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人間失格による告白。

 何がおかしいといえば、全てがおかしいのだ。

 と、いうよりもどこから間違えていたのかを教えて欲しいほどだ。

 若き王はため息混じりに語る。


/


 よくもまあ、こんなところまで来れたものだと少年は我ながら想い耽る。

 下降するエレベーターという箱の中で、ある場所への到着を待つ少年の気分はまた同じくして下降をやめようとはしなかった。

 あまりの憂鬱さに箱の内壁に背を持たれ、腕を組み、ひたすらに思考を繰り返しては結局ため息が出そうになる。しかし少年は何度も出そうになるため息だけはなんとかかみ殺し続けていた。眼球だけを動かして視界を上に上げてみれば、そこにはエレベーターの操作盤の前で緊張した様子の黒い髪の従者……とはいっても少年とそう年が変わらないのだが、ともかく従者の緊張は見るだけで肌に伝わるほどだった。そこでため息を吐いてしまえば、きっと彼の緊張が許容限界に陥ってしまうだろう。少年は少年の立場ぐらいは理解しているつもりだった。


「──様、こ、これからお会いになる方はこの世でもっとも神の領域に触れ、この世でもっとも狂気に触れたお方、です。ですからどうか」


 従者の彼がたどたどしく、台本の台詞を読み上げるように到着が近いことを暗に告げる。あまりの大根役者っぷりに微笑みかけでもしたほうがいいのだろうか、しかし今の位置取り的に何をしたところで少年自身の表情を、従者が知ることは出来ないのだろうと思い至り結局やめる。

 だが、笑いたいのは本音に近かった。

 少年は今ある人物と接触するために、そしてある取引をするために地下深くまで続くこの箱に揺られている。その人物は絶世の美女でありながらも最も神の知識に近い人であり、それ故に狂った魔女なのだとも言う。だが少年からしてみれば狂った人物なぞ両手の指で数え切れないほどに出会っていた、そして本能が恐怖を感じるほどに狂い、それでも人の形をした形容の出来ないそれの存在をもう知っている。

 ある種の傲慢が故に、少年に未知なる物への恐怖というものは零に等しかった。


「狂気に呑まれるな、だろ。分かってる、流石に五回も言われたら覚えるさ」


 従者は「は、はい。申しわけございません」と肩を大げさに跳ねさせながらも謝罪の言葉を口にする。

 少年は自身の立場上そうやって当てのない謝罪の言葉を何度も聴いている、その謝罪の向く先がないことに関してはもう慣れてしまっていた。

 そして其れが意味する自分は恐れられているという事実でさえも、どこか遠い誰かの事実のように当然と受け止めてしまっている。

 どうせそんなものだ、侮蔑よりかはマシだ。そう言い聞かせることしかできなかった。

 

「(どうしてこんなことになったのだろう)」


 少年は瞼を閉じ、音もなく息を吐いて思い出す。己が己に至るまでの経緯を。


 

 ──前略、【ƒAƒ‹ƒ^ƒCƒ‹ƒVƒ“Eƒyƒ“ƒhƒ‰ƒSƒ“】は一度死んだ。


 良き友がいた、大好きな街があった、ろくでもない世界だったが自分はそこでもそれなりに幸せなほうだったと思う。

 しかしその世界とやらが崩れるにはあっけなくて、まるで電源を落すかのように一瞬で自分の人生というものは一度目にして最悪なほどに狂ったのだろうとも思う。

 もう二度と戻れないほどに、忘れようとも忘れることすら許されないほどに、自分はそうやって自分の首を締め上げ、そうでしてなお死ぬことすら出来なくなってしまったのが今の自分という器だ。

 だが奇妙なこともある。

 死ぬことすら出来ない。生き続けることしか出来なくなったどんな行為でさえも許せなくなった自分を見かねて拾い上げた馬鹿がいた。

 一度狂い、二度目となるそれには狂うどころか視力という装備を剥がされ、結局二度目も狂ったが。

 

「……着いたみてぇだな」


 揺れる振動が留まったことで思考も留まり、少年は現状へと視点を置きなおす。

 エレベーターの扉が独りでに鉄の鳴る音を唸らせながらも口を開いた、従者が操作盤の傍で敬礼のそれを取るのを少年は見てからやれやれと一歩、エレベーターという箱から踏み出した。

 ブーツのヒールがかつかつと音を奏で、ともし火の燈った真っ直ぐの一本道を暫く歩いていくと次第に水の臭いを感じ取る。此処は地下だというのに、地下水脈でもあったのだろうか。そんなどうでもいいことを考えながらも光の筋を追う。

 一人で歩き続けたその先に広がったのは、緑の苔と草花に覆われた箱庭のような空間だった。


「随分と若いのが来たものだな」


 声がする。声の主を探せばそれはすぐに見つけることが出来た、箱庭の中心に設置された白い鉄で出来た机と椅子。

 さながらお茶会の途中といった光景の中に居座っている、随分と色素の抜かれた白というには生々しい色をした長髪を川の様に垂れ流した女。つまるところそれが所謂魔女、というやつなのだろうと少年は思った。

 暫定魔女は随分と形が整っているように見えた、しかしそれだけではなく、それ以上に異様な違和感を押し付けている。少年にとっては魔女が悪魔が如く誘惑するようなその肉の形よりも、違和感のほうばかりに意識が向いてしまって仕方がなかった。まるでここではないどこかから、撮って着けて来た様な。此処に在らざる者という特徴的なそれの元出に関して考え込んでいると魔女は見かねて「席に着け」と手招きをする。

 少年は魔女の言うとおりに席に着くと、魔女は満足そうに微笑んだ。


「覚悟は出来ているようだな」


 魔女は言う。

 少年は此処へきた理由、主に憂鬱の理由が立ちふさがるのをただ冷や汗を流すのみだった。

 

「……覚悟って言うほど、たいしたもんじゃあねえよ」

「ならば問う、何故お前は私を欲する」


 それを言わせるのか、少年は息を詰まらせながらも胃の中を焼かれるような感覚をなんとか理性のうちに押さえつける。

 考える必要はないはずだが、口に出すとなると話は別である。


知識チカラがそこに転がっているんだ、しかもそれは俺でも扱えるってほざきやがる。だったら俺はそれを拾って使う、それだけだ」


 その言葉に魔女は驚いた様子だった、そりゃあそうだ、驚かないほうがおかしいだろう。自分で言っていて自分でも思うのも難儀なものだが、口に出して言葉にすると尚酷い。底辺の人間であることは自覚しているつもりでは在るが、齢十七の年齢で達観するにはまだまだ時間不足が祟る。

 机の下に隠し膝の上で力の入らない両手がものをいう、恐怖すらない、何も感じてすらいない。少年にはあるべきものが決定的に欠損していた。

 

「そう扱われるのは初めてだ。だが、面白い。いいだろう、認めてやろう」


 魔女は笑った、どういう意味での笑みなのかはよく分からなかった。

 しかし既に魔女の中では物事が完結してしまったのか、徐に立ち上がっては少年へ手を差し伸べる。その手は骨と皮と、ほんの少しの肉がついているようにしか見えないほど弱弱しい手だった。

 少年は迷わずにその手を取り、立ち上がることを選択する。また魔女が驚いたような空気を感じたが、もはやどうでもよかった。認められた、ならばもう何が起こっても大丈夫だと慢心が勝る。

 少年はなんとなく魔女の瞳を見つめるが、魔女の瞳の中に赤い髪をした少年、つまりは自分が写っていることが至極不思議な気分であった。


 ──前略、【ƒAƒ‹ƒ^ƒCƒ‹ƒVƒ“Eƒyƒ“ƒhƒ‰ƒSƒ“】は一度死んだ。


 良き友がいた、大好きな街があった、ろくでもない世界だったが自分はそこでもそれなりに幸せなほうだったと思う。

 しかしその世界とやらが崩れるにはあっけなくて、まるで電源を落すかのように一瞬で自分の人生というものは一度目にして最悪なほどに狂ったのだろうとも思う。

 もう二度と戻れないほどに、忘れようとも忘れることすら許されないほどに、自分はそうやって自分の首を締め上げ、そうでしてなお死ぬことすら出来なくなってしまったのが今の自分という器だ。

 だが奇妙なこともある。

 死ぬことすら出来ない。生き続けることしか出来なくなったどんな行為でさえも許せなくなった自分を見かねて拾い上げた馬鹿がいた。

 一度狂い、二度目となるそれには狂うどころか視力という装備を剥がされ、結局二度目も狂ったが。

 しかし二度あることは三度あるともいう。


 

「私の名は【ロト】、継ぎの名はオーグニー、刻名はコールマン。オーグニーの王としてモルゴースの魔女に命ずる。──私と共に修羅の道を往く、それが為に私の妻となれ」



 ──そうはいっても三度目は、自身の手で自身を狂わせたのだが。

 ロトによる最悪の告白プロポーズは、魔女の口付シジルけによって契約成立したのだった。

 

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