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胸中の天秤


 ミュートの失踪から一夜明けるまでの間に、ジョンたちの側にも動きがあった。


『あんたたち何かしたのね!? 教官はどこにいるのよ!?』


 一つは、昨日から行方不明になったギルヴィムの教え子たちから、ウェスタリア代表たちが因縁をつけられたことである。刃傷沙汰の一件もあって疑われてしまっていた。


 実際ウェスタリア関係者がかかわっているが、彼らがこれを知る由はない。


 ともかく責めて責められて一悶着あった。


 これに次いで、偶然にも現場に居合わせたピコニスが管理局を動かした。


 事件が起こる少し前に、ウツロがミュートを連れて逃走した方角――墓地に向かう『帯剣した大男』の目撃情報があったことから、彼女が二つの関連性を疑っていた。


 地元の人間すらあまり知らない場所まで行く、その理由が墓参りである可能性を考慮しても、調べるだけの価値は十分にあっただろう。


 墓地に向かった局員によってギルヴィムの遺体が発見される。


 ただ、発見が早かったからなのか、あるいは彼の生命力が人並外れていたからなのか、定かではないが奇跡が起きていた。神樹の加護の領域内に運び込まれた彼が、ほどなく息を吹き返したのだ。


 前例としては数少ない出来事で、これを目の当たりにして前例の存在を知った局員がほとんどだった。


 そして時に、その遺体の近くで衣服の切れ端が発見されていた。


 ほどなくして、それはウェスタリア第三騎士養成学校の制服の一部と判明した。



 ×



 十二月二十一日。正午をやや過ぎた頃。


 激しい雷雨も止むことには止んだが、まだ空にはしぶとく暗雲が広がった。


 この日は、ウェスタリア代表たちが帝国の強豪校との試合を予定している。これまでは試合内容も良く勝ち進んでこられた彼らでも、決して油断ができない相手と見越している。


 だから、もう一刻も経てば始まる試合を前に、彼らも練習施設で調整する段階から張りつめた雰囲気でいる。


 その様子は、場所を同じくしていた他校の代表たちを竦みあがらせるほどだった。


「やはり憂いがあるか?」


 ただ備えようと集中して、そうなっているわけではないらしい……。


 代表たちに付き添っていて感じたジョンは、誰に何とは言わずに問いかけた。


「……気にならないって言えば、やっぱり嘘だろうな?」


 身体を解したり、得物の手入れをしたり、素振りをしたり――それぞれがしていた動きを止める。少し間を挟んだあとで、全員の胸中を代弁するようにジャンゴが答えた。


「あの笑顔は本物などではなかった……そうなのでしょう?」


「俺たちは知らなかったのさ。あれが何を背負っていたのかを」


 ナコリンの低い声に、ボージャンが同情の声を繋げる。


「目の前のものを投げ出して彼女を探しに行きたいが、でもそうは言っていられない。心苦しいが、今は彼女のことだけを考えてもいられない……それが余計に心を揺さぶってくれるけれどね」


 やや陰った面持ちのワトロッドが、衝動を押し殺そうと全体に言い聞かせる。


「気にしてやんなくてもいいですよ。あんな馬鹿……」


 口を挟んだルナクィンが、止めていた素振りを再開しながら続ける。 


「言ってくれなきゃ、こっちだってわかんない。何さ、一人で突っ走って一人でつまずいて、こんな風に心配されるって知っていたくせに……何であんなこと……?」


 漂う陰気な気配を払うかのように、その双剣は激しく振るわれる。


 彼女の言い切るような言葉を受けて、代表たちが一様に沈思黙考をし始める。その言葉尻からは、しばらく双剣が連続して風を切る音だけが目立って聞こえていた。


 ふとそんな沈黙を破るように、ピコニスが一報を入れにやってくる。


「ジョン教官、時間よかね? 例の教官の起きらしたとけど」


「ギルヴィム教官殿だったか……話せるのか?」


 他国の人間の耳に入ることを心配して、声は小さく交わされる。


「その気はあらすよ。本当はネネも連れて行きたかばってん、まだ寝とる……」


「承知した。すぐに行こう」


 昏睡状態から回復したギルヴィムから対話を求められていると知って、ジョンはこれを二つ返事で受け入れた。ミュートにまつわる事情を当事者の口から聞けたなら、願ったり叶ったりだった。


「あの……僕も一緒に、連れて行ってくださいませんか?」


 来た道を戻るピコニスに続こうとしたところで、ホロロから呼び止められた。


 一緒に事情を聞いて問題が解決するわけではないし、言わば後世の平和を左右しうる試合を控えているし、彼の言葉を聞き入れる意味はあまり大きく感じられない。だから断るべきと考える。


 しかし彼の曖昧な表情を見たその時に、ジョンはその考えを改めさせられた。


 半分は憂いで、もう半分が今一つわからない……。


 自分とは異なる視点で、自分とは異なる感情と抱き、自分とは異なる意味を見出している。そしておそらく、自分よりも余程その事情を聴くに相応しいに違いない。


「わかった。共に行くとしよう……お主にも来てもらいたい」


 少し悩んだジョンは、あわせてルナクィンにも声をかけた。


「……わかりました」


 返事には、少しばかり躊躇いがあった。





 四人で足並みをそろえて、ジョンは場所を移した。


 神樹周辺の都市中に佇む、大樹をくり抜いて強化石で補強した施設――主に管理局関係者や局員に拘束される際に負傷した罪人など、言わば『わけあり』な患者の治療を専門としている病院だった。


 軍病院ほど大きくはないが、個人が運営するものよりは一回り大きい施設である。


 昨日中に、ネネとギルヴィムの二人がここに移送されている。


「ネネ殿の方は、まだ目覚めていないと?」


「そいでもちゃんと回復しよる。もう少しやろうってさ」


 病院の一階に得物の類を預けて、到着した足のままギルヴィムのいる病室に向かう。道すがら未だ目覚めないネネを気にかけて、ピコニスにふたたび尋ねた。


 予想どおりその容体が回復傾向にある、とはいえ医者が本分でない以上は、自分の見解にも確信が持てなかったのだ。


 そうこうしているうちに、ジョンは案内されて病室にたどり着いた。


 施設一階の奥まった場所に設けられている、床が石畳になった小部屋。


 寝台を一つに、能力者用の医療器具がいくらか並ぶだけと簡単な設備をしている。救急搬送された重篤な患者が治療を受ける、そのためだけの部屋であるから、ほかに不要なものは一切見当たらない。


 部屋中央の寝台に満身創痍で横たわっていた大男、ギルヴィムから弱々しい声で迎えられる。


「……来ていただけたか。横になったままで申し訳ない」 


「どうかそのまま。事情を伺いに来ました……よろしいか?」


 早々に寝台のそばに着いて、それと顔をあわせる。聞き洩らさないように耳を澄ませる。


「……もう話さずにはいられない。何もかも遅くなってしまった」


「単刀直入に、あなたの傷はミュートがつけたものか?」


 ギルヴィムの身体に目線を移して、ジョンは神妙な面持ちで問いかける。


 その墓地に残されていた制服の切れ端と、彼の身体に刻まれた傷と見たなら、ミュートが自らの意思で脱獄して殺人に及んだのではないのかと、やはりそう疑わざるを得なかった。


「想像されている通り……あの子と命のやり取りをした。俺は敗れた」


 受け取り方が一つしかない言葉に、ホロロとルナクィンが息を飲む。


 二人が話の腰を折るほど驚くことはなかった。それでも心に堪えるものがないわけでもなかった。薄々わかっていたことだったから、全部がわからないことではなかったから、まだその程度で済ませられていたのだ。


 裏を返せば、これから聞かされる話次第ではわからない。


「あなたは帝国でも実力者と聞いていたが?」


「本気だった。俺はあの子を殺すつもりで剣を振るった。だが途中から、追いつけなくなっていた。あとは一方的な戦いをして、このとおり……」


 ギルヴィムが後ろめたそうに続ける。


「あの子に斬られた俺は、あのまま、あの場所で朽ちているべきだった。あの子を苦しめてしまったその報いを受けるべきだった。それだけのことを俺はあの子にして見せた」


「……すべて教えていただけますかな?」


 そしてギルヴィムの口から、すべてが打ち明けられた。


 幼い頃のミュートと親しかったこと、彼女の両親であり親友だった夫婦を殺めたこと、いつの日か自分を殺しに来るように闇を植え付けたこと、そうしなければならない事情があったこと、九年前の真相の何もかもが打ち明けられた。


 そこには帝国皇帝が開戦の企てをしている事実も含まれた。


 武闘祭が始まった今では、それも遅かれ早かれ明るみになることだった。


「……陛下は開戦なさるおつもりだ。あの子と戦場で会えたなら、この命を差し出すつもりだった。しかし心のどこかでは、二度と会うことはあるまいと思っていた。俺が自己満足で植え付けたような憎しみが、あの子をどう追い詰めてきたのか知ろうとさえせず……」


 話の終わり間際になって、ホロロが動いた。


 話の途中から強く握り締めていた拳を、部屋の壁に叩き付けた。胸の中に湧き上がる峻烈な感情をついに堪えきれなくなってしまった、そこから起きた八つ当たりだった。


 その一発には、壁に亀裂を走らせて、一瞬なりと施設全体を揺らすほどの力がこもっていた。


「……君は、何に怒った?」


 見ていたギルヴィムから、その心のあり方を尋ねる声を向けられる。


「簡単に話せるわけなんか、なかった」


 過去にミュートへ向けてきた発言が、その苛立ちの大部分を占めていた。


「間違ってなんかない、本当はあの女も迷っていました」


 次の拍子、ルナクィンがホロロの胸倉に掴みかかった。唾がかかるほど顔を寄せて、少し惜しげに表情を歪ませながら言い立てる。


 今聞いた事情といつかの言動を照らし合わせることで、ミュートの本心に気がつけば、もう彼女も感情を堪えきれなくなっていた。


「今からでも遅くない、行ってあげてください……きっとホロロ先輩の声しか届かないから」


「ミュートさんは……試合だってある」


「あたしが二人分になります。必ずなってみせます」


 ホロロに宣言したルナクィンが、ジョンに向き直って深々と頭を下げる。


「お願いします。どうかホロロ先輩も連れて行ってください」


 目的は『ミュートを連れ戻す』と決められた。事件の裏側で彼女をそそのかしていた相手の力量を思えば、これから誰が向かうべきなのかも絞られてくる。


 この期に及んで二の足を踏むような猶予がないことは考えるまでもない――ルナクィンの願いは、そんな共通認識を理解した上にある。


 頭ごなしに拒まず、ジョンは黙することで返事を渋った。その気持ちを汲んでやりたい気持ちと、実情からは厳しいと観じる気持ちと、それらを胸の中で秤にかけていた。


「私は、ルナクィンさんの意見に賛成ですよ」


 不意に、病室の出入口から賛同の声が響いた。患者衣姿のネネが扉にもたれて立っていた。見るに衰弱した様子でいて、ここまで無理して足を運んできたことは一目瞭然だった。


 案の定限界に達した膝は折れて、すかさずピコニスがその支えに入った。


「足手まといになる可能性はあります……それでもジョン。おそらく私たちでは目線が違うんです。私はまだミュートさんに何があったのかを把握しきれていません。でも断言できる。ホロロ君は行くべきです……言葉で連れ戻さなければ、きっと何も変えられない」


 あわや転倒を免れた続けざま、言うも必死な声で訴えかけてくる。


 そんなネネの言動に、ジョンは心の秤にかかっていた比重を変えられた。自分が人の感情に疎いと自覚している手前、信頼をおいている彼女の考え方には、大きく影響を受けていた。


「行く気持ちは、あるのだな?」


 自分の意思を固めた彼は、本人に同様の意思があるのかを確かめた。


 俯きがちになって「僕は……」と小さくこぼすと、全員が沈黙して続く言葉を待っていた。時間は数十秒ほど、その質問を考えるために費やされた時間としては、短いとも長いとも言えないだろう。


 その視線を戻して答えたホロロの顔つきは、迷いが感じられないものだった。


「……お願いします。ミュートさんと話をさせてください」


「わかった。私もお主を信じよう」


 首を縦にホロロの同行を認めたジョンは、間を置かずに各人へ行動を促した。


「ルナクィン。お主にはこの旨をほかの皆に伝えてもらいたい。よいか?」


「わかりました……ホロロ先輩。試合に勝って待っています」


 ほかの代表たちのもとにルナクィンを走らせる。


「ピコニス殿。刀を一振り用意していただけないか?」


「名刀は約束でけんばってん、なるだけ良かもんば用意さす」



 得物を借りる手はずをピコニスに求める。


「支度が済みしだい出るとしよう。月下美人を返してきてもらいなさい」


 一階に預けた得物を受け取るよう、ホロロに言いつける。


「……ジョン教官でありましたか?」


「いかがなさった?」


 病室から出ようとする間際、ジョンはギルヴィムに呼び止められた。


 話し忘れがあるのかと疑ったが、続けてかけられた言葉が思いもよらない賛辞であると戸惑って、でなければ、あるいは何やらうしろめたい気持ちにさせられた。


「良い生徒を、お持ちになられている」


「ええ。……私には、過ぎた子たちだ」


2018年1月25日 全文改稿。

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