第四回 二日目と第三の女
ミッツーと一緒に登校するようになって二日目。
学校でも家でも冷していたからか、脛の具合は走れば痛み出すけど、歩くだけなら大体問題
無い感じになっていた。
ひょっとすると彼と一緒だったから幸せホルモンが出て、痛みが誤魔化されているだけなの
かもしれないけど。
それならそれで良いやと思いつつ、幸せ満開で登校すると、何故か玄関から教室までの道の
りでやたらに視線を感じた。
「お二人さん、今日も仲が良いね。流石噂のカップルだ」
先に来ていた彼女の挨拶代わりの茶化しに慣れた自分が居た。
「もう、代高さん。あんまり茶化さないでよ」
「いやいや、本当にそう思われてるよ。学校中から」
どうせ嘘だと思っていたのだけれど、何時まで経っても彼女はネタ晴らしをしてこない。
「いやいや、そんなに溜める必要無いだろ。嘘だろ?」
「そうだよ、溜めすぎても面白くないよ?」
私とミッツーは顔を見合わせ、否定した。噂になるような大きな事なんてしてないんだから。
「いやいや、本当だって。ほら、思い出してみなよ。昨日女子を背負って校内を走ったんだよ。
普通、体育の授業でも無いのに学校でそんな事しないって。しかも男女だしさ」
私達は同時に「あっ」と声を上げた。私は彼に背負われたという事実以外すっかり忘れてい
たのだ。
それに私は顔を伏せていたから、保健室までの間にどれだけの生徒に見られたか分からない。
ミッツーの方はどうも私を運ぶのに集中していて周りの視線に気づいてなかったみたい。
ある意味お互い必死だったから、人の目の事を忘れていたんだ。
でもその前に気になる事がある。
「代高さん。ひょっとしてあなたが広めたんじゃ……」
私達の事を楽しんでいる節があったから、真っ先に彼女を疑った。だって、いくらなんでも
学校中に一日で広まる訳無いもの。
「いやいや、それは否定するよ。案外人の噂って光くらい早いものよ? でも良かったじゃな
い。あんた達は校内公認バカップルよ」
まるで称えるみたいに拍手をする代高さん。
恥ずかしいけど嬉しい。でもここは否定しておかないといけない。バカップルって自称する
のは良いけど、他の人達に言われるのは嫌だもの。
「ちょっと待って。ちょっと待って! 私達、公認されても困るよ。確かに考えたらバカップ
ルレベルの事はしたけど、私達カップルじゃないもの。ね、ミッツー」
ミッツーの方を見て、同意を求める。
「そ、そうだよな。ああ、確かにそうだ」
制服の胸の辺りを掴んで、何故か深刻そうに答えるミッツー。
「どうしたの、ミッツー? 具合悪い?」
「いや、なんていうか、そうだ。その……振り返ればかなり恥ずかしい事をしたなって思って、
困ってる」
「確かに困るよね。ごめんね、ミッツー。私のせいでさ」
私はミッツーの事が好きだけど、ミッツーは他の人が好きかもしれないんだ。考えたら辛い
事だけど、相手の人もミッツーの事を良いと思ってたら、この噂のせいでその可能性を無くし
ちゃう事になっちゃうもの。
あ、なんか考えたらなんだか気持ちが沈んできた。
「ちょっと、いきなり二人で暗くならない。全く二日目だってのにそんな所が似てくるだなん
て。お似合いなんじゃないの?」
代高さんは呆れた様子で言った。
「もう、沈んでる時に変に茶化さないで」
「そうだぞ。この歳でそういう所がおばさん化してたら救いようが無いぞ」
「よし。旗本、あんたちょっととっちめてやる」
「お断りだね」
逃げ出すミッツーを追いかけ、代高さんも教室を出て行ってしまった。もうすぐホームルー
ムが始まるっていうのに。ほんとに、あの二人は仲が良いなぁ。
ひょっとしたらミッツーが好きなのって、代高さんなのかもしれない。二人のやりとりを見
て、私の頭にそんな考えが浮かんだ。
放課後。
私はミッツーに付き添ってもらって文房具店に来ていた。
四時間目の授業中にシャーペンの芯が切れてしまい、その流れで授業とは関係ないけれど、ノ
ートを買おうと考えていた事も思い出した。
流石にまだ一人で文房具店に行くのは心細く、かといって購買に売っているノートで済ます
にはあまりにも物が可愛くない。だからお昼休みに私の所に来たミッツーに、今日のお礼にと
ジュース代を渡すついでお願いしてみた。
「ミッツー、帰りさ、寄り道しても良いかな? シャーペンの芯とノートが必要なんだ」
「俺なら別に大丈夫だ」
彼の了承を得て、ほっとするとまた
「放課後デートですかな?」
とか言ってまた茶化してくるかなと思ったけど、意外にも代高さんは茶化してはこなかった。
「出歩くのは良いけど、あんまり無茶するんじゃないよ」
と逆に妙にお母さんっぽい事は言って私を心配していた。
ノートを見始めて十分くらい。真剣に悩みすぎて、すっかり彼を放置していたのに気づいた
私は、これはいけないと謝った。
「寄り道に付き合ってもらって、時間かけてごめんね。ミッツー」
一番重要なシャーペンの芯はすぐに決まったのだけれど、ノートは機能だったり柄だったり
と種類がたくさんあって、何時も選ぶのに時間がかかってしまう。
「五冊いくらの奴しか買った事無いけど、こんだけ種類があるんならそりゃ悩むよな。中学の
時も女子が凝ってたよ」
さりげない気遣いが嬉しかったけど、気になる事が一つ。
「ミッツーってそんなに女子のノート見てたの? それとも交換日記に誘われてたの?」
私の知る限り、学校で男子が女子のノートをまじまじと見る事なんて無かった。頼る時は中
身が重要だったから、表紙を気にする必要なんて無いし。
そこんとこどうなの? とジッと彼の目を見つめてみる。
「ち、違う違う。ノート返却の時に日直が皆に返してただろ? その時に女子のだけやたら色
んな表紙だったから覚えてたんだよ」
言われてみれば誰の物か見るために名前が書かれた表紙は確かに見る。
けど何だろう、疑っていたせいか、凄くミッツーが取り乱しているように見える。その反応
に、もう少しを深く攻めてみたくなった。
探りを入れてみるのはもちろん代高さんについて。
「そういえばミッツーってさ、代高さんと兄妹みたいに仲良いよね。あのやり合ってる時のイ
メージ的にさ、代高さんが姉で、ミッツーが弟みたいな感じ」
「そんな風に見えるか? なんていうか、あっちはああいう性格だから、そんなに身構える必
要が無いからかな。話してると男と話してるみたいな気さくさがあるんだよ」
「へぇーそうなんだ。なんか話し聞いてるとさ、二人ってお似合いっぽいよねー」
「止めてくれよ。アキちゃ――」
あ、今彼の時間が止まった。
彼の中で言ってはいけないワードが出たみたいで、ビクンッてなった後に動かなくなった。
(ていうかちょっと待って。今明らかに女の人の名前を口にしたけど、誰!? 第三の女な
っ!!? 恋敵? 新たな恋敵なの!?)
ミッツーはまだ動かない。それだけ大きい動揺だったみたい。けどそれは私だって同じ。あ
あどうしよう。昔の彼女ならまだ乗り越えられるけど、今の彼女だったりしたらもう立ち直れ
ない。
私は責めすぎて踏んではいけない所を踏んでしまったようだと後悔していた。
「あー、あー。秋が近いけどさ、秋の好きな料理ってある?」
そして、必死に誤魔化そうとミッツーは突然こんな質問をして来た。
「栗ご飯!!」
すぐに答える私。誤魔化そうとしているのは丸分かりだけど、私の好きな物を知ってもらう
には良い機会だったから。
「いいね、栗ご飯。やっぱりさ、栗って秋の代名詞だよねー。ねー」
彼の反応を見て思う。私達はカップルじゃないのに、この浮気が発覚したみたいな反応は何
だろう。地雷を踏んだのは確かだけど、一度踏んだ場所ならもう怖くないという気持ちになっ
てきた。これはもっと深く攻めないと駄目そうだ。
「だよね。それでさ、アキって?」
「あき……アキ……秋……。紅葉狩りってのもあるよな。紅葉狩り」
「そうだね。それでアキって?」
私は責めるのを止めない。彼の口から真実を聞くまでは。そう決意していたのだけれど、ミ
ッツーの次の一言でその決意が動く。
「そうだ、今度のノートは次の季節を先取りして秋っぽくしてみたらどうだろ? プレゼント
するからさ」
「ほんとに!? やったー」
ミッツーからの“プレゼント”という言葉につい反応して喜んでしまった。
「よーし、それじゃあこれにしよう。芯も貸して。ちょっと買ってくる」
今ぞ好機とばかりに彼がノートを手に取り、レジへと走っていった。
彼からのプレゼントは凄く嬉しい。嬉しいけど、逃げ切られた感が物凄い。
結局この後、謎の女性について聞く事は出来なかった。
彼の必死で怒涛なトークに答えていたのと、ノートを貰ってホクホクしてたせいで……。