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一段落

 

 たった一人の幼馴染を救うために、死に物狂いで力を手にし、十九歳半ばにして歴代最強の剣聖と謳われるようになった男は、戦場で常に孤独だった。


 男は幼馴染みを亡くし、そして死に場を求めて戦場で剣を振るうようになった。ただし、自分を終らせてくれる相手は一向に現れず、ただ一方的に斬り、その身を返り血で染めるばかりである。


 その絶大な力は、敵に恐れられると同時に味方からも恐れられた。その理解者は片手で数えるまでもなく、また常にそばにいるわけではなかった。


 これを終わりも見えぬままに繰り返せば、いつしか男の中で人に対する感情は壊れていった。


 停戦後、死に切れなかった男は自ら孤独を望むと、故郷である東の国の山奥にこもって自給自足の生活に身をおいた。


 強大な力を手中にしておきたい連邦から、しばしば手先を送り込まれるも、これをすべて追い払った。


 そうした年月をかさねる毎に、人々の記憶からうすれ、消え失せた。


 七十年を経て、中立国の使者から『連邦と帝国がふたたび開戦の危機にある』と告げられ、助力を願われた。


 引き受けるか引き受けまいか、この二択を迫られた時に、それまで長らく孤独に哲学してきた男は、淡い期待を胸に決断をくだしたのだ。


 もしも、もう一度だけ、人生をやりなおす機会があるのならば……。


 もしも、もう一度だけ、人に感情を向ける機会があるのならば……。


 それが、世のためになり、自分のためになるかもしれないならば……。


 そう願いを抱いて。





 七月七日。


 昨日までの悪天気もすっかりと回復し、午後の空には清々しい青が広がる。雨の名残がある湿った土を、以前よりも暖かくなった日差しが、じきに乾かしきろうとしていた。


 この日の訓練が始まって、まだまもない頃である。


 演習場に整列する生徒たちが、昨日から変貌をとげた大男を前に、笑いをこらえていた。


 その大男とは、金髪を剃り落とし、陽光を反射してキラリと輝く頭になった、ボッフォウである。


 それは勝負に負け、自分の行いを省み、いかにわれを忘れていたのかを自覚した結果だった。


 教官に立候補をしたものの、弟の失態を取り返したいと必死になれば、同じあやまちを繰り返し、あまつさえ厚意で諫言してくれた同僚に、暴力をもって我を通そうとしてしまった――。


 その頭は、これらに対する謝罪を体現しようとした、彼なりの精一杯のケジメなのだ。


『ほぁっ……ちょまっ……あれ』


『ぶばゅ……ば、馬鹿……が、我慢しろ』


 しかし、生徒たちには酷な状況だった。ボッフォウに恐怖を刻み込まれた彼らからすると、いくらその有り様がおかしかろうと、迂闊に笑って怒りを買うことははばかられた。


「まずは、お前たちに一つ言いたいことがある……」


 生徒たちの心境に感づいても、ボッフォウは怒ったりしない。


 ただ「すまなかった」と、彼らの顔を見回して頭をさげた。


 場にあったざわめきがすっと失せてから、彼は「俺は……」と謝辞を続ける。


「俺は間違っていた。叶うならもう一度、お前たちに正しく剣を教えるチャンスをくれないか?」


 このボッフォウを前にして、生徒たちの中には、誰も笑おうと思う者はいなくなっていた。


 代わりにあるのは、感銘だった。


 上級騎士としての身分を主張しても、自分に非があると認めれば、たとえ自分より身分が低い相手にでも謝罪をする。


 特に上級騎士の生まれにある者は、ジョンに謝罪ができなかった自分と、そんな彼の生き様を思い比べれば、引け目を感じずにはいられない。


 騎士である前に、人としてどうするべきか……。


 強さを求める前に、本当に持つべきものは何か……。


 ボッフォウの誠実さに、生徒たちの背は強くあと押しをされた。


『……ジョン教官、以前は大変失礼なことをしてすいませんでした!』


 一人が列から出て、近くにいたジョンに頭を下げて、潔く謝る。


『ボッフォウ教官、今日からまた、俺に剣を教えてください!』


 浮薄にそう見せかけた態度ではなかった。あわせて、ボッフォウにそう申し出てもいた。その一人を筆頭にして、ほかの生徒たちが別個に続いた。彼らの気色には、活気の戻る気配が見られた。


 ビュフォウの就任から始まり、疑心を抱き、慢心を抱き、妬心を抱き、失敗や経験をかさねた最後に彼らが手にしたものは、騎士としての力ではない。


 もっと根本的に大切な、人としての成長の兆しであったのだ。


「お前たち……ありがとう、今日からまたよろしく頼む! では身体をほぐすことから始めよう!」


 ボッフォウは感謝とともに胸を張った。教官として生まれ変わった彼の頭は、キラリと光った。





「お前には礼を言わねばならないな」


「いえいえ、私は何もしていませんよ」


 生徒たちが準備運動をする合間、ジョンは木陰に足を運んだボッフォウと顔をあわせた。


 私は何もしていないさ、そう、何もしようとしなかったのだ……。


 人は変わらぬと勝手に見切りをつけて、生徒たちを見限っておったが、お主は違った……。


 やり方を間違えたかもしれんが、お主は誰よりも、生徒たちのことを考えておった……。


 ふと気になった丸い頭に目線をおいて、彼は「その頭は?」と首をかしげる。


「俺の国じゃあ、人に謝る時はこうやって頭を丸めるのさ……なぁ、ジョン教官。もう堅苦しいのはやめにしないか……今の俺はその、あれだ……もっと、お前と仲良くしたいと思っているんだ」


「また……ずいぶんと男前になったものだ……」


 ボッフォウから決まり悪そうに手を差し出される。ジョンは手を取って、堅い握手を交わした。


「それにしても妙な話だ……お前ほどの男が軍に属することもなくあるとはな」


「いろいろとな、あまり他言はせんで欲しい」


「何か事情があるようだな。まぁ、いつか機会があったら話してくれ」


「うむ、そうするとしようか」


 生徒たちの準備が整う頃を見計らい、ボッフォウが「ではな」と言い残して離れていく。


 いつしか、ホロロに剣を教える定位置となった木陰。ミュートと準備をしていたネネが「昨日までとはまるで別人ですね」とボッフォウを見やって言った。


 ジョンは彼女の視線を追うように振り返ると、大きな背をつくづくと眺めて微笑んだ。


「あぁ、この歳になってようやく思えたよ。人とは……捨てたものではないなぁ」



2017/4/1 全文改稿。

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。

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