強くなければ、何も守れないと。武闘祭はお主にとって、自分がこの世でどれほどかを知る、よい機会だとは思わんか?」


 言葉を失うホロロが、眉間にしわを寄せて、憂わしげな面持ちをする。


 優しい騎士として強くなると宣言したものの、闘争心というものを持ちあわせていなかったのだ。


 いつか敵対する相手は凶器を手にし、揺るぎない明確な殺意をもって攻撃してくるかもしれない。


 そうした相手を殺さないし、そうした相手に負けない、それを望むのであれば、力に対して力で上回らなければならない。


 必ずしも闘争なくして、すべてをおさめられるとも限らないのである。


「とはいえ私も急いたな……お主にも考える権利がある。明日は休日だ。一日ゆっくり考えなさい」


 つい先日まで誰からも相手にされない落ちこぼれが、ようやく自分の望む道を歩み始めた。しかし漠然と見ていた道の先は、歩いてみれば壁ばかりである。


 自分の意思で相手に剣を向けるなんて、そんなことが僕にできるのだろうか……。


 そう思うホロロには、未だその答えも見つからないでいた。



 ※



 一方その頃、演習場の中ほどにて相変わらずの指導をするネネは、焦りを禁じ得ないでいた。


 それというのも、ミュートが予想を大きく上回る速度で成長しているためだ。


 フォトン能力の使用を制限した状態で、ひたすらに木剣を交え、基礎能力の向上を図る訓練。当初は満足な動きができなくなっていたミュートであるが、今ではすっかり過去のことだろう。


 手加減があるとはいえど、剣筋の鋭さはネネのそれに迫る勢いである。


「な、なかなかやるようになりましたね」


「教官のご指導の賜物です」


 またなんとも嬉しいことを言ってくれて……。


 本当にあなたの成長の仕方が異常なんですよ……。


 ミュートの打ち込みが速さを増すにつれ、対応も難しくなれば、強がらずにもいられない。


 この焦りが原因か、ネネはふとした拍子に手加減の具合を間違えてしまった。


「あっ……ちょ、ちょっと!?」


 速さをもって相手を制する戦法は、一手のしくじりが死に直結する。加速に対して脳が追いつこうとも、身体の制御が追いつかなければ回避行動もままならない。


 そのため、この戦法をもちいる者は速さを習得するほど『先読み』という技術も要されるのだ。


 神速と謳われるネネの先読みが、十手先に繰り出されるだろう一撃を回避できないと読んでいた。また、ミュートもこれにうっすらと勘づいて「今日こそは!」と的確に手数をたどっていた。


 つい一週間前であったなら、こうはならなかっただろう。これが起こったのもまた――。


 残り二手となり、ミュートの先読みもここに追いついて確信に変わった。


 いよいよもって、その瞬間をむかえようとした時である。


 ――ネネは言った。


「あ、ホロロ君が見てる」


「なにぃ!?」


 言葉に気を散らしたミュートが、素っ頓狂な声をあげて、挙動を鈍らせる。


 打ち込みを受け流された勢いもあまりにあまって、その足をもつれさせた。


 それは乙女心を悪用した、なんとも卑怯な手段だった。


「ふぅ……油断大敵、まだまだですねぇ」


「ぐっ……な、なぜこのタイミングでフィオジアンテの名前を……」


 どっと押し寄せた疲労感に、ミュートが顔をしかめる。


「それはもう、最近ミュートさんがホロロ君にラヴビームを送ってるって知ってますからね?」


「お、送っていません!」


 ネネは「ムフッ」とニヤついて、ミュートを冷やかした。


 数日前から、たまにミュートがホロロにただならぬ視線を向けていること、ふだんの薄化粧に妙な気合が入っていることを感じて、もしやとカマをかけたのだ。


 予感は当たりだろう。本人は語気を強く否定しているが、顔を真っ赤にして動揺する有り様を見れば、結果は憎からず想っていること明々白々である。


「にしても、変わりましたね。剣筋も非常によくなりました」


「嫌味ですか?」


 ミュートがふらふらと立ち上がり肩をすくめる。


「とんでもない。自分の成長は素直に喜んでください。というわけで……今日から訓練の内容を少し変えましょう。フォトン能力、使っていいですよ」


「……それで一本ですか……望むところです」


 告げられた言葉にミュートの疲れは失せたらしく、浮かべる笑みはもう力強い。


 本当に変わりましたね、当初はどうなることかと思いましたが、杞憂でした……。


 剣から闇が消えて、表情もよくなった。そのままでいてくれたら、なによりですよ……。


 ネネは密かに、ミュートの変化を嬉しく感じていた。


 日々進歩するホロロとミュートの二人。


 彼らを指導するジョンとネネは、時に彼らから学び、時に彼らから心を動かされる。


 教官と生徒として、一方通行ではない関係が築かれつつあるのだ。


 当面の目標は、九月のウェスタリア選抜大会である。最終目標であるアルカディア騎士武闘祭への道程は、まだまだ遠く険しい。


4/11 全文改稿

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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