未来の行方
屋外の激しい雨音が薄れて聞こえる、旧大聖堂の最上階にある広間。
ミュートとイヴァンに目的にまつわる過去を打ち明ける――ホロロの未来に見えたものを話そうとして、ウツロは言い淀んだ。
次の一言に選ぶ言葉を、意味合いの伝達を間違えたなら、またも望んだ未来にならなくなる可能性があって、ためらいが生じていたのだ。
「ホロロの未来は、どうだったんだ?」
ミュートから関心のありそうな声で聞かれる。
「今日までは君が知っての通りだ。……いずれここにホロロがやって来る。君を連れ戻すためにだ。それからどうなると思う? 君自身はどうすると思う」
覚悟を決めたウツロは、彼女に対して言葉を選んだ。
「私は……拒んでしまうだろうな」
「そうだ。君の手は、ホロロが差し出した手ではなく、抗うために剣をとる」
「ホロロと戦うことになるのか? ……そうだな。私ならやりかねない」
卑屈になる調子で、ミュートが目を伏せる。
「それでいい。そこまではいい。だが、俺はその先を認めない」
黙り込んだミュートに歩み寄りながら、ウツロは刻み込むように続ける。
「君は、ホロロを殺す。……偶発的な事故か、君の中の闇が招いた結果かわからない。それでも必ず君はホロロ=フィオジアンテと戦い、彼を殺す。俺の目的は、この未来を変えることだ」
大きな衝撃を受けたように、ミュートが肩をびくりと震わせる。
「信じるかどうか、君にも考えて確かめる権利がある。実際に戦えばいい。必ずその時が来るはずだ……君の望みはもう叶った。何も思い残すことがないように力を貸した」
動揺をあらわにする彼女に、ウツロは容赦なく言い渡した。
「だから、もしもその時が来たなら……君が死ね。ミュート=シュハルヴ」
いくらか待ったが、言葉は返ってこなかった。
ついぞ返ってきそうな気配も無くなれば、ウツロは途中で諦めて静かに広間を立ち去った。
犠牲になってほしい――失意にある中で面と向かって願われた彼女の心情を推し量ると、少なからず同情もしていた。だから追及はしなかった。できなかったとも言える。
酷なことをした。しかし今一時の辛抱だ……。
時に、ウツロはミュートに嘘を吐いていた。
復讐に手を貸したことで、ホロロの未来に映っていたミュートには変化が起きている。
本来ならば彼女はまだ復讐を遂げていない。一人どうにか脱獄を果たし、一人身を隠すはずだったこの場所で、彼女は黒いドレスなど着ていない。彼女は失意の底になど落ちていない。
もし何もしなければ、彼女は他人と会話できるような精神状態になかっただろう。
「お膳立ては整えた。……これで未来はどう変わる?」
本当の未来は次のようになっている。
――ミュートとホロロが戦う。その最中、ホロロがはずみでミュートを殺す。
×
ウツロが話していた過去には続きがある。
管理局に拘束されたウツロは、数日して身柄をシルフィラインに移送されていた。ジャルマナイト鉱石で能力を封じられると、薄暗い小さな石室に押し込まれて、騒乱について厳しい尋問を受けた。
尋問官の手ひどい仕打ちは、殴る蹴るの暴行はもちろん、鞭で打たれたり、爪をはがれたりと世間の評判からは想像もつかないもので、彼は辛い責め苦を味わった。
それでも決して口は割らなかった。
自白を促す薬物なども投与されたが、幼少期から耐性をつけていたため――その分は肉体的苦痛に比重をかけられる。そうした一日一日を尋問官が飽きるまで続けられる。
そんな様子が変わったのは、一週間ほど経った日のことだ。
尋問官といた石室で、鎖で両手を吊られた状態で、彼はその男の訪れを見た。
「……そこまでにしてもらおうか」
その男に「外したまえ」と命じられた尋問官が、あからさまに渋った顔をする。それからすれば、都合のいい玩具を取り上げられてしまう気分だったのだ。
ただ、やはりわがままでしかなく
「ならば、人生の席から外れてみるかね?」
とも忠告されたなら、尋問官も顔を青ざめさせて従うほかになかった。
「まさか……アイゼオンの右頭が、なぜここに?」
男の素性に気づいたウツロは、衰弱していながら声を絞る。
「古の――万人は知らざる――歴史の中に刻まれた一日――遥か彼方、北の極地より、彼女はアルカディアを訪れた――」
しかし男には、ダグバルムには無視される。尋問官が石室から出たことを確かめた彼が、代わりに意味不明な言葉を羅列する。まるで詩歌でも詠うように、韻を踏むように続けていく。
「彼女は喜ぶことで力を蓄え、彼女は怒ることで力を増すと、彼女は悲しむことで力を培い、彼女は楽しむことで力を発揮した。時に彼女は慈悲深く、そして薄情だった」
隔てる調子で一拍が挟まれる。
「彼女は彼女だけの輝きをまとい、彼女はあらゆる傷を癒し、彼女は木人に魂を吹き込み使役した。時に彼女は煌く翼で空を舞い、左目で千里を見通し、右目で未来を見ていた」
聞き終わって、ウツロは右目に違和感を覚えた。
右目が? 反応しているとでも言うのか……?
資格者の未来改変が起こる兆候のように、能力が強制的に発動していた。だだ、誰の未来が見えるというわけではなかった。その右目に淡い虹色の輝きが灯る、それだけのことだった。
「……俺に何をした?」
「侵入された痕跡を見つけるまで、苦労したものだ」
溜め息まじりに、ダグバルムが続ける。
「君は管理局の施設に侵入、資格者の情報を密かに入手して、あの子と接触した。調査する内に何か心境の変化があった君は、あの子を連邦に亡命させた……君がそうしようと思った理由は、おそらく感情の資格者が辿る運命を知ってしまったため。そして君の顔を見るに、あまりよろしくない結果でここに来たのだろう。まさかとは思ったが、やはり君は未来視の資格者だった」
「資格者とは何だ? 俺やホロロは一体何だ?」
ウツロは睨みを利かせて問い質した。
「知りたいかね? ならば私と取引をしないだろうか?」
「……取引?」
ダグバルムが差し出すものに目を凝らして、ウツロは確かめる。
それは不気味な模様が描かれた仮面だった。
「感情の克服……感情の資格者が辿る運命は易々と変わらない。さもなければ必ず悲しき道を通る。未来視を有する資格者は、ほかの資格者の運命を変えられる。そして、それをする運命にある。まぁ殺めるだけならば、誰にだってできるがね」
「俺の力を知っていて、白々しい」
「それもそうだ。君が見た未来であの子がどうしていたか? それが君の答えになる」
「もういい。手短に話せ」
「君の力が欲しい。これをつけて、私とともに来なさい」
両手の拘束を解かれて、崩れるように座り込む。
ダグバルムに正面から見下ろされながら、ウツロは端的に応じた。
「……いずれ来るその時まで、貴様が約束を違わない限り使われてやる」
2018年1月19日 全文改稿。
2018年1月21日 誤字修正。




