二つの孤独
曇天に覆われた、旧大聖堂の周辺の森だった場所。
だった――ジョンとイヴァンの度重なる衝突によって荒野と化している。
その大地はところどころ陥没して、平坦さを失っていた。そこにあった樹木のほとんどは、根元から倒れているか、あるいは塵と化して風にさらわれて、元の見る影もない。
かつて山を一つ消滅させた二人にとっては、これも見慣れた風景だった。
時にこれは、まだ互いに加減があったからこそ、この程度で済んでいたとも言えた。
「――むっ?」
二人のフォトンが感じられぬ……?
戦いの最中、旧大聖堂内での異変を感じたジョンは、はたとその動きを止めた。
「どうやら決着したらしい……しかし、やはり片手間のお前ではつまらん」
同じく気づいた間合いをとったイヴァンが、どこか物足りなげに渋々と双剣を下げた。旧大聖堂を見やりながら言う。その言い草は、こうなることを知っていた風にも聞こえた。
彼に突きつける鋭い眼差しに恨みをこめて、ジョンはその返事とする。
「まるで無慈悲で無感情な目をしていたあのお前が、そんな目ができるようになったか。ヴェルンに見せてやりたいものだな。さぞかし喜ぶだろう」
「この今さら、何がしたい?」
やや顔つきを引き締めて、イヴァンが真意を語る。
「お前が山の中で孤独に過ごしたという七十年……俺は人世の中で生きてきた。停戦からまもなく、復興が始まり、人の暮らしは争いから遠ざかり、そして、めまぐるしい発展を始めた。見ていて悪くない気分だったさ。和平こそならなかったが、ヴェルンが望んだ世界になった」
ジョンは構えていた刀を下げて、その続きを聞いた。
「だが、それが今やどうだ? 人は歴史の語り継ぎを怠り忘れるや、あろうことか自らの欲に溺れ、俺たちが血を流した歴史を繰り返そうとする……お前はこれが許せるか?」
「まさかお主……逸るな。仮初であっても、この太平の世を望んでいる者は確かにおるのだ。一部の愚かな権力者の意思を全体の総意とするなど、お主ほどの男が……」
イヴァンの目的を察して、ジョンはその考え方を咎めた。
「たかだか数か月、人の感情に触れたばかりのお前が知った風に言う。人の心は移ろいやすい。いざ開戦となれば、世界はふたたび大きな怒りと憎しみに飲まれる。他人事として始まるそれに、自らが巻き込まれて初めて知る。そして平和とは遠い感情を抱いて、子々孫々と受け継ぐのだ」
「だからと――なぜ、そうなる?」
「何人死んだ? 俺たちは何人殺した? 何を信じて戦った? ヴェルンとお前を引き裂いたものは何だ? ……お前まで忘れたとは言わせんぞ」
それを問われると、ジョンは返す言葉がなかった。
「ここまで聞いて『なぜ』と問うならば、誤解がないように言葉にする……人が、ヴェルンが望んだ世界を自ら壊したがるのならば、あの時代を忘れたとほざくのならば、望みどおりにしてやるのだ。そう、俺とお前で叶えて、今一度この世界に刻んでやろうぞ」
片側の双剣で指さすようにして、イヴァンに宣告される。
「ガディノア=リュミオプスとして帝国側の戦場に立つ。剣聖に戻れ、アラン=スミシィ」
ジョンは答えなかった。答えられなかった。
開戦は何としても免れるべきと思いつつ、納得してしまっていた。どっちつかずに揺らぐ心では、いずれの道を選んでも後悔するだろうと予感もしていた。
「答えは行動で示すがいい。一カ月だ。それ以上は待たん。あの愚皇も辛抱ならんはずだ。もっともあの中にある惨状を見て、お前の選択肢は一つになるだろうがな」
もう一度、イヴァンが旧大聖堂を見やって言った。
「それを、ヴェルンが望むのか?」
「知らんな。俺がロマンチシストでいられなくなっただけさ。さぁ行くがいい。これで話は終わった……時に、月下美人は返してもらえ。鈍ら刀では、お前の得物としては役不足だろう?」
見越していたかのように、その刀身が砕け散る。
「……その時があれば、無論な」
余った刀身を鞘に納めたジョンは、旧大聖堂に向かった。
最上階の広間に着いて、ジョンは顔をしかめた。
片や穏やかな顔で、片や無念さが残る顔で、見知らぬ男とホロロが刺し違えている。直前に深手を負ったミュートが、血を引きずりながら床を這って――彼らの死に際にあっただろう様子が、現場に残された痕跡から窺えて、その意味を思うと胸を締めつけられたのだ。
「変わらぬ。変われぬ……そもそも私ごときが、この子たちに何をできたのか? 自己満足のために力を与え、愚かにも心の闇を育て、ついにはその願いさえも奪う」
月下美人を回収して、ホロロとミュートを両肩に担ぐ。
「先を急ぐ。お主は連れて行けそうにない。許せ……」
残していくウツロの亡骸に、ジョンは小さく請うた。
ギルヴィムの一件から、ホロロたちが息を吹き返す可能性は大いに考えられる。ただ確実ではない以上は、せめて先を急がなければならない。三人は運んで行けなかった。
旧大聖堂の外にホロロたちを運び出す。玄関広間で不敵な笑みを浮かべるイヴァンとすれ違うが、一瞥をくれるだけで相手にはせず、神授の加護の領域内に向かうことを優先する。
その脳裏には、イヴァンの宣言が反復していた。
「……ヴェルン、どうすればいい?」
2018年1月25日 全文改稿。




